【完結済】星瀬を遡る

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3.フリースクール

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中三の四月のある日の事。
母から不登校生が通う、フリースクールに行ってみないかと誘われた。

「光も来年は高校生でしょ。お友達も出来るかもしれないし、いい気分転換になると思うの」

お友達・・・
正直、そんなもの全く欲しいとは思えなかった。
が、昔の様に母に今にも泣き出しそうな声でそう言われてしまえば、ここまでずっと勝手を通させてもらった手前、無下に断る事も、もう出来ず。

結局、僕が初めてフリースクールを訪れたのは六月も終わりの事で。小さな教室の窓辺には七夕飾りが置かれていた。


「光君も、何か書いて」

田中と名乗った二十代後半と思しき女性の先生に、緑色の短冊と細身のマジックを渡され、さてこんな時この時代の普通の中学三年生の人間の子どもは、いったいどんなことを書くものだろうかと途方にくれた。
『ルシェに未来を返せますように』なんて書いて干渉されるのはまっぴらだが、生憎ずっと地下に文字通り引き篭もっていたせいで、こんな時に書くべき常識的で無難な回答が分からない。

他の生徒が書いたものを真似てお茶を濁そうと思った時だ。
真っ赤な短冊に短く、酷く乱雑な字で

『明日世界がほろびますように!』

そう書かれた一枚が強く僕の目を引いた。


結局、流石にその短冊を真似しないくらいの良識を持ち合わせていた僕は、それから一時間経っても願いを書く事が出来ず。
そうするうちにフリースクールは荒天の為、午前中での休校が決まった。

「自分で帰れる中学生は、気を付けて下校してくださーい」

先生のそんな声かけに応じ、一人、また一人と生徒たちが教室を後にしていき。
残った生徒は、迎えが来ない限り帰れない僕と、一人での登下校が許されていない小学生の少年だけになった。

陽炎かぎろい君、お母さんが『絶対にお迎えに行くから心配しないで待っててね』だって」

そう言って。
不安にさせまいと彼の背を優しく撫でようとした田中先生の手を、少年が不機嫌も露わに払いのけた。

長い事引き篭もっていたせいで、碌に美容室にも行っていないのか。
少年の伸びっぱなしの髪は、長くなったことで少し癖が出て蛸の足のようにうねっており、その隙間から覗く項は少し力を入れれば折れてしまいそうなくらいに細く真っ白だった。

きっと世界崩壊を願ったあの短冊は、かつての僕の様に、そして幼かった頃のルシェのように、孤独に苛まれつつも誰の間にも居場所を見出す事の出来ない彼が書いたのだろう。
瞳の色は永い前髪に隠れ良く見えなかったが、その口元は不貞腐れた様にぶすっとへの字に折れ曲がっている。

迎えを待つ間、見るとはなしに窓の下の様子を見ているうち雨脚は更に強まり。
あれよあれよという間にフリースクールが入った四階建ての建物の、地下駐車場は完全に水没してしまった。
東の空を見やれば、そこには相変わらず真っ黒な雲が重く立ち込めていて、まだまだこの土砂降りの雨が止む気配は見られない。

「キミが願った通りになったりして」

訪れた非日常感に柄にもなくワクワクしながら、思わず自分から少年にそう話かければ

「えっ?? ……どうしよう?! オレ、そんなつもりじゃ」

そう言って、彼がワッと泣き出した。

別に意地悪を言ったつもりは一切なかった。
それだけに、不用意な言葉で年下の子どもを泣かせてしまった後の対処の方法なんて皆目見当がつかない。

「冗談だよ。ただの人間にそんな力があるはずないだろう」

一応正論で返してみたが、案の定、それで少年が泣き止んでくれるはずもなく。
お手上げだと思った僕は、すぐさま田中先生にとりなしを頼もうと思ったのだが。
きっと僕等の親や、本部との連絡に追われていたのだろう。
田中先生は職員室に戻ったきり、こちらに戻って来る気配はなかった。

どうしたものかとしばらく悩んだ末、

「じゃあさ、キミにもし本当にそんな力があるというなら、短冊に今度は雨がやみますようにって願えばいいよ!」

苦し紛れにそんな事を言えば、少年がその手があったかといったように、その円らな瞳を大きく見開き泣き止んだ。

「手伝って!」

そんな言葉と共に、彼から渡された二枚目の短冊に

『雨がすぐやみますように』

と書く。
最初に渡されていた緑の短冊には相変わらず何も書けないままだった。


二人で黙々と晴天祈願の七夕飾りを作り続け、しばらくが経った頃の事。

「何でそんな気持ち悪い形のヒトデなんて作ったの?」

陽炎君ことロイにそう聞かれ、はて何の事だろうと首を捻った。
ヒトデなんて作った覚えはない。
僕の手元を指すロイに向かい、七夕飾りなのだから、どこからどう見ても星に決まっているだろうと返せば、可哀そうなものを見るような目をした後、彼は賢い子らしく口を閉ざしたので。僕は織姫と彦星を作るのをこれ幸いと諦め、残った時間でテルテル坊主を作ることに専念した。


「二人とも、お母さん達がいらしたわよー」

田中先生の声にハッとして窓の外に目をやれば。
いつの間にか青い空には大きな虹がかかり、大河と化していた道路はすっかり日常の姿を取り戻している。

「あら、素敵。まるでクリスマスツリーみたいでいいじゃない」

僕が作ったテルテル坊主は、ツリーにぶら下げる丸いオーナメントボールにしか見えなかったのだろう。
そんな田中先生の心温まる褒め言葉を聞いていたロイが、帰りがけに再び可哀そうな物をみるような目を僕に向けた。



その日以降、僕は母に促され、気が向いた時にはフリースクールに顔を出すようになった。
ルシェに関連しそうな図書館の本は粗方読み終えてしまっていたこともあり、ロイと他愛もない話をするのは思いの他良い気晴らしになったからだ。

そうしてあっという間に時間は経って。
気づけば僕はフリースクールを卒業する日を迎えていた。

「もっと早くここに来ればよかった。そうすれば、もっとロイと色々話が出来たのにな」

思わず感傷的になって、珍しくそんな、らしくない事を言えば。
僕の何倍も僕との別れを寂しく思っていたらしいロイがまたあの日のように大泣きを始めてしまい、全く持って収集がつかなくなってしまったものだから。
慌てた僕は思わず、

「じゃあ、これからはロイが時々僕の部屋に遊びに来てよ」

ロイにそんな事を告げてしまい……。
結局その日以来、ロイは毎日のように僕の部屋に入り浸る事となった。
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