【完結済】星瀬を遡る

tea

文字の大きさ
上 下
2 / 8

2.幻となった大陸

しおりを挟む
それは、海面が夕日に紅く染まる頃の事――
突然、ゴボッと音をたて、ルシェが大きな泡を吐いた。
喉を抑え、苦しそうに体をくの字に折るルシェの腕を掴み、慌てて海面に上げようと強く引く。
しかし、僕よりも頭二つ分小さいルシェのその体は、どういう訳か巨大な沈没船のように重く、全く持って浮力を感じさせない。
何かに引っかかっているのかと思い、改めてルシェの体を見れば。その体には青白く光る太い鎖がいつの間にか、きつくきつく巻き付いていた。

最後にコホッと小さな気泡を吐いた後は、ルシェはもう苦しそうな様も見せず、まるで幼子がするように眠たげに目を擦りながら、

「たった一日だけでも、最期にまたレリに会えて本当に嬉しかった」

と、そんな意味の分からない事を言った。

最期って何だ。
ここでルシェの未来が閉ざされるだなんて、そんな、そんな馬鹿な話があってなるものか。
何でも持っているルシェの素晴らしい未来が、僕なんかに魅入られたせいで閉ざされるような事等、絶対にあってはならない。
そう思い僕はルシェの腕を掴み、必死に足掻いたのだけれど……。

そんな僕の願いを置き去りに

「おやすみ、レリ」

小さくそう呟いた後、ルシェは、そっと僕が焦がれてやまないそのダークグリーンの瞳を瞼の下に隠した。
そして、その後僕がどれだけ強く願っても。
彼がその瞼を開いて見せてくれる事は二度と無かった。




ルシェを縛る鎖が、自然のことわりに還って行く事を許さないのだろう。
決して少なくない時間が流れても、その体が腐敗海塵に帰する事は無かった。

そうして、まるで永い永い夢を見るように死せるルシェの傍で。僕はルシェが残した古い古い科学書のページを、彼を悼むように、ゆっくりゆっくり捲った。


ある日、僕はその本の中に、古い装置の記述を見つけた。
大きな地場嵐を意図的に引き起こすその装置を用いれば、量子の縺れが起こり、重ね合わせの原理により観測されなかったはずの事象の観測が可能……。

早い話が、過去を改変する事さえ出来たのだという。

もっとも、それによる周囲への影響は甚大で。
今日では、その装置はもちろん、それに関する研究の記録の一切が破棄され久しいらしい。
しかし、こんな本にさえ、その存在の記述が残っているくらいだ。
きっと、世界のどこかにその装置のまだ何台かはコッソリ隠されているに違いない。

人間というものは、概してそういう業の深いものである事を僕は良く知っている。

明日目が覚めたら、その装置を探しに行こう。
そうして、ルシェが僕を見つける前に、僕なんかに魅入られる前に、僕は僕自身の“廃棄”を願うんだ。
そうすれば、ルシェがこんな所にむざむざ死にに来ることも無い。
僕はルシェに、彼が享受すべきだった輝かしい未来を返すのだ。

ルシェの僕の物と余り変わらないくらい大きくなっていた手に触れながら、重くて仕方がない瞼を閉じる。

ずっと。
ずっと、彼の体温で火傷したって構わないから、いつだってガラス越しに僕に向けて懸命に伸ばされるルシェのその手に、直接触れてやりたいと思っていた。
しかし、ようやく自由に触れられるようになったルシェの手は、冷たい海の水ですっかり冷やされ、触れても微かな痛みさえ感じられないくらい冷たく凍えてしまっていて……。

僕はそれがどうしようもなく哀しく、また同時にそうなってなお、その手がどうしようもなく愛しく思われて仕方がなかった。






******

次に目が覚めた時、僕は人間の子どもの姿をしていた。

物心ついた頃には既に前世の記憶はほとんど戻っていたが、この世界の常識も、言葉も、本当に何も分からなくて。

「ねぇ、これは何の機械? 嵐は? これで嵐は起こせる?!」

「嵐?? これは、お父さんがお仕事のお手紙を書いたり調べものをする機械だよ。明日の天気を知る事は出来るけど、嵐は起こせないなぁ」

「僕ね、ずっと嵐が起こせる機械を探してるの! ねぇ、それどこにあるの?! 早く教えて! 早く!!!」

焦りを上手く言語化出来る術もなく、長い事酷く歯がゆい思いをすることとなった。

そんな僕が、人間の子供達が通う学校になんて馴染める道理は当然無くて。
僕は父母、そして先生達の諦念に近い理解の元、義務教育と言われる時間の大半を、通っていた小中学校と同じ敷地内にある大学附属の図書館で過ごした。

図書館の地下にあるシンと静まり返った書庫の隅っこで、ルシェもこうして少なくない時間を過ごしていたのだろうかと、かつての主を恋しく思いながら、僅かにかび臭い古い本のページを捲る。
耳をつんざくような甲高い子供達の声と、煩わしいばかりの大人の心配げな視線から逃れられるこの空間だけが、僕の慰めだった。

かつて滅んだとされる、幻の大陸について書かれたこの本を開くのは、これで何百回目になるだろう。
大人達が言うように、僕が前世だと信じているあれは、僕が知らず知らずに作り上げていた夢物語なのではないかと、自分で自分が信じられなくなる度にこの本を開いていたから。
幻の大陸があったとされる海域にある島には人魚伝説が残っていて、人の上半身を切断しサメの下半身を繋げたと思しきミイラが数体見つかっていると書かれたページには、すっかり開き癖が付いてしまっていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

膀胱を虐められる男の子の話

煬帝
BL
常におしがま膀胱プレイ 男に監禁されアブノーマルなプレイにどんどんハマっていってしまうノーマルゲイの男の子の話 膀胱責め.尿道責め.おしっこ我慢.調教.SM.拘束.お仕置き.主従.首輪.軟禁(監禁含む)

元会計には首輪がついている

笹坂寧
BL
 【帝華学園】の生徒会会計を務め、無事卒業した俺。  こんな恐ろしい学園とっとと離れてやる、とばかりに一般入試を受けて遠く遠くの公立高校に入学し、無事、魔の学園から逃げ果すことが出来た。  卒業式から入学式前日まで、誘拐やらなんやらされて無理くり連れ戻されでもしないか戦々恐々としながら前後左右全ての気配を探って生き抜いた毎日が今では懐かしい。  俺は無事高校に入学を果たし、無事毎日登学して講義を受け、無事部活に入って友人を作り、無事彼女まで手に入れることが出来たのだ。    なのに。 「逃げられると思ったか?颯夏」 「ーーな、んで」  目の前に立つ恐ろしい男を前にして、こうも身体が動かないなんて。

君が好き過ぎてレイプした

眠りん
BL
 ぼくは大柄で力は強いけれど、かなりの小心者です。好きな人に告白なんて絶対出来ません。  放課後の教室で……ぼくの好きな湊也君が一人、席に座って眠っていました。  これはチャンスです。  目隠しをして、体を押え付ければ小柄な湊也君は抵抗出来ません。  どうせ恋人同士になんてなれません。  この先の長い人生、君の隣にいられないのなら、たった一度少しの時間でいい。君とセックスがしたいのです。  それで君への恋心は忘れます。  でも、翌日湊也君がぼくを呼び出しました。犯人がぼくだとバレてしまったのでしょうか?  不安に思いましたが、そんな事はありませんでした。 「犯人が誰か分からないんだ。ねぇ、柚月。しばらく俺と一緒にいて。俺の事守ってよ」  ぼくはガタイが良いだけで弱い人間です。小心者だし、人を守るなんて出来ません。  その時、湊也君が衝撃発言をしました。 「柚月の事……本当はずっと好きだったから」  なんと告白されたのです。  ぼくと湊也君は両思いだったのです。  このままレイプ事件の事はなかった事にしたいと思います。 ※誤字脱字があったらすみません

双子攻略が難解すぎてもうやりたくない

はー
BL
※監禁、調教、ストーカーなどの表現があります。 22歳で死んでしまった俺はどうやら乙女ゲームの世界にストーカーとして転生したらしい。 脱ストーカーして少し遠くから傍観していたはずなのにこの双子は何で絡んでくるんだ!! ストーカーされてた双子×ストーカー辞めたストーカー(転生者)の話 ⭐︎登場人物⭐︎ 元ストーカーくん(転生者)佐藤翔  主人公 一宮桜  攻略対象1 東雲春馬  攻略対象2 早乙女夏樹  攻略対象3 如月雪成(双子兄)  攻略対象4 如月雪 (双子弟)  元ストーカーくんの兄   佐藤明

【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】

彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』 高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。 その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。 そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?

僕が玩具になった理由

Me-ya
BL
🈲R指定🈯 「俺のペットにしてやるよ」 眞司は僕を見下ろしながらそう言った。 🈲R指定🔞 ※この作品はフィクションです。 実在の人物、団体等とは一切関係ありません。 ※この小説は他の場所で書いていましたが、携帯が壊れてスマホに替えた時、小説を書いていた場所が分からなくなってしまいました😨 ので、ここで新しく書き直します…。 (他の場所でも、1カ所書いていますが…)

病んでる愛はゲームの世界で充分です!

書鈴 夏(ショベルカー)
BL
ヤンデレゲームが好きな平凡男子高校生、田山直也。 幼馴染の一条翔に呆れられながらも、今日もゲームに勤しんでいた。 席替えで隣になった大人しい目隠れ生徒との交流を始め、周りの生徒たちから重い愛を現実でも向けられるようになってしまう。 田山の明日はどっちだ!! ヤンデレ大好き普通の男子高校生、田山直也がなんやかんやあってヤンデレ男子たちに執着される話です。 BL大賞参加作品です。よろしくお願いします。

伸ばしたこの手を掴むのは〜愛されない俺は番の道具〜

にゃーつ
BL
大きなお屋敷の蔵の中。 そこが俺の全て。 聞こえてくる子供の声、楽しそうな家族の音。 そんな音を聞きながら、今日も一日中をこのベッドの上で過ごすんだろう。 11年前、進路の決まっていなかった俺はこの柊家本家の長男である柊結弦さんから縁談の話が来た。由緒正しい家からの縁談に驚いたが、俺が18年を過ごした児童養護施設ひまわり園への寄付の話もあったので高校卒業してすぐに柊さんの家へと足を踏み入れた。 だが実際は縁談なんて話は嘘で、不妊の奥さんの代わりに子どもを産むためにΩである俺が連れてこられたのだった。 逃げないように番契約をされ、3人の子供を産んだ俺は番欠乏で1人で起き上がることもできなくなっていた。そんなある日、見たこともない人が蔵を訪ねてきた。 彼は、柊さんの弟だという。俺をここから救い出したいとそう言ってくれたが俺は・・・・・・

処理中です...