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2.アンティークショップ

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大学生になったある日の事――

うっかり落としたはずみで、大切にしていたウサギの左目の一部を欠いてしまった。

その痛々し気な姿を見ていられず、似たパーツを探したのだが……。
アンティークの為だろうか。
あちこちの手芸店を回ったがそれに似たパーツをどうしても見つけることは出来なかった。

考えた末、ウサギの首に巻かれていたリボンのロゴを頼りに祖母がそれを買ってきてくれたその店を探せば。
随分と入り組んだ住宅街の中、半地下の非常に分かりにくい所に、そのアンティークショップはあった。




◇◆◇◆◇

お客が来るのは相当に珍しいことなのだろう。

ガラスの覗き窓のついたよく磨かれて美しい扉をゆっくり押して開ければ、ドアベルの音に驚いた店主と思しき人物が立ち上がって、まるで幽霊でも見たかのように茫然と私を見た。

彼はスラリと背が高く整った容姿をした、二十代半ばと思しき男の人だった。

髪は淡い茶色で、肌は抜ける様に白い。
どこか外国の血が混ざっているのだろう、その色素の薄いブラウンの瞳は日に透けると、薄っすらと青みがかっていることが分かった。

私はてっきり、この店の店主は白いひげを蓄えたお爺ちゃん、もしくは魔女のようなおばあちゃんで、そんな人がノソノソ出て来るものだとばかり思っていた。

それなのに。
そこにいた、どこかはかなげな雰囲気を纏ったその人は、この店に飾られている美しいアンティークドールの様に綺麗過ぎて……。
私もまた彼を見たまましばらくぼんやりとその場に立ち尽くしてしまった。




「何かお探しですか?」

気を取り直した彼に声をかけられ。
ようやくハッとして、持っていたウサギを見せた。

「実は目の所が壊れてしまって……」

「修理のご依頼ですか?」

彼は首を傾げながらそう言うと、私の返事を聞く前に棚の引き出しを開けて、人形の目のパーツに使えそうな物をいくつか出して見せてくれた。


どれもアンティークの一点ものなのだろう。
磨き上げられたガラス製のそれらは光を受けキラキラと輝いていて宝石のように実に美しかった。

が、しかし……。
残念ながら私のウサギの瞳の代わりには到底及ばない。

あからさまに落胆する私を見て

「ちょっと待っててください」

彼はそう言うと、店の奥からベルベッドのトレーに乗せた赤い宝石を持って来て見せてくれた。

彼が白い手袋をつけてピンセットで摘まんだその宝石をかけてしまったウサギの左目に重ねて見せてくれる。

「凄い! ぴったり……」

私が思わず破顔して彼にそう言えば、彼は小さく微笑んで

「しばらくそちらの椅子に掛けてお待ちください」

そう言って私が持っていたウサギの人形を丁寧に受けとると、再び店の奥に再び消えて行った。






◇◆◇◆◇

修理が完了し、完全な姿を取り戻したウサギを思わず涙目で抱きしめた後でハッとする。

「あの…………お、おいくらでしょう?」

先程見せてもらったガラス玉でさえ、万単位の値札がついていたものがあったのだ。
ウサギ恋しさに値段も聞かず修理を頼んでしまったが、到底学生の自分に出せる金額とは思えない。


今さら真っ青になる私に

「お代は結構です」

彼はあっさりそんな事を言うと、用は済んだとばかりに背を向けた。

「いや、そんな訳には……これ、絶対高いものですよね?!!」

慌てる私に

「もともとそれは売り物ではないので……。だから値段なんて無いんですよ」

彼はまたそんな事を言い、お帰りはこちらとばかりにドアを開ける。

それは、『値段が無い』のではなく『値段がつけられない』というのが正しいのではないだろうか?!!

想定外の価値に、パニックになった私が

「……えっと、じゃあ……そうだ! 代金の分ここで働かせてください!!」

そんな、最早自分勝手な我儘を言えば。
店主の彼は実に煩わし気に私をしばらく見降ろした後で、根負けしたのか、実に面倒臭そうに溜息をついたのだった。
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