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第三章 魅了王子は嫌われたい イライアスとシュゼット
10.博物館(side シュゼット)
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翌朝――
「シュゼット、一緒に博物館に行こう!」
昨日、反省されたように見えたのは夢だったのでしょうか?
またしてもノックも無く髪も梳かしていない私の部屋のドアを勝手に開け放ち、いらしたイライアス様がそんな事をおっしゃいました。
「曾祖父のコレクションの蝶を見せてあげる」
「でも、今日はリュシアン様と狩に行かれる予定だとおっしゃっていたでしょう? ……博物館は逃げませんから、それはまたの機会に」
国賓との約束をそんなにあっさりと反故にして良いはずがなく、そう言ってイライアス様を諫めれば
「えぇ?! リュシアンと狩りなんて、そんなおっかないとこ行く訳ないじゃないか!!」
イライアス様が『分かってないなぁ』とばかりに首を横に振って見せました。
おっかない?
狩、お嫌いなのでしょうか??
******
結局、マイペースで自由気ままを気取った(?)イライアス様が聞く耳を持って下さるはずもなく――
言われるがままイライアス様が新たに贈って下さったドレスを纏い、イライアス様に手を引かれ博物館にやって来ました。
王家の皆さんはどうやら蝶がお好きなようで、そのコレクションは圧巻でした。
またこの博物館は、イライアス様のお母様である現王妃様お気に入りの場所との事で庭園もまた美しく整備されているとの事です。
「だから庭の方にも行こうよ!」
そう言いながら、イライアス様が眩しく笑って私に向かってその大きな手を伸べられます。
「えっ?! ……あの……」
こういう時って、友人としてどう振る舞うのが正解なのでしょう?!
普段は騎士服なので、年の近い友人からもこんな風にエスコートを受けた経験は無く、どうすればよいのかが分かりません。
手を重ねる為に伸ばす事も、そうせぬまま並んで自然と歩き出す事も出来ず。
無礼にも固まってしまった時でした。
イライアス様はハッと表情を硬くされると次の瞬間私に背を向け、さっさと一人どこかに歩いて行かれてしまいました。
「……またやっちゃった……」
優しいイライアス様の事をも、ついに私は怒らせてしまったようです。
せっかく、王子であらせられるイライアス様自らその綺麗な手を伸べて下さったのに。
無礼にもそれを拒絶したのですから……、考えてみたら当然ですよね。
あぁ、私って本当にどうしてこうも人と上手く付き合えないのでしょう。
そう肩を落とし、俯いた時でした。
突然、背後から大きな影が差しました。
驚いてパッ顔を上げ振り向けば、少し息を弾ませたイライアス様が私をのぞき込むように微笑んでいらっしゃいます。
「足がまだ痛む事に気づかず長く歩かせてごめんね? この先には百合園があって今すごく綺麗だから。シュゼットに見せたい思いばかりが先走って無理言った」
そう言って、イライアス様は甘く甘く香る、手で束ねただけの百合の花束を私に向かい差し出されたのでした。
「何で……」
何でイライアス様はこうも人の心を乱すのがお上手なのでしょう。
思わず朱に染まった頬を誤魔化すように、受け取った百合の花束の香りを嗅ぐ振りをして顔を伏せた時です。
その中から特別きれいな百合を一輪取って、イライアス様がそれを私の髪に挿しました。
「シュゼットにだけ、特別。とってもよく似合っているし、綺麗だよ……今も、そして昔も」
それを聞いた瞬間。
幼い時分に訪れたお茶会での記憶が突然鮮明に蘇ってきました。
そうあの日、年上の女の子達に傷つけられるその少し前。
私は王妃様お気に入りの薔薇園で、一人の心優しい少年に花冠を作ってもらったんでしたっけ。
あの日出会った少年と、イライアス様の姿が不意に一つに重なりました。
「いつから気づいていらしたんですか?」
また私に優しくしてくれた彼に再会できた事がすごく嬉しくて。
思わず微笑んだ私とは対象的に。
イライアス様は不意に苦し気に眉根を寄せると
「あの時は、キミのことを守ってあげられなくてごめん」
そんなことをおっしゃいました。
「僕があの時シュゼットは綺麗だってちゃんとみんなの前で言えばよかったんだ。そうしたら、ずっとキミを悲しい思い込みの世界にこんなにも長い間閉じ込めずに済んだのに。……本当にごめん」
また不意打ちのようにギュッと抱きしめられると……そう思ったのに。
きっとこれまでのイライアス様であったら何の悪気も躊躇いもなく、ただ甘く、私をはじめとする年頃の令嬢達が期待するように自然にそうされただろうに。
泣き出しそうな顔で、そんな事をおっしゃったイライアス様は、どこか不器用に立ち尽くされたまま。
まるで酷く初心な少年の様に、私に触れられる事はもうありませんでした。
「シュゼット、一緒に博物館に行こう!」
昨日、反省されたように見えたのは夢だったのでしょうか?
またしてもノックも無く髪も梳かしていない私の部屋のドアを勝手に開け放ち、いらしたイライアス様がそんな事をおっしゃいました。
「曾祖父のコレクションの蝶を見せてあげる」
「でも、今日はリュシアン様と狩に行かれる予定だとおっしゃっていたでしょう? ……博物館は逃げませんから、それはまたの機会に」
国賓との約束をそんなにあっさりと反故にして良いはずがなく、そう言ってイライアス様を諫めれば
「えぇ?! リュシアンと狩りなんて、そんなおっかないとこ行く訳ないじゃないか!!」
イライアス様が『分かってないなぁ』とばかりに首を横に振って見せました。
おっかない?
狩、お嫌いなのでしょうか??
******
結局、マイペースで自由気ままを気取った(?)イライアス様が聞く耳を持って下さるはずもなく――
言われるがままイライアス様が新たに贈って下さったドレスを纏い、イライアス様に手を引かれ博物館にやって来ました。
王家の皆さんはどうやら蝶がお好きなようで、そのコレクションは圧巻でした。
またこの博物館は、イライアス様のお母様である現王妃様お気に入りの場所との事で庭園もまた美しく整備されているとの事です。
「だから庭の方にも行こうよ!」
そう言いながら、イライアス様が眩しく笑って私に向かってその大きな手を伸べられます。
「えっ?! ……あの……」
こういう時って、友人としてどう振る舞うのが正解なのでしょう?!
普段は騎士服なので、年の近い友人からもこんな風にエスコートを受けた経験は無く、どうすればよいのかが分かりません。
手を重ねる為に伸ばす事も、そうせぬまま並んで自然と歩き出す事も出来ず。
無礼にも固まってしまった時でした。
イライアス様はハッと表情を硬くされると次の瞬間私に背を向け、さっさと一人どこかに歩いて行かれてしまいました。
「……またやっちゃった……」
優しいイライアス様の事をも、ついに私は怒らせてしまったようです。
せっかく、王子であらせられるイライアス様自らその綺麗な手を伸べて下さったのに。
無礼にもそれを拒絶したのですから……、考えてみたら当然ですよね。
あぁ、私って本当にどうしてこうも人と上手く付き合えないのでしょう。
そう肩を落とし、俯いた時でした。
突然、背後から大きな影が差しました。
驚いてパッ顔を上げ振り向けば、少し息を弾ませたイライアス様が私をのぞき込むように微笑んでいらっしゃいます。
「足がまだ痛む事に気づかず長く歩かせてごめんね? この先には百合園があって今すごく綺麗だから。シュゼットに見せたい思いばかりが先走って無理言った」
そう言って、イライアス様は甘く甘く香る、手で束ねただけの百合の花束を私に向かい差し出されたのでした。
「何で……」
何でイライアス様はこうも人の心を乱すのがお上手なのでしょう。
思わず朱に染まった頬を誤魔化すように、受け取った百合の花束の香りを嗅ぐ振りをして顔を伏せた時です。
その中から特別きれいな百合を一輪取って、イライアス様がそれを私の髪に挿しました。
「シュゼットにだけ、特別。とってもよく似合っているし、綺麗だよ……今も、そして昔も」
それを聞いた瞬間。
幼い時分に訪れたお茶会での記憶が突然鮮明に蘇ってきました。
そうあの日、年上の女の子達に傷つけられるその少し前。
私は王妃様お気に入りの薔薇園で、一人の心優しい少年に花冠を作ってもらったんでしたっけ。
あの日出会った少年と、イライアス様の姿が不意に一つに重なりました。
「いつから気づいていらしたんですか?」
また私に優しくしてくれた彼に再会できた事がすごく嬉しくて。
思わず微笑んだ私とは対象的に。
イライアス様は不意に苦し気に眉根を寄せると
「あの時は、キミのことを守ってあげられなくてごめん」
そんなことをおっしゃいました。
「僕があの時シュゼットは綺麗だってちゃんとみんなの前で言えばよかったんだ。そうしたら、ずっとキミを悲しい思い込みの世界にこんなにも長い間閉じ込めずに済んだのに。……本当にごめん」
また不意打ちのようにギュッと抱きしめられると……そう思ったのに。
きっとこれまでのイライアス様であったら何の悪気も躊躇いもなく、ただ甘く、私をはじめとする年頃の令嬢達が期待するように自然にそうされただろうに。
泣き出しそうな顔で、そんな事をおっしゃったイライアス様は、どこか不器用に立ち尽くされたまま。
まるで酷く初心な少年の様に、私に触れられる事はもうありませんでした。
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