【完結】 悪役令嬢は『壁』になりたい

tea

文字の大きさ
上 下
24 / 57
第二章 孤高の獣は眠らない ゼイムズとローザ

11.分かりにくい人(side ローザ)

しおりを挟む
また別の者が口を開こうとした時だ。
それを見計らったかのようにブライアンが

「殿下、時間です。参りましょう」

そう言って再び馬車のドアを開き、その者を黙らせた。


「そのままではお風邪を召されます。せめてお召し替えを……」

コリュージュ伯の妻が慌ててそう言ったが、ブライアンは冷たい一瞥を以てそれも拒絶する。

馬車のドアが閉まり、また冷たい大粒の雨が降り始めたが、今度こそ住人たちは私達の為に道を開けた。




「殿下も魔術が使えたのですね」

ゼイムスが馬車の中に戻って来てドアが閉まった安堵から、思わずそんな事をゼイムズに話しかければ。

「いや、オレにそんな力はない。知っているだろう」

ゼイムスは口の動きを外の者達に読まれないよう、口をあまり動かさず小さな声で、そんな驚くような返事を返してきた。

「でもさっき……」

「あれはただ、風の流れを見て、雲が晴れる瞬間を見計らってさも魔術で晴れにしたように見せかけただけだ」

子どものゼイムスならば、絶句する私の姿を見て、さぞ自慢げに笑って見せたことだろう。
しかし、百戦錬磨の彼にとって今回のパフォーマンスなど取るに足りない物らしい。


前髪から雨水を滴らせるゼイムスが、外の者達には分からぬよう安堵ため息に似た吐息を小さく漏らした時だった。

コンコン

思いもかけず再び馬車のドアが小さく叩かれ、ゼイムスが思わず警戒にビクッと指先を震わせた。


外を見れば、窓を叩いたのは七歳くらいの一人の女の子だった。
女の子は何かを雨から守る様に胸に押し抱きながら立っている。

ゼイムスは一瞬躊躇った後、警戒しながらゆっくりドアを開いた。


「殿下、妃殿下。この度はこんな遠くまでわざわざいらっしゃってくださり、本当にありがとうございました」

きっと繰り返し練習したのだろう。
女の子は少し緊張した面持ちでそう言うと、チュニックの裾を掴んで一生懸命練習したのであろうすこしぎこちないカーテシーをした後、その手に持っていた物をゼイムスに差し出した。






******


「何を受け取られたのですか?」

走り出した馬車の中そう尋ねれば、ゼイムスはまた苦い顔をして、その手の中に受け取った物を見せてくれた。

ゼイムスの手の中にあった物、それは二対の組紐だった。

決して高価なものではないが、翡翠色をした糸とロイヤルブルーの糸で丹念に組まれており美しい。
きっと、ゼイムスと私の瞳の色を模し、心を込めて作られたものなのだろう。

今回はあんな事になってしまったが、元々悪意を持って迎えられたわけではないのだ。
そう思えば強張っていた肩の力が抜けていくのが分かった。




「願い事をしないとですね」

そう言って手首を差し出せば、ゼイムスは酷く複雑そうな顔をした。

「……こんな安物、無理して着けなくてもいいんだぞ」

そう言いながら、ゼイムズ自ら私の意図を察して私の手首に巻いてくれる。

「無理などしていません。殿下と私の色が混ざった美しい物なので嬉しいです」

子ども返りしていたゼイムスと話していた癖で思わず本音を口にしてしまい、しまったと慌てて口を噤んだ。
いったいどんな嫌味が返ってくるのやらと、そう思い溜息をついた時だった。


「お前は何を願う?」

ゼイムスが結ぶのに手間取っている振りをしながら、目線を落としたままそんな事を聞いてきた。

「そうですね……」

ゼイムスの意外な反応に困惑しながら、しかし再度

「折角美しいこれが、切れないことでしょうか」

そう思ったままを口にして見れば

「そうか……」

ゼイムスは泣き出しそうな、でもどこか嬉しそうな、そんな複雑な表情を隠すように、また窓の方に顔を向けて黙ってしまった。




「殿下は? 殿下は何を願われるのですか」

窓のガラス越しに目を合わせながらそう聞けば

「『殿下』と呼ばれ続けること。砕けた口を利かれないこと」

ゼイムスはこちらを向かぬままそう言った。


ゼイムスの突き放すような拒絶の言葉にまた胸の奥が冷たく凍りかけた時だ。

「分かったか」

そう言われ

「はい、で……」

『殿下』

そう言おうとした瞬間、黙るよう手で制された。
今度は何が気に障ったというのだろう。

涙が零れぬよう強く唇を噛み、下を向いた時だった。
ゼイムスが、私に向けて組紐と共に手首を突き出した。


『結べ』

そういう意味であっているだろうか??

訳の分からないままそれをゼイムスの手首に着ければ

「オレのも切ったら承知しない」

ゼイムスがそんな事を言った。


長い事ゼイムスの言葉の意味を考えた後で。
子ども返りしていたゼイムスにしていたような、気安い口調と呼び方に戻せという逆説的な意味なのかもしれないと、ようやく思い至る。

「……分かったわ、ゼイムス」

自分の考えに半信半疑のまま、恐る恐るそう返せば、ゼイムスが微かに左の眉を上げた。

…………もしかして。
今のは笑ったのだろうか?


子どものゼイムスが真っすぐな性質をしていて良く笑ったのに反して、大人になったゼイムスはその性質をすっかり歪められてしまったが故に、もうあまり笑わないのだと思っていた。

しかし大人になったゼイムズは自身を守る為、表出の仕方を変えてみせただけなのだとしたら……。
自らの力で強く生き抜いてきた彼の本質は、案外誰にも歪められてなどいないのかもしれない。


子どものゼイムスは、呪いを解く時

『キミとサヨナラするのは寂しいけど』

そう言ったけど。
きっとあのゼイムスも消えてしまった訳ではなく、今のゼイムスの一部として、確かにここにいるのだろう。

そう思えば嬉しくて

「ねぇゼイムス、守ってくれてありがとう。……私、また貴方と一緒に博物館で蝶が見たい」

そんな思いを勇気を出し、顔を上げて伝えれば。

「……考えておく」

ゼイムズは実に不機嫌そうな声でそう言って……また微かに左の眉を上げた。
しおりを挟む
感想 15

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢だとわかったので身を引こうとしたところ、何故か溺愛されました。

香取鞠里
恋愛
公爵令嬢のマリエッタは、皇太子妃候補として育てられてきた。 皇太子殿下との仲はまずまずだったが、ある日、伝説の女神として現れたサクラに皇太子妃の座を奪われてしまう。 さらには、サクラの陰謀により、マリエッタは反逆罪により国外追放されて、のたれ死んでしまう。 しかし、死んだと思っていたのに、気づけばサクラが現れる二年前の16歳のある日の朝に戻っていた。 それは避けなければと別の行き方を探るが、なぜか殿下に一度目の人生の時以上に溺愛されてしまい……!?

とまどいの花嫁は、夫から逃げられない

椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ 初夜、夫は愛人の家へと行った。 戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。 「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」 と言い置いて。 やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に 彼女は強い違和感を感じる。 夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り 突然彼女を溺愛し始めたからだ ______________________ ✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定) ✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです ✴︎なろうさんにも投稿しています 私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

悪役令嬢は推し活中〜殿下。貴方には興味がございませんのでご自由に〜

みおな
恋愛
 公爵家令嬢のルーナ・フィオレンサは、輝く銀色の髪に、夜空に浮かぶ月のような金色を帯びた銀の瞳をした美しい少女だ。  当然のことながら王族との婚約が打診されるが、ルーナは首を縦に振らない。  どうやら彼女には、別に想い人がいるようで・・・

【改稿版・完結】その瞳に魅入られて

おもち。
恋愛
「——君を愛してる」 そう悲鳴にも似た心からの叫びは、婚約者である私に向けたものではない。私の従姉妹へ向けられたものだった—— 幼い頃に交わした婚約だったけれど私は彼を愛してたし、彼に愛されていると思っていた。 あの日、二人の胸を引き裂くような思いを聞くまでは…… 『最初から愛されていなかった』 その事実に心が悲鳴を上げ、目の前が真っ白になった。 私は愛し合っている二人を引き裂く『邪魔者』でしかないのだと、その光景を見ながらひたすら現実を受け入れるしかなかった。  『このまま婚姻を結んでも、私は一生愛されない』  『私も一度でいいから、あんな風に愛されたい』 でも貴族令嬢である立場が、父が、それを許してはくれない。 必死で気持ちに蓋をして、淡々と日々を過ごしていたある日。偶然見つけた一冊の本によって、私の運命は大きく変わっていくのだった。 私も、貴方達のように自分の幸せを求めても許されますか……? ※後半、壊れてる人が登場します。苦手な方はご注意下さい。 ※このお話は私独自の設定もあります、ご了承ください。ご都合主義な場面も多々あるかと思います。 ※『幸せは人それぞれ』と、いうような作品になっています。苦手な方はご注意下さい。 ※こちらの作品は小説家になろう様でも掲載しています。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

踏み台令嬢はへこたれない

IchikoMiyagi
恋愛
「婚約破棄してくれ!」  公爵令嬢のメルティアーラは婚約者からの何度目かの申し出を受けていたーー。  春、学院に入学しいつしかついたあだ名は踏み台令嬢。……幸せを運んでいますのに、その名付けはあんまりでは……。  そう思いつつも学院生活を満喫していたら、噂を聞きつけた第三王子がチラチラこっちを見ている。しかもうっかり婚約者になってしまったわ……?!?  これは無自覚に他人の踏み台になって引っ張り上げる主人公が、たまにしょげては踏ん張りながらやっぱり周りを幸せにしたりやっと自分も幸せになったりするかもしれない物語。 「わたくし、甘い砂を吐くのには慣れておりますの」  ーー踏み台令嬢は今日も誰かを幸せにする。  なろうでも投稿しています。

転生者はチートな悪役令嬢になりました〜私を死なせた貴方を許しません〜

みおな
恋愛
 私が転生したのは、乙女ゲームの世界でした。何ですか?このライトノベル的な展開は。  しかも、転生先の悪役令嬢は公爵家の婚約者に冤罪をかけられて、処刑されてるじゃないですか。  冗談は顔だけにして下さい。元々、好きでもなかった婚約者に、何で殺されなきゃならないんですか!  わかりました。私が転生したのは、この悪役令嬢を「救う」ためなんですね?  それなら、ついでに公爵家との婚約も回避しましょう。おまけで貴方にも仕返しさせていただきますね?

【完結】転生地味悪役令嬢は婚約者と男好きヒロイン諸共無視しまくる。

なーさ
恋愛
アイドルオタクの地味女子 水上羽月はある日推しが轢かれそうになるのを助けて死んでしまう。そのことを不憫に思った女神が「あなた、可哀想だから転生!」「え?」なんの因果か異世界に転生してしまう!転生したのは地味な公爵令嬢レフカ・エミリーだった。目が覚めると私の周りを大人が囲っていた。婚約者の第一王子も男好きヒロインも無視します!今世はうーん小説にでも生きようかな〜と思ったらあれ?あの人は前世の推しでは!?地味令嬢のエミリーが知らず知らずのうちに戦ったり溺愛されたりするお話。 本当に駄文です。そんなものでも読んでお気に入り登録していただけたら嬉しいです!

処理中です...