21 / 57
第二章 孤高の獣は眠らない ゼイムズとローザ
8.許す、許さない(side ローザ)
しおりを挟む
明け方ゼイムスを起こし昨晩彼が言った通りの事を伝えれば、ゼイムスは私と同じように晴れ渡る窓の外を見て首を傾げた。
「ローザの体調が完全に戻ってからの方がいいんじゃないのかな? 帰りの道中で何かあっても心配だ」
それでも、どうしても急いでここを発たないといけないのだと言えば、ゼイムスは温かな掌で私の額に触れた後、
「分かった」
と従者に、急ぎここを離れる準備をするよう伝えた。
******
明け方はあんなにも晴れていたのに。
昼前になり出立の準備が整う頃には、再びポツポツと大きな雨粒が落ち始め、馬車に乗り込んだ時には再び来た時と同じような土砂降りとなってしまった。
馬車を出そうとした時だ。
先日共に祈りを捧げた人々が、突如行く手を塞ぐように馬車の周りを取り巻き私に向かって叫んだ。
「どうかもう一度、あの雲を晴らして下さい!」
そうしてあげたいのは山々だが、残念ながら今の私にそんな力は残っていない。
眩暈が残る為馬車の中からではあったが、誠意をもってそう伝えた。
そのつもりだったのだが……。
「どうかもう一度奇跡を!!」
私の思いとは裏腹に、馬車を出させまいとするかのようにその行く手に立ち塞がる人が増えていく。
馬車の窓がドンドンと強く叩かれビクッと肩が震えた。
馬車から出て自らの言葉で事情を説明しようとするゼイムスの手を必死に引いて、今そうすることは危険だと思いとどまらせる。
「ゼイムスが、どうしてこの嘆願をあえて無視していたのかようやく分かったわ」
思わずそう呟けば、
「……すまない、ボクが浅はかだった」
そう言ってゼイムスが両手で顔を覆い呻いた。
しかし、
「悔しいな。今のボクの方がローザを幸せに出来るし、ボクの方が好きになってもらえるって思ったのに。どっちも自分に負けるなんて。ホント、悔しい」
そう言って顔を上げたゼイムスの顔に、不思議と悲壮感は無かった。
その事を意外に思って、その透明な翡翠の瞳を見上げれば
「ねぇローザ、かつてのボクならきっとここから君を助けられる。だから……自分に負けるのは悔しいし、キミとサヨナラするのは寂しいけど……ボクの呪いを解いてよ」
ゼイムスがそんな思いもかけないことを言った。
「呪いを解いてって……。そんな方法知らないわ」
ポカンとしつつ、そう言えば
「簡単だよ」
そう言ってゼイムスはまた快活に笑った。
「王子様にかけられた呪いはお姫様の真実の愛のキスで解けるんだ」
こんな時に一体何の冗談を。
そう思わず脱力しながらゼイムスを見れば、想像に反しゼイムスの目は真剣だった。
「……本当に???」
驚いて目を丸くする私を見て、ゼイムスがクスっと声をあげて穏やかに笑った。
「真実の愛ってのはボクの冗談。でも、この呪いをかけたやつはローザがボクを許したなら呪いが解ける様にしたって、そう言ったんだ。じゃないとボクが失脚して困るのはボクの婚約者であるローザだからね」
私がゼイムズを許す……。
「……………」
確かに、何も知らない人からすれば、恨むのが当然の憎い相手であるように見えただろう。
しかし……。
しかし彼は、私だけを見て欲しいというあの時の私の願いを叶えてくれた唯一の人だ。
まるでそうして触れ合っていないと息が出来ないとでも言わんばかりの溺れるようなキスと、抱きしめられていると勘違いしそうになる私を捕らえるその両の腕の温もり、そしてあの苦い表情を思い出せば。
優しいゼイムスの愛に満たされているはずの今でも、あのゼイムスの孤独と歪んだ愛を、そしてそんな彼の不在を思い胸の奥が苦しくなってしまう。
しかし……
「私にはその呪いは解けない」
そう言えば、ゼイムスが悲しそうに視線を足元に落した。
「そうか、ボクは許されない程、キミに酷い事をしたんだね」
まぁ、それもあながち間違いではないのだが。
「私が呪いを解けない理由はそんなことじゃないわ」
そう言えば、ゼイムスが不思議そうに顔を上げた。
「だって、ゼイムスは今のままの方が幸せでしょ?」
私の言葉にゼイムスがキョトンとした表情で首を捻った。
「ローザの体調が完全に戻ってからの方がいいんじゃないのかな? 帰りの道中で何かあっても心配だ」
それでも、どうしても急いでここを発たないといけないのだと言えば、ゼイムスは温かな掌で私の額に触れた後、
「分かった」
と従者に、急ぎここを離れる準備をするよう伝えた。
******
明け方はあんなにも晴れていたのに。
昼前になり出立の準備が整う頃には、再びポツポツと大きな雨粒が落ち始め、馬車に乗り込んだ時には再び来た時と同じような土砂降りとなってしまった。
馬車を出そうとした時だ。
先日共に祈りを捧げた人々が、突如行く手を塞ぐように馬車の周りを取り巻き私に向かって叫んだ。
「どうかもう一度、あの雲を晴らして下さい!」
そうしてあげたいのは山々だが、残念ながら今の私にそんな力は残っていない。
眩暈が残る為馬車の中からではあったが、誠意をもってそう伝えた。
そのつもりだったのだが……。
「どうかもう一度奇跡を!!」
私の思いとは裏腹に、馬車を出させまいとするかのようにその行く手に立ち塞がる人が増えていく。
馬車の窓がドンドンと強く叩かれビクッと肩が震えた。
馬車から出て自らの言葉で事情を説明しようとするゼイムスの手を必死に引いて、今そうすることは危険だと思いとどまらせる。
「ゼイムスが、どうしてこの嘆願をあえて無視していたのかようやく分かったわ」
思わずそう呟けば、
「……すまない、ボクが浅はかだった」
そう言ってゼイムスが両手で顔を覆い呻いた。
しかし、
「悔しいな。今のボクの方がローザを幸せに出来るし、ボクの方が好きになってもらえるって思ったのに。どっちも自分に負けるなんて。ホント、悔しい」
そう言って顔を上げたゼイムスの顔に、不思議と悲壮感は無かった。
その事を意外に思って、その透明な翡翠の瞳を見上げれば
「ねぇローザ、かつてのボクならきっとここから君を助けられる。だから……自分に負けるのは悔しいし、キミとサヨナラするのは寂しいけど……ボクの呪いを解いてよ」
ゼイムスがそんな思いもかけないことを言った。
「呪いを解いてって……。そんな方法知らないわ」
ポカンとしつつ、そう言えば
「簡単だよ」
そう言ってゼイムスはまた快活に笑った。
「王子様にかけられた呪いはお姫様の真実の愛のキスで解けるんだ」
こんな時に一体何の冗談を。
そう思わず脱力しながらゼイムスを見れば、想像に反しゼイムスの目は真剣だった。
「……本当に???」
驚いて目を丸くする私を見て、ゼイムスがクスっと声をあげて穏やかに笑った。
「真実の愛ってのはボクの冗談。でも、この呪いをかけたやつはローザがボクを許したなら呪いが解ける様にしたって、そう言ったんだ。じゃないとボクが失脚して困るのはボクの婚約者であるローザだからね」
私がゼイムズを許す……。
「……………」
確かに、何も知らない人からすれば、恨むのが当然の憎い相手であるように見えただろう。
しかし……。
しかし彼は、私だけを見て欲しいというあの時の私の願いを叶えてくれた唯一の人だ。
まるでそうして触れ合っていないと息が出来ないとでも言わんばかりの溺れるようなキスと、抱きしめられていると勘違いしそうになる私を捕らえるその両の腕の温もり、そしてあの苦い表情を思い出せば。
優しいゼイムスの愛に満たされているはずの今でも、あのゼイムスの孤独と歪んだ愛を、そしてそんな彼の不在を思い胸の奥が苦しくなってしまう。
しかし……
「私にはその呪いは解けない」
そう言えば、ゼイムスが悲しそうに視線を足元に落した。
「そうか、ボクは許されない程、キミに酷い事をしたんだね」
まぁ、それもあながち間違いではないのだが。
「私が呪いを解けない理由はそんなことじゃないわ」
そう言えば、ゼイムスが不思議そうに顔を上げた。
「だって、ゼイムスは今のままの方が幸せでしょ?」
私の言葉にゼイムスがキョトンとした表情で首を捻った。
15
お気に入りに追加
1,116
あなたにおすすめの小説
悪役令嬢だとわかったので身を引こうとしたところ、何故か溺愛されました。
香取鞠里
恋愛
公爵令嬢のマリエッタは、皇太子妃候補として育てられてきた。
皇太子殿下との仲はまずまずだったが、ある日、伝説の女神として現れたサクラに皇太子妃の座を奪われてしまう。
さらには、サクラの陰謀により、マリエッタは反逆罪により国外追放されて、のたれ死んでしまう。
しかし、死んだと思っていたのに、気づけばサクラが現れる二年前の16歳のある日の朝に戻っていた。
それは避けなければと別の行き方を探るが、なぜか殿下に一度目の人生の時以上に溺愛されてしまい……!?
とまどいの花嫁は、夫から逃げられない
椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ
初夜、夫は愛人の家へと行った。
戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。
「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」
と言い置いて。
やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に
彼女は強い違和感を感じる。
夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り
突然彼女を溺愛し始めたからだ
______________________
✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定)
✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです
✴︎なろうさんにも投稿しています
私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ
悪役令嬢は推し活中〜殿下。貴方には興味がございませんのでご自由に〜
みおな
恋愛
公爵家令嬢のルーナ・フィオレンサは、輝く銀色の髪に、夜空に浮かぶ月のような金色を帯びた銀の瞳をした美しい少女だ。
当然のことながら王族との婚約が打診されるが、ルーナは首を縦に振らない。
どうやら彼女には、別に想い人がいるようで・・・

【改稿版・完結】その瞳に魅入られて
おもち。
恋愛
「——君を愛してる」
そう悲鳴にも似た心からの叫びは、婚約者である私に向けたものではない。私の従姉妹へ向けられたものだった——
幼い頃に交わした婚約だったけれど私は彼を愛してたし、彼に愛されていると思っていた。
あの日、二人の胸を引き裂くような思いを聞くまでは……
『最初から愛されていなかった』
その事実に心が悲鳴を上げ、目の前が真っ白になった。
私は愛し合っている二人を引き裂く『邪魔者』でしかないのだと、その光景を見ながらひたすら現実を受け入れるしかなかった。
『このまま婚姻を結んでも、私は一生愛されない』
『私も一度でいいから、あんな風に愛されたい』
でも貴族令嬢である立場が、父が、それを許してはくれない。
必死で気持ちに蓋をして、淡々と日々を過ごしていたある日。偶然見つけた一冊の本によって、私の運命は大きく変わっていくのだった。
私も、貴方達のように自分の幸せを求めても許されますか……?
※後半、壊れてる人が登場します。苦手な方はご注意下さい。
※このお話は私独自の設定もあります、ご了承ください。ご都合主義な場面も多々あるかと思います。
※『幸せは人それぞれ』と、いうような作品になっています。苦手な方はご注意下さい。
※こちらの作品は小説家になろう様でも掲載しています。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。
鶯埜 餡
恋愛
ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。
しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが
踏み台令嬢はへこたれない
IchikoMiyagi
恋愛
「婚約破棄してくれ!」
公爵令嬢のメルティアーラは婚約者からの何度目かの申し出を受けていたーー。
春、学院に入学しいつしかついたあだ名は踏み台令嬢。……幸せを運んでいますのに、その名付けはあんまりでは……。
そう思いつつも学院生活を満喫していたら、噂を聞きつけた第三王子がチラチラこっちを見ている。しかもうっかり婚約者になってしまったわ……?!?
これは無自覚に他人の踏み台になって引っ張り上げる主人公が、たまにしょげては踏ん張りながらやっぱり周りを幸せにしたりやっと自分も幸せになったりするかもしれない物語。
「わたくし、甘い砂を吐くのには慣れておりますの」
ーー踏み台令嬢は今日も誰かを幸せにする。
なろうでも投稿しています。
転生者はチートな悪役令嬢になりました〜私を死なせた貴方を許しません〜
みおな
恋愛
私が転生したのは、乙女ゲームの世界でした。何ですか?このライトノベル的な展開は。
しかも、転生先の悪役令嬢は公爵家の婚約者に冤罪をかけられて、処刑されてるじゃないですか。
冗談は顔だけにして下さい。元々、好きでもなかった婚約者に、何で殺されなきゃならないんですか!
わかりました。私が転生したのは、この悪役令嬢を「救う」ためなんですね?
それなら、ついでに公爵家との婚約も回避しましょう。おまけで貴方にも仕返しさせていただきますね?

【完結】転生地味悪役令嬢は婚約者と男好きヒロイン諸共無視しまくる。
なーさ
恋愛
アイドルオタクの地味女子 水上羽月はある日推しが轢かれそうになるのを助けて死んでしまう。そのことを不憫に思った女神が「あなた、可哀想だから転生!」「え?」なんの因果か異世界に転生してしまう!転生したのは地味な公爵令嬢レフカ・エミリーだった。目が覚めると私の周りを大人が囲っていた。婚約者の第一王子も男好きヒロインも無視します!今世はうーん小説にでも生きようかな〜と思ったらあれ?あの人は前世の推しでは!?地味令嬢のエミリーが知らず知らずのうちに戦ったり溺愛されたりするお話。
本当に駄文です。そんなものでも読んでお気に入り登録していただけたら嬉しいです!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる