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第二章 孤高の獣は眠らない ゼイムズとローザ
7.冷たい指先(side ローザ)
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突然の決定だった為、最低限の従者のみだけを伴い、馬車で四日かけてコリュージュに向かった。
目的地まであともう少しという所。
馬車の窓から向かう先を眺めれば、灰色の分厚い雲が重たげに重なり合っているのが見える。
そうして、領地に入った頃には既にポツリポツリと雨粒が落ち始めていたのだが、領主の館に着く頃には危惧した通り、土砂降りの雨となっていた。
「よくぞおいでくださいました!」
出迎えてくれた領主はそう言って私達に深く深く頭を下げた。
四十半ばと思しきいかにも人のよさそうな領主と、控えめに微笑む彼の妻、そして人懐っこい子ども達の姿を見て、その善良そうな姿にホッとする。
その日はもう日も暮れということもあり、そのまま領主の館で雨のあがるのを待ちつつ休む事になった。
翌日――
雨脚は依然強いままで、外は朝というのに薄暗いままだった。
ゼイムスと共に館の塔に上り南西に位置する川を見れば、川は濁った水が轟々と流れており、このまま雨が続ければまた決壊してしまう事が容易に想像出来てしまった。
******
昼になり。
少し明るくなった時間帯を見計らってゼイムスに手を引かれ、雨の中、外に作られた祭壇に向かいゆっくり進んだ。
祭壇の周囲には多くの人々が雨でずぶ濡れになりながらも集まっており、厳かな祈りに包まれている。
祈りの為に用意されたのは裾の長い真っ白なドレスの為、まるで、この光景は幼い頃に憧れた結婚式のようだ。
そんな柄にもない事を思い、隣を歩くゼイムスを見上げれば、彼も同じような事を思っていたのだろう。
ゼイムスが私にだけ分かるよう、目だけでいたずらっ子のように楽し気に笑って見せた。
祭壇の前についたところでゼイムスの手を離し、ドレスの裾が泥水に汚れるのも厭わずその場に跪いた。
そして私もまた皆と共に祈りの言葉を口にする。
ウィルや姉ならば、こんな長い祈りの言葉などなくとも即座に雲を晴らしてみただろう。
しかし、私にそこまでの力は無い。
だから、皆と雨に打たれつつ、祈りを紡いだ。
長い時間が経ち最後の祈りを述べたところで、ついに雨が止んだ。
そして次の瞬間、雲間から一筋の光が祭壇に向かい降り注ぎ、人々から歓声が上がった。
嬉し気に降り注ぐ日差しをその手に掬おうとでもするかのように天に向けその手を伸ばす人々と、天を仰ぎ眩し気に目を細めるゼイムスを見て、ホッと肩の力が抜ける。
風邪を引く前に着替えに戻ろう。
そう思い立ち上がろうとした時だった。
魔力を使い過ぎたせいで、立ち眩みがして思わずよろければ。
すぐさまそれに気づいたゼイムズが、その服が泥に汚れるのも厭わずしっかりと抱き留めてくれた。
それが心強くて、嬉しくて、
「少し疲れただけ」
そう言って笑えば、ゼイムスは一瞬酷く心配そうな顔をしたものの、私の気持ちを慮ってくれたのだろう。
『すまない』
そう言う代わりに、
「ありがとう」
そう言って、また綺麗に破顔して見せてくれた。
******
本当は翌日にはすぐコリュージュを発つはずだったのだが……。
私の眩暈が収まらない為、一日程こちらでの滞在を伸ばす事になった。
多忙のゼイムスだけでも先に王都に戻るよう勧めたのだが、
「ローザをここに連れて来たのはボクだよ?! ローザを一人置いて行けるわけなんてないだろう!?」
と一刀両断されてしまった。
甘やかされる心地良さに思わずゼイムスの袖を掴めば、ゼイムスは私の額に小さくキスをして、私が眠るまでその手を繋いでくれた。
昼間沢山寝てしまったせいだろう。
夜中にふと目を覚ませば、暗闇の中じっとこちらを心配そうに見つめるゼイムスと、また思いがけず目が合った。
私が目を覚ましたことに気づいたゼイムスが、私の熱を測ろうと私の額に向けてその手を伸ばす。
子どものゼイムスは私に触れる時、まるで大切なぬいぐるみに触れる様にその温かな手の平で包み込むように触れる。
一方、大人のゼイムスは、まるで脆いガラス細工に触れる様に、指先でそっと触れる。
『今の彼はどちらだろう』
そう思った私の額に触れたのは、冷たい指先だった。
『あぁ、彼だ』
また彼が私に触れたその安堵感に、思わず涙が零れそうになる。
自ら彼の手に猫の様に額を摺り寄せれば。
私の熱が無い事を知ったゼイムスが、ホッとした様子で詰めていた息を吐いた。
そしてゼイムスは再び厳しい表情を作り言った。
「明日、再び雨が降り出す前に一刻も早くここを離れろ」
ゼイムズの言葉に、私は思わず首を捻った。
窓の外では澄み渡った空に星々が輝いている。
こんなに晴れているのに明日、雨が降るなんてことあるのだろうか?
「例えウィルでも雨季を失くすことなど出来ない。遅くとも明日の午後にはまた雨雲が、それも先日よりも厚いものが戻るだろう。だからいいか、夜明けには必ずここを発て! 必ずだ!!」
天気の変わる方角を改めて見やれば、やはり雲一つかからない満月が見える。
何と答えるべきか迷っている内に、ゼイムスは一人部屋を出るとどこかに姿を消してしまった。
目的地まであともう少しという所。
馬車の窓から向かう先を眺めれば、灰色の分厚い雲が重たげに重なり合っているのが見える。
そうして、領地に入った頃には既にポツリポツリと雨粒が落ち始めていたのだが、領主の館に着く頃には危惧した通り、土砂降りの雨となっていた。
「よくぞおいでくださいました!」
出迎えてくれた領主はそう言って私達に深く深く頭を下げた。
四十半ばと思しきいかにも人のよさそうな領主と、控えめに微笑む彼の妻、そして人懐っこい子ども達の姿を見て、その善良そうな姿にホッとする。
その日はもう日も暮れということもあり、そのまま領主の館で雨のあがるのを待ちつつ休む事になった。
翌日――
雨脚は依然強いままで、外は朝というのに薄暗いままだった。
ゼイムスと共に館の塔に上り南西に位置する川を見れば、川は濁った水が轟々と流れており、このまま雨が続ければまた決壊してしまう事が容易に想像出来てしまった。
******
昼になり。
少し明るくなった時間帯を見計らってゼイムスに手を引かれ、雨の中、外に作られた祭壇に向かいゆっくり進んだ。
祭壇の周囲には多くの人々が雨でずぶ濡れになりながらも集まっており、厳かな祈りに包まれている。
祈りの為に用意されたのは裾の長い真っ白なドレスの為、まるで、この光景は幼い頃に憧れた結婚式のようだ。
そんな柄にもない事を思い、隣を歩くゼイムスを見上げれば、彼も同じような事を思っていたのだろう。
ゼイムスが私にだけ分かるよう、目だけでいたずらっ子のように楽し気に笑って見せた。
祭壇の前についたところでゼイムスの手を離し、ドレスの裾が泥水に汚れるのも厭わずその場に跪いた。
そして私もまた皆と共に祈りの言葉を口にする。
ウィルや姉ならば、こんな長い祈りの言葉などなくとも即座に雲を晴らしてみただろう。
しかし、私にそこまでの力は無い。
だから、皆と雨に打たれつつ、祈りを紡いだ。
長い時間が経ち最後の祈りを述べたところで、ついに雨が止んだ。
そして次の瞬間、雲間から一筋の光が祭壇に向かい降り注ぎ、人々から歓声が上がった。
嬉し気に降り注ぐ日差しをその手に掬おうとでもするかのように天に向けその手を伸ばす人々と、天を仰ぎ眩し気に目を細めるゼイムスを見て、ホッと肩の力が抜ける。
風邪を引く前に着替えに戻ろう。
そう思い立ち上がろうとした時だった。
魔力を使い過ぎたせいで、立ち眩みがして思わずよろければ。
すぐさまそれに気づいたゼイムズが、その服が泥に汚れるのも厭わずしっかりと抱き留めてくれた。
それが心強くて、嬉しくて、
「少し疲れただけ」
そう言って笑えば、ゼイムスは一瞬酷く心配そうな顔をしたものの、私の気持ちを慮ってくれたのだろう。
『すまない』
そう言う代わりに、
「ありがとう」
そう言って、また綺麗に破顔して見せてくれた。
******
本当は翌日にはすぐコリュージュを発つはずだったのだが……。
私の眩暈が収まらない為、一日程こちらでの滞在を伸ばす事になった。
多忙のゼイムスだけでも先に王都に戻るよう勧めたのだが、
「ローザをここに連れて来たのはボクだよ?! ローザを一人置いて行けるわけなんてないだろう!?」
と一刀両断されてしまった。
甘やかされる心地良さに思わずゼイムスの袖を掴めば、ゼイムスは私の額に小さくキスをして、私が眠るまでその手を繋いでくれた。
昼間沢山寝てしまったせいだろう。
夜中にふと目を覚ませば、暗闇の中じっとこちらを心配そうに見つめるゼイムスと、また思いがけず目が合った。
私が目を覚ましたことに気づいたゼイムスが、私の熱を測ろうと私の額に向けてその手を伸ばす。
子どものゼイムスは私に触れる時、まるで大切なぬいぐるみに触れる様にその温かな手の平で包み込むように触れる。
一方、大人のゼイムスは、まるで脆いガラス細工に触れる様に、指先でそっと触れる。
『今の彼はどちらだろう』
そう思った私の額に触れたのは、冷たい指先だった。
『あぁ、彼だ』
また彼が私に触れたその安堵感に、思わず涙が零れそうになる。
自ら彼の手に猫の様に額を摺り寄せれば。
私の熱が無い事を知ったゼイムスが、ホッとした様子で詰めていた息を吐いた。
そしてゼイムスは再び厳しい表情を作り言った。
「明日、再び雨が降り出す前に一刻も早くここを離れろ」
ゼイムズの言葉に、私は思わず首を捻った。
窓の外では澄み渡った空に星々が輝いている。
こんなに晴れているのに明日、雨が降るなんてことあるのだろうか?
「例えウィルでも雨季を失くすことなど出来ない。遅くとも明日の午後にはまた雨雲が、それも先日よりも厚いものが戻るだろう。だからいいか、夜明けには必ずここを発て! 必ずだ!!」
天気の変わる方角を改めて見やれば、やはり雲一つかからない満月が見える。
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