【完結】 悪役令嬢は『壁』になりたい

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第一章 悪役令嬢は『壁』になりたい

12.壁の向こうへ(side ウィル)

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時の流れとは残酷なもので――
ようやくゼイムスからリリーを取り戻せるくらい強くなった時には、リリーはすっかりゼイムスの事を愛してしまっていたように思われた。


だから卒業式の夜、ゼイムスが結婚相手にローザを選んだのを聞いて一人静かに涙を零すリリーに僕は何と声をかけてよいか分からなくて……。

そうして手をこまねいているうちに、彼女の魔力が暴走を始め、あっという間に彼女を厚い魔力の壁の中に取り込んでしまった。






******


暴走した魔力の障壁に包まれるようにして、半ば眠る様に目を閉じるリリーは、まさに壁画に抱かれた天使そのものだった。

「リリー、キミを助けに来たよ」

思わずそんなリリーに魅せられ考えなしに手を伸ばせば、彼女を守るように巡らされている魔力の刃が僕の掌を裂いたから。
絵画の様に美しい彼女を、僕の血なんかで汚す事は躊躇われ慌てて手を引いた。


『またゼイムスに盗られてしまうくらいなら、いっそずっとこのまま彼女をここに閉じ込めてしまえればいいのに』

そんな仄暗い誘惑を覚えたが、それはダメだと懸命に頭を振ってその思いを振り払う。

そうして彼女を助け出す為、手を横に薙ぎ僕の魔力で彼女を覆う障壁を壊そうとしたのだが……。
どんな強い魔力をもってしても、金属質な高い音が反響するばかりで壁には傷一つ付ける事が出来ない。


まるで昔リリーと二人で聞いたオルゴールの様な高い音の反響を聞いていると、それがまるで

『ゼイムスの事を思ったままこのままここで眠らせてくれ』

との彼女の心の叫びの様に思われて、また酷く胸が痛んだ。


「王妃になりたいのならば、その願い叶えて見せる。キミが世界を望むのならばこの世界を君にプレゼントするよ。もし君がゼイムスを望むのなら……アイツの首に枷をかけて君の前にひれ伏させたっていい。だからリリー、こっちに戻って来て」

リリーがそれほどまでにゼイムスを望むなら、アイツを魔術で傀儡にするのもいい。
でももし、優しいリリーがそれを望んでくれないならば……。

ゼイムスがリリーの理想の王子様を演じ続けるようこれからも、アイツの下で死んでいる振りを続けてみせよう。


そう思い、傷を負うのも構わず再び壁に手を伸ばした時だった。

『私の願い……それはウィルの幸せを見守る事……』

不意にリリーの不思議そうな心の声が、触れた壁を通して伝わってきた。


「……僕の幸せ???」

思ってもみなかった言葉に、頭の中が真っ白になった。
どうしたらいいのか分からなくなり、茫然と立ちすくむうちに、彼女と初めて会った日の事を改めて思い出す。


そうだ。
リリーは、最初から自分は転生者で僕を助ける為にこの世界にやって来たのだと言っていた。

ずっと。
ずっと、僕達の間に壁を築いているのはリリーだと思っていた。

『どれだけ言葉を尽くしてリリーへの想いを語っても、リリーは自分の心の周りに壁を作り僕の言葉など何一つ真面目に受け取ってくれない』

そんな風に全てリリーのせいにしていたけれど……。
彼女の言葉を真面目に受け取っていないのは僕も同じだったようだ。


まるでいつか彼女が僕を置いてどこか遠く離れてしまう事を恐れ、ずっと彼女を壁画の天使様として勝手に理想化して。
何を話していいのか分からなくなった振りをして、彼女に嫌われるのが怖くて彼女への愛の言葉を惜しんで。

そうやって、彼女を孤独な壁の向こうに追いやっていたのは他でもない僕自身だったのかもしれない。


「……じゃあ、そこから出てきて。そして……あの日酷い言い方をして君を傷つけた事を許して欲しい」

ずっと押し殺していた思いを口にすれば

ピシッ!

という微かな音を立てて、壁に小さな亀裂が走った。


「リリーは僕のローザへの友情を恋心と勘違いしていたようだけど……。その目にもう一度映りたいとこの胸を焦がしたのも、もう一度触れて欲しいと思ったのも、生涯をともにしたいと願ったのも、リリー、誓ってキミだけだ」

僕の言葉に反応するように、壁に生じた亀裂がどんどん広がって行く。


「だからもしキミが僕の幸せだけを願ってくれるなら……。僕が幸せになるには絶対にキミが必要なんだ。僕はこれから先もずっとリリーとは話をしたいし、君に触れもしたい。だからリリー、もう『壁になりたい』なんて、『見守るだけでいい』なんてそんな……そんな寂しいこと二度と言わないでよ」

そう言って切ないばかりの思慕をもう隠す事を止め、リリーを真っすぐ見つめた時だった。
リリーが自由に動かない筈の手をこちらに懸命に伸ばした。


そして次の瞬間――

ガシャン!!

ガラスが粉々に砕けるような音がして、障壁が崩れた。


その音に驚き目を大きく見開いたリリーは、伸ばしたその手を反射的に引こうとしたのだけれど。
僕はもう彼女と離れる事など二度と耐えられそうになかったから、彼女の手を強く握って攫うように僕の両の腕の中にきつくきつく抱きしめた。
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