【完結】 悪役令嬢は『壁』になりたい

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第一章 悪役令嬢は『壁』になりたい

9.出会い (side ウィル)

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母は正妃ではなかったから、生まれながらに僕に継承権なんて無かった。

僕を産んでおきながら上手く立ち回る事も出来ず、寵を失い孤立を深める気位ばかり高い母と、僕に無関心な父。
そんな僕が持っているものなんて、本当に何も無い事など分かっていただろうに。

母に矜持を傷つけられた正妃の僕らに対する報復は執拗で、また正妃の子で第一王子であり将来の王となる事を約束された腹違いの兄ゼイムスからの甚振りは子どもの虐めのそれを越え残忍だった。


汚れてベタついた黒髪と、揃いの色をした長い前髪に隠れた陰鬱な暗い瞳。

垢じみた肌はゼイムスと取り巻きの双子に殴られた痣を隠したり、ゼイムスに対して良からぬ目を向けていた大人達から身を隠すには都合が良かったが、戦災孤児の方がまだまともな恰好をしていただろう。

離宮とは名ばかりの朽ちかけた建物の周辺を腹を空かせてうろつく僕の事を、周囲はまるで野良犬を追い払うように邪険に扱った。






******


リリーと初めて会ったのは、気まぐれで母から与えられた本をゼイムスに奪われた時だった。


初級者向けの魔導書なんて、ゼイムスにしたら何も珍しい物ではなかっただろうに。

それを僕が大切そうに持っていた事がゼイムスの気に障ったのだろう。
木陰でそれを読んでいた僕を見つけたゼイムスが、口の端を吊り上げるようにして、歪んだ笑みを浮かべた。

天使の様と称される王子様の本性をうかがわせる歪んだ笑い方。

しまったと弾かれたように走って逃げだせば、すぐさまよく訓練された猟犬の様にゼイムスの取り巻きの双子が僕の後を追って来た。
二つも年上の双子は僕よりも上背があるから、あっという間に追い付かれる。


ゼイムスの指示なのだろうか。
双子は僕に追い付いた後も、そこで僕を捕まえることなく面白がってはやし立て、時に小突きながらもっと怖がって逃げろと追いたてて見せた。

旨い事逃げ道を両サイドから塞がれてしまい、どこに逃げ込む事も出来ず走らされ続け。
最後は息が上がるよりも、足がもつれるよりも、先に心が折れ足を止め俯いた。


「おいおい、逃げるのはそれで終わりか泣き虫ミーナ」

悪魔の様に、光の消えた暗い瞳と形の良い唇を弧の形に歪ませてみせるゼイムスをゆっくりと見上げれば。
堪えようと思うのに、どうしようもなくガタガタと手足が震えた。

『ミーナ』

そう呼ばれる度、鮮明にゼイムスと双子から与えられた痛みや感触、その時にあげた自分の悲鳴までも思い出してしまい、まだ何もされていなのにふっと目の前が暗くなって行く。

そんな恐怖で動けない僕の手から、ゼイムスが満足げに本を抜き取った。


何をするつもりだろうと息を詰めれば。
僕の目の前でゼイムスはその本をヒラヒラと振ってみせた後、おもむろに本を開くとそのページへの章題を読み上げ始めた。

何のつもりだろう?
そう思った時だった。

ビリ!

紙の裂ける音に思わず顔を上げた。

思いもかけない事にぼんやりと立ち尽くす僕の姿は、ゼイムスの満足のいく物だったのだろう。
ゼイムスは楽し気な声で他のページの冒頭を読み上げると、またビリッと音を立ててページを裂いた。

ビリッ
ビリッ
ビリッ

ページが裂ける音があれ程人にダメージを与えられるものだとは知らなかった。

少しずつ薄くなっていく本を見るのが辛くて、思わず両手で耳を抑えて下を向けば、ゼイムスからページの切れ端を受け取った双子のどちらかが、まるで雪の様に細かく裂いたページを僕の頭の上に降らせて見せる。


「その本は大切な物なんだ! 返してくれ!」

耐えかねて、その抵抗が何の意味も無さないとわかりながらも手を伸ばせば、ゼイムスはまた満足げに嗤って本を双子に向けて投げた。

僕の手かない所で飛び交う本が、少しずつその形を歪めて行く。
それがどうしようもなく辛くて、思わず強く唇を噛んだ時だった。


「せい!!」

突然そんな声と共に一人の綺麗な赤髪の女の子が現れたかと思うと、実に鮮やかな動きで双子の片割れの鳩尾に拳を打ち込んだ。
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