9 / 57
第一章 悪役令嬢は『壁』になりたい
9.出会い (side ウィル)
しおりを挟む
母は正妃ではなかったから、生まれながらに僕に継承権なんて無かった。
僕を産んでおきながら上手く立ち回る事も出来ず、寵を失い孤立を深める気位ばかり高い母と、僕に無関心な父。
そんな僕が持っているものなんて、本当に何も無い事など分かっていただろうに。
母に矜持を傷つけられた正妃の僕らに対する報復は執拗で、また正妃の子で第一王子であり将来の王となる事を約束された腹違いの兄ゼイムスからの甚振りは子どもの虐めのそれを越え残忍だった。
汚れてベタついた黒髪と、揃いの色をした長い前髪に隠れた陰鬱な暗い瞳。
垢じみた肌はゼイムスと取り巻きの双子に殴られた痣を隠したり、ゼイムスに対して良からぬ目を向けていた大人達から身を隠すには都合が良かったが、戦災孤児の方がまだまともな恰好をしていただろう。
離宮とは名ばかりの朽ちかけた建物の周辺を腹を空かせてうろつく僕の事を、周囲はまるで野良犬を追い払うように邪険に扱った。
******
リリーと初めて会ったのは、気まぐれで母から与えられた本をゼイムスに奪われた時だった。
初級者向けの魔導書なんて、ゼイムスにしたら何も珍しい物ではなかっただろうに。
それを僕が大切そうに持っていた事がゼイムスの気に障ったのだろう。
木陰でそれを読んでいた僕を見つけたゼイムスが、口の端を吊り上げるようにして、歪んだ笑みを浮かべた。
天使の様と称される王子様の本性をうかがわせる歪んだ笑い方。
しまったと弾かれたように走って逃げだせば、すぐさまよく訓練された猟犬の様にゼイムスの取り巻きの双子が僕の後を追って来た。
二つも年上の双子は僕よりも上背があるから、あっという間に追い付かれる。
ゼイムスの指示なのだろうか。
双子は僕に追い付いた後も、そこで僕を捕まえることなく面白がってはやし立て、時に小突きながらもっと怖がって逃げろと追いたてて見せた。
旨い事逃げ道を両サイドから塞がれてしまい、どこに逃げ込む事も出来ず走らされ続け。
最後は息が上がるよりも、足がもつれるよりも、先に心が折れ足を止め俯いた。
「おいおい、逃げるのはそれで終わりか泣き虫ミーナ」
悪魔の様に、光の消えた暗い瞳と形の良い唇を弧の形に歪ませてみせるゼイムスをゆっくりと見上げれば。
堪えようと思うのに、どうしようもなくガタガタと手足が震えた。
『ミーナ』
そう呼ばれる度、鮮明にゼイムスと双子から与えられた痛みや感触、その時にあげた自分の悲鳴までも思い出してしまい、まだ何もされていなのにふっと目の前が暗くなって行く。
そんな恐怖で動けない僕の手から、ゼイムスが満足げに本を抜き取った。
何をするつもりだろうと息を詰めれば。
僕の目の前でゼイムスはその本をヒラヒラと振ってみせた後、おもむろに本を開くとそのページへの章題を読み上げ始めた。
何のつもりだろう?
そう思った時だった。
ビリ!
紙の裂ける音に思わず顔を上げた。
思いもかけない事にぼんやりと立ち尽くす僕の姿は、ゼイムスの満足のいく物だったのだろう。
ゼイムスは楽し気な声で他のページの冒頭を読み上げると、またビリッと音を立ててページを裂いた。
ビリッ
ビリッ
ビリッ
ページが裂ける音があれ程人にダメージを与えられるものだとは知らなかった。
少しずつ薄くなっていく本を見るのが辛くて、思わず両手で耳を抑えて下を向けば、ゼイムスからページの切れ端を受け取った双子のどちらかが、まるで雪の様に細かく裂いたページを僕の頭の上に降らせて見せる。
「その本は大切な物なんだ! 返してくれ!」
耐えかねて、その抵抗が何の意味も無さないとわかりながらも手を伸ばせば、ゼイムスはまた満足げに嗤って本を双子に向けて投げた。
僕の手かない所で飛び交う本が、少しずつその形を歪めて行く。
それがどうしようもなく辛くて、思わず強く唇を噛んだ時だった。
「せい!!」
突然そんな声と共に一人の綺麗な赤髪の女の子が現れたかと思うと、実に鮮やかな動きで双子の片割れの鳩尾に拳を打ち込んだ。
僕を産んでおきながら上手く立ち回る事も出来ず、寵を失い孤立を深める気位ばかり高い母と、僕に無関心な父。
そんな僕が持っているものなんて、本当に何も無い事など分かっていただろうに。
母に矜持を傷つけられた正妃の僕らに対する報復は執拗で、また正妃の子で第一王子であり将来の王となる事を約束された腹違いの兄ゼイムスからの甚振りは子どもの虐めのそれを越え残忍だった。
汚れてベタついた黒髪と、揃いの色をした長い前髪に隠れた陰鬱な暗い瞳。
垢じみた肌はゼイムスと取り巻きの双子に殴られた痣を隠したり、ゼイムスに対して良からぬ目を向けていた大人達から身を隠すには都合が良かったが、戦災孤児の方がまだまともな恰好をしていただろう。
離宮とは名ばかりの朽ちかけた建物の周辺を腹を空かせてうろつく僕の事を、周囲はまるで野良犬を追い払うように邪険に扱った。
******
リリーと初めて会ったのは、気まぐれで母から与えられた本をゼイムスに奪われた時だった。
初級者向けの魔導書なんて、ゼイムスにしたら何も珍しい物ではなかっただろうに。
それを僕が大切そうに持っていた事がゼイムスの気に障ったのだろう。
木陰でそれを読んでいた僕を見つけたゼイムスが、口の端を吊り上げるようにして、歪んだ笑みを浮かべた。
天使の様と称される王子様の本性をうかがわせる歪んだ笑い方。
しまったと弾かれたように走って逃げだせば、すぐさまよく訓練された猟犬の様にゼイムスの取り巻きの双子が僕の後を追って来た。
二つも年上の双子は僕よりも上背があるから、あっという間に追い付かれる。
ゼイムスの指示なのだろうか。
双子は僕に追い付いた後も、そこで僕を捕まえることなく面白がってはやし立て、時に小突きながらもっと怖がって逃げろと追いたてて見せた。
旨い事逃げ道を両サイドから塞がれてしまい、どこに逃げ込む事も出来ず走らされ続け。
最後は息が上がるよりも、足がもつれるよりも、先に心が折れ足を止め俯いた。
「おいおい、逃げるのはそれで終わりか泣き虫ミーナ」
悪魔の様に、光の消えた暗い瞳と形の良い唇を弧の形に歪ませてみせるゼイムスをゆっくりと見上げれば。
堪えようと思うのに、どうしようもなくガタガタと手足が震えた。
『ミーナ』
そう呼ばれる度、鮮明にゼイムスと双子から与えられた痛みや感触、その時にあげた自分の悲鳴までも思い出してしまい、まだ何もされていなのにふっと目の前が暗くなって行く。
そんな恐怖で動けない僕の手から、ゼイムスが満足げに本を抜き取った。
何をするつもりだろうと息を詰めれば。
僕の目の前でゼイムスはその本をヒラヒラと振ってみせた後、おもむろに本を開くとそのページへの章題を読み上げ始めた。
何のつもりだろう?
そう思った時だった。
ビリ!
紙の裂ける音に思わず顔を上げた。
思いもかけない事にぼんやりと立ち尽くす僕の姿は、ゼイムスの満足のいく物だったのだろう。
ゼイムスは楽し気な声で他のページの冒頭を読み上げると、またビリッと音を立ててページを裂いた。
ビリッ
ビリッ
ビリッ
ページが裂ける音があれ程人にダメージを与えられるものだとは知らなかった。
少しずつ薄くなっていく本を見るのが辛くて、思わず両手で耳を抑えて下を向けば、ゼイムスからページの切れ端を受け取った双子のどちらかが、まるで雪の様に細かく裂いたページを僕の頭の上に降らせて見せる。
「その本は大切な物なんだ! 返してくれ!」
耐えかねて、その抵抗が何の意味も無さないとわかりながらも手を伸ばせば、ゼイムスはまた満足げに嗤って本を双子に向けて投げた。
僕の手かない所で飛び交う本が、少しずつその形を歪めて行く。
それがどうしようもなく辛くて、思わず強く唇を噛んだ時だった。
「せい!!」
突然そんな声と共に一人の綺麗な赤髪の女の子が現れたかと思うと、実に鮮やかな動きで双子の片割れの鳩尾に拳を打ち込んだ。
14
お気に入りに追加
1,117
あなたにおすすめの小説
罠にはめられた公爵令嬢~今度は私が報復する番です
結城芙由奈@コミカライズ発売中
ファンタジー
【私と私の家族の命を奪ったのは一体誰?】
私には婚約中の王子がいた。
ある夜のこと、内密で王子から城に呼び出されると、彼は見知らぬ女性と共に私を待ち受けていた。
そして突然告げられた一方的な婚約破棄。しかし二人の婚約は政略的なものであり、とてもでは無いが受け入れられるものではなかった。そこで婚約破棄の件は持ち帰らせてもらうことにしたその帰り道。突然馬車が襲われ、逃げる途中で私は滝に落下してしまう。
次に目覚めた場所は粗末な小屋の中で、私を助けたという青年が側にいた。そして彼の話で私は驚愕の事実を知ることになる。
目覚めた世界は10年後であり、家族は反逆罪で全員処刑されていた。更に驚くべきことに蘇った身体は全く別人の女性であった。
名前も素性も分からないこの身体で、自分と家族の命を奪った相手に必ず報復することに私は決めた――。
※他サイトでも投稿中

いつかの空を見る日まで
たつみ
恋愛
皇命により皇太子の婚約者となったカサンドラ。皇太子は彼女に無関心だったが、彼女も皇太子には無関心。婚姻する気なんてさらさらなく、逃げることだけ考えている。忠実な従僕と逃げる準備を進めていたのだが、不用意にも、皇太子の彼女に対する好感度を上げてしまい、執着されるはめに。複雑な事情がある彼女に、逃亡中止は有り得ない。生きるも死ぬもどうでもいいが、皇宮にだけはいたくないと、従僕と2人、ついに逃亡を決行するのだが。
------------
復讐、逆転ものではありませんので、それをご期待のかたはご注意ください。
悲しい内容が苦手というかたは、特にご注意ください。
中世・近世の欧風な雰囲気ですが、それっぽいだけです。
どんな展開でも、どんと来いなかた向けかもしれません。
(うわあ…ぇう~…がはっ…ぇえぇ~…となるところもあります)
他サイトでも掲載しています。
変態婚約者を無事妹に奪わせて婚約破棄されたので気ままな城下町ライフを送っていたらなぜだか王太子に溺愛されることになってしまいました?!
utsugi
恋愛
私、こんなにも婚約者として貴方に尽くしてまいりましたのにひどすぎますわ!(笑)
妹に婚約者を奪われ婚約破棄された令嬢マリアベルは悲しみのあまり(?)生家を抜け出し城下町で庶民として気ままな生活を送ることになった。身分を隠して自由に生きようと思っていたのにひょんなことから光魔法の能力が開花し半強制的に魔法学校に入学させられることに。そのうちなぜか王太子から溺愛されるようになったけれど王太子にはなにやら秘密がありそうで……?!
※適宜内容を修正する場合があります

【完結】魔女令嬢はただ静かに生きていたいだけ
こな
恋愛
公爵家の令嬢として傲慢に育った十歳の少女、エマ・ルソーネは、ちょっとした事故により前世の記憶を思い出し、今世が乙女ゲームの世界であることに気付く。しかも自分は、魔女の血を引く最低最悪の悪役令嬢だった。
待っているのはオールデスエンド。回避すべく動くも、何故だが攻略対象たちとの接点は増えるばかりで、あれよあれよという間に物語の筋書き通り、魔法研究機関に入所することになってしまう。
ひたすら静かに過ごすことに努めるエマを、研究所に集った癖のある者たちの脅威が襲う。日々の苦悩に、エマの胃痛はとどまる所を知らない……
タイムリープ〜悪女の烙印を押された私はもう二度と失敗しない
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
<もうあなた方の事は信じません>―私が二度目の人生を生きている事は誰にも内緒―
私の名前はアイリス・イリヤ。王太子の婚約者だった。2年越しにようやく迎えた婚約式の発表の日、何故か<私>は大観衆の中にいた。そして婚約者である王太子の側に立っていたのは彼に付きまとっていたクラスメイト。この国の国王陛下は告げた。
「アイリス・イリヤとの婚約を解消し、ここにいるタバサ・オルフェンを王太子の婚約者とする!」
その場で身に覚えの無い罪で悪女として捕らえられた私は島流しに遭い、寂しい晩年を迎えた・・・はずが、守護神の力で何故か婚約式発表の2年前に逆戻り。タイムリープの力ともう一つの力を手に入れた二度目の人生。目の前には私を騙した人達がいる。もう騙されない。同じ失敗は繰り返さないと私は心に誓った。
※カクヨム・小説家になろうにも掲載しています
悪役令嬢ですが、ヒロインの恋を応援していたら婚約者に執着されています
窓辺ミナミ
ファンタジー
悪役令嬢の リディア・メイトランド に転生した私。
シナリオ通りなら、死ぬ運命。
だけど、ヒロインと騎士のストーリーが神エピソード! そのスチルを生で見たい!
騎士エンドを見学するべく、ヒロインの恋を応援します!
というわけで、私、悪役やりません!
来たるその日の為に、シナリオを改変し努力を重ねる日々。
あれれ、婚約者が何故か甘く見つめてきます……!
気付けば婚約者の王太子から溺愛されて……。
悪役令嬢だったはずのリディアと、彼女を愛してやまない執着系王子クリストファーの甘い恋物語。はじまりはじまり!
王太子殿下から婚約破棄されたのは冷たい私のせいですか?
ねーさん
恋愛
公爵令嬢であるアリシアは王太子殿下と婚約してから十年、王太子妃教育に勤しんで来た。
なのに王太子殿下は男爵令嬢とイチャイチャ…諫めるアリシアを悪者扱い。「アリシア様は殿下に冷たい」なんて男爵令嬢に言われ、結果、婚約は破棄。
王太子妃になるため自由な時間もなく頑張って来たのに、私は駒じゃありません!
虐げられた人生に疲れたので本物の悪女に私はなります
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
伯爵家である私の家には両親を亡くして一緒に暮らす同い年の従妹のカサンドラがいる。当主である父はカサンドラばかりを溺愛し、何故か実の娘である私を虐げる。その為に母も、使用人も、屋敷に出入りする人達までもが皆私を馬鹿にし、時には罠を這って陥れ、その度に私は叱責される。どんなに自分の仕業では無いと訴えても、謝罪しても許されないなら、いっそ本当の悪女になることにした。その矢先に私の婚約者候補を名乗る人物が現れて、話は思わぬ方向へ・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる