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第一章 悪役令嬢は『壁』になりたい

8.壁を越えて

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私の胸が鈍く痛んだその時です。

ピシッ!

壁に小さな亀裂が走りました。
それに気づいたウィルがホッとしたように言葉を続けます。

「リリーは僕のローザへの友情を恋心と勘違いしていたようだけど……。その目にもう一度映りたいとこの胸を焦がしたのも、もう一度触れて欲しいと思ったのも、生涯をともにしたいと願ったのも、リリー、誓ってキミだけだ」

いまだ溢れ続ける魔力が、壁に触れているウィルの肌を傷つけます。
しかし、ウィルの真っすぐな視線が私から逸れる事はありません。

「だからもしキミが僕の幸せだけを願ってくれるなら……。僕が幸せになるには絶対にキミが必要なんだ」

私の溢れる魔力に傷つけられ苦しいでしょうに。
それに一切構うことなく、ウィルは私に向かってもう片方の手を差し伸べてくれました。

そして、まるで私がウィルと初めて会った時と同じ位の幼く傷つきやすい臆病な子どもであるかのように、ウィルは優しい声で私に話続けます。

「僕はこれから先もずっとリリーと話がしたいし、君に触れもしたい。だからリリー、もう『壁になりたい』なんて、『見守るだけでいい』なんてそんな……そんな寂しいこと二度と言わないでよ」


向けられた真っすぐなその言葉が、眼差しがあまりに切なくて、思わず手を伸ばしたその時です。

ガシャン!!

ガラスが粉々に砕けるような音を立てて、私の周りを覆っていた壁は一瞬にして崩れ去りました。

その音にハッと我に返り、あわてて伸ばしてしまった手を引こうとすれば。
逃がしてなるかとばかりに、ウィルにその引っ込めようとした手をギュッと強く掴まれました。

そして……。
ウィルはそのまま強く私の腕を引くと、私を彼の胸元に強く深く抱き込んだのでした。






******


しばらくウィルの腕の中、互いの鼓動を確かめ合った後の事です。

「『もしもの時は消し炭も残らないよう私の事倒してね』っていう願いを聞いてあげられなくてごめんね?」

そんな事を言って。
ウィルが小説の挿絵そのもの、実に不敵に嗤って見せました。

「消し炭も残らないようにするって願いを叶えて上げられなかったお詫びに、さっき言ったように何でもリリーの他の願いを叶えてみせるよ。でも……、この国の王妃になりたいだけなら王はゼイムスじゃなくて僕でもいいよね? 」


正直。
昔から王妃の座など、本当に全く興味が無かったので。

『もし私の為だけであるのならば、ゼイムスを追い落とすようなことはしないで欲しい』

そう言いながら、焦って首を横に振れば。

ウィルはちょっと詰まらなそうな顔をしましたが、不意に何か良い事を思いついたのでしょう。
一瞬、どこか暗く嗤った後、私の視線に気づいて何でもないと首を横に振りました。


「じゃあさ、リリーがこの国に興味がないならさ、今すぐ一緒にどこか遠くの国に行こうよ。僕もさ、この国は歪んでて好きじゃないんだ。リリーには絶対苦労させないって誓うから」


自分の事を棚に置いておいてなんですが……。
自分が王様になれるチャンスをあっさり放棄してみせた酷く無欲なウィルの事が急に心配になり

「ウィルは本当にそれでいいの?」

そう尋ねれば。

「キミが僕の隣で昔の様に笑ってくれるなら、王冠なんてちっとも惜しくない」

ウィルは一切の愁いも戸惑いも見せず、そう言い切ってみせました。


ウィルの、ただただ真っすぐな言葉に。
そしてあの時で時が止まってしまったようなどこか幼い無償の愛の言葉に。
これまで傷つくことをおそれて無理矢理

『自分はあくまで壁になりたい傍観者なのだ』

と思おうとして押し込めていたウィルへの恋慕が、また新たな涙と共に突然堰を切ったように溢れ出てきてしまい止まらなくなります。


そんな私に気づいたウィルが、やっぱり小さな子供にするように、親指で私の涙を優しく払いながら言いました。

「僕はリリーの全てが欲しくて仕方がない欲深い男だと思うんだけど……。でももし、リリーが僕に欲がないのが心配だって思うならさ、別の国に着いたらそのご褒美に初めて会った時の様に一緒にお茶をしてよ。今度は僕が君の為にお茶を用意する。スコーンやサンドイッチだけでなく、ケーキもジャムも紅茶もフルーツもクッキーも、本当に食べきれないくらい用意しよう! そして昔みたいに一緒に沢山笑ったらさ……あの時してくれたみたいに、また僕の髪を撫でてよ?」


ずっと余計な事ばかりして、ウィルを傷つけてきたと思っていました。

でも、私がこれまで何でもない振りをしつつ勇気を振り絞ってやってきた事のいくつかは、もしかしたらちゃんとウィルの大切な思い出として、彼の心を守り強くするとなっていたのでしょうか?

『そうだったらいいな』

そう思いながら勇気を出すと、大きくなったウィルの背中に手をまわし、そっと触れてみました。


「うん、そうしよう。私もそうしたい。……ねぇウィル、私を助けてくれて、私の壁を壊してくれて本当にありがとう。私もね、ずっとずっと昔からウィルの事が大好きだよ」

本当の気持ちを口に出すのは酷く恥ずかしかったけど、ウィルの気持ちにはどうしても応えたくて。
躊躇いを越え、真っ赤になってしまっているであろう顔を思い切って上げれば。

そこには、ずっとずっと前世で見たいと思っていたけれど叶わなかった、あの日で止まった幼さと切なさの残るものとは違う、ちゃんと大人になったウィルの本当に幸せそうな眩しい笑顔があったのでした。










――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

ウィル視点続きます☆
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