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第一章 愛が重め故、断罪されました

やっぱり最後はハッピーエンドじゃないと

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お城に戻り、また三月が経った頃、リュシアン様が担っていた事業は無事なんとか立ち直り始めました。

そこまではよかったのですが……


「ここに改めて、僕とエリルローズの婚約を発表する。式はこの春に行う。皆祝ってくれ!」

久しぶりに参加した夜会で、リュシアン様から一方的にそのような事を皆に発表されてしました。

「わ、私、プロポーズなんてお受けした覚えなどありません!!」

思わずその場で大きな声をあげ否定したのですが、

「毎日顔を合わせたし、お前の作ったクッキーは生涯食べ飽きないと言った=結婚 だろう?」

リュシアン様に寧ろ驚いたようにそう返され困惑が深まります。

「いやいや! そんな事で=結婚 なんて思考が飛躍しすぎです!!」

そう必死に否定したのですが。
気分を害したリュシアン様に

「もういい。反抗するなら子爵領共に反逆とみなすぞ!」

そう脅されてしまいました。

こう言い始めた時のリュシアン様は頑固です。

やると言えば、どれだけ反対されても自分の思いを押し通します。


……思い返せばジャン様にはいつもフラれてばかりでしたしね。
命の恩人をリュシアン様の我儘に巻き込んで、反逆者に仕立てる訳にはいきません。

そう諦め、懸命に涙を堪えながら口を噤んだ時でした。


「今度こそ、この婚約に異議がある者は今ここで名乗り出ろ。無いなら……」

リュシアン様の声に

「異議あり!!」

良く通る雄々しい声が応えました。


「誰だ!!?」

リュシアン様がその美しい相貌を怒りに激しく歪め、射殺さんばかりの鋭い視線を声の主に向けました。

しかし、次の瞬間、ここに入る資格を持つ程度の全ての貴族の顔を知っている筈のリュシアン様の表情に途惑いが浮かびます。

「お前…………本当に誰だ???」

声に弾かれ顔を上げれば、長身に整った顔立ちをした大人の男性が、リュシアン様の敵意やその場に集まった貴族達の好奇の視線を大胆不敵に受け流し、微かに笑顔を浮かべながら立っていらっしゃいます。

「ジャン様!!」

思わずその名を呼べば、ジャン様が領地の畑で会った時と何も変わらない気軽そうな様子で、軽く手を挙げて見せてくださいました。

そして、堂々とこちらに向かって歩いていらっしゃいます。


無精ひげを剃り髪を短く切って綺麗に後ろに撫でつけ、真新しい流行りのジャケットを着こなしたジャン様は、まるでロマンス小説に出てくる、ちょっとワルイところが魅力の無敵のヒーローの様でした。

その整った顔立ちに、日焼けした逞しさに、実用で鍛えられた肩幅の広い長身の体躯に、周囲の御令嬢方が思わずポーッと見とれているのが分かります。


他の令嬢に盗られてなるものかと、思わずジャン様に駆け寄ろうとした時です。
リュシアン様が私の腕を強く掴み、ジャン様と私の間に立ちはだかられました。

護衛の騎士達も慌てて集まって来ますが。
ジャン様はそれに構うことなく悠々と歩を大きく進められます。


「何だ。誰かと思えば田舎の貧乏子爵じゃないか」

ジャン様の正体に気が付いたリュシアン様が鼻で笑いました。

「不敬だぞ。分を弁えろ!」

それでもジャン様はリュシアン様の言葉に臆することなく、人混みを抜け堂々とこちらに向かっていらっしゃいます。

年若い騎士達は、特に何をしてもいないかつての上官に問答無用で剣を抜く事も出来ず戸惑っているようでした。


何やら宰相から耳打ちされたのでしょう。
リュシアン様が、つまらなさそうに鼻を鳴らしおっしゃいました。

「これまでエリルローズの護衛ご苦労であった。その労を労って褒賞を遣わそう。それを持って大人しく引き下がれ」

王太子であられるリュシアン様のその言葉を聞いて、誰もがジャン様には分が無いと、気の毒そうにフッと視線を落とした時です。

そんな尊大なリュシアン様の言葉を、ジャン様は笑ったまま

「オレは利益じゃ動かない」

そう一蹴してみせられたのでした。


ジャン様は、私の目の前までやって来ると、鼻白むリュシアン様をすがすがしい程に無視して、ゆっくり片膝をつき、胸に手を当て俯きました。

「エリルローズ様、私と……」

ジャン様はそう言いかけて、

「いや、違うな」

と頭を掻きました。

そして今度は真っすぐ私の目を見つめると、いつもの飾り気の無い笑顔でいいました。

「持参金なんて必要ない。例え君の罪が許されまいと構わない。その代わり、ぜいたくな暮らしはさせてやれないし、苦労ばかり掛けると思う。でもオレはエリーズを誰よりも愛すると誓う! だからエリーズ、オレと結婚してく…」
「はい!!! 例え火の中水の中、一生ジャン様について行きます!」

私の食い気味の返事に周囲の人々は一瞬何が起きたのか分からないようでしたが、ジャン様だけは全て理解して笑って私に向けて大きく手を広げてくれました。

気が付けば、私はリュシアン様の手を振り切って駆け出していました。

何か考えるよりも先に、思い切りジャン様の胸に飛び込みます。

正直結構な衝撃だったと思うのですが。
私よりも背の高いジャン様はよろける事も無く、そんな私を受け止めると、初めてギュッと強く強く抱きしめて下ささいました。


「お前のように貧乏で後ろ盾もない男が、侯爵令嬢との婚姻など認められるものか!」

リュシアン様が怒声を上げながらこちらに詰め寄っていらした時です。

「その結婚、私が認めよう」

静かな、しかし低くよく通る声が会場に響きました。

「父上……」

動揺したリュシアン様がオロオロと皆より一段高い所にいらっしゃる国王陛下をご覧になります。


「リュシアン、諦めろ。忖度出来ない者を従わせることは困難だ。無理に従わせれば後で痛い意趣返しを喰らうぞ」

「しかし父上!」

なおも言い募ろうとしたリュシアン様を陛下は片手を挙げて制されます。

「エリルローズ、そなたはそれで本当に良いのか? これまで王妃になる為、勉学に励んできたのだろう。それが全て水泡に帰してもよいのか?」

陛下の言葉に、私は首を横に振りました。

「いいえ、私が励んできたのは愛する方を傍で支える為。この先、ジャン様をお支えするのに無駄な事など一つもございません!!」

私の言葉に陛下はそうかと頷いて下さいました。

陛下につられて、この場に居合わせた両親を見やれば、私のこの性格を知っている両親も優しく頷いてくれています。

「分かった。……王の名のもとに、ジャンとエリルローズの結婚を承認しよう」

陛下の言葉に会場がワッと湧きました。

しかし、陛下はそれを再び手で制します。

「合わせてこの場で、私の後継者に、第一王子リュシアンではなく、第二王子のマーカスを指名する」

思わぬ陛下の言葉に会場に大きなどよめきが起こります。

「父上? 何故です!」

リュシアン様が真っ青な顔をして叫ばれました。

「エリルローズの信頼を取り戻し、二人で国を治める事が出来るのならばと静観していたが……。それが叶わぬ以上、残念だがお前に国政を任せる事は出来ない」


その後の陛下は、リュシアン様に隣国の女王様の元に婿入りするよう申し渡されました。

隣国の女王様は非常に優秀な方かつサディストで、綺麗な顔をした男性の泣き顔が大好きだと、そんな事を風の噂に聞いた事がある気がします。

サディストの方は、相手をコントロールしたい欲求も強いですが、普段は沢山パートナーの話を聞いてくれ、相手の弱さを受け止めてくれるうえ、相手の外見や心境の変化に目聡い方が多いと聞きますので。
内心は寂しがりで、常に自分の気持ちを察して欲しいリュシアン様には意外と良いお話なのではないでしょうか??


「リュシアン様よかったですね。あ! とにかく、道中どうぞご無事で」

「ご無事でって何だ?!!! 僕はお前達の結婚なんて認めないぞ!! 離せ! 離せと言っているだろう!!」

陛下の命により騎士に囲まれ、強制的に退場させられるリュシアン様を小さく合掌で見送ります。

世間知らずのリュシアン様が他国の貴族と上手く渡り合っていけるのか心配ですが、陛下が決められた以上、私にはどうすることも出来ません。

とりあえず後で侍女経由で鎖帷子と、道中自分で用意したもの以外口にしないようにとのメモをコッソリ渡しておきたいと思います。






◇◆◇◆◇

そからあっという間に数年が経ちました―

無罪が証明され、陛下からも正式に結婚が認められたことで、私は無事持参金を用意することが出来たのですが。

ジャン様は皆の前で宣言された通り

『そんな物必要ない』

とおっしゃったのでそのお金は子爵家の皆さんと相談の上、まずは孤児院への支援に、そして余った分は領地の子ども達の教育に使わせてもらう事にしました。

高い教育を受けた子ども達の活躍により、今では子爵領は大変潤い誰もジャン様の事を貧乏子爵とは言いません。

社交界からのお誘いも相変わらず多いですが、ジャン様は相変わらずなのであまりそちらに顔を出すことはなく、領地の子ども達と日々楽しく過ごしていらっしゃいます。

春には私とジャン様の子どもも生まれる予定なので、今後より楽しい日々が待っている事でしょう。


「でも……、ジャン様は本当にこれでよろしかったのですか?」

リュシアン様の命に逆らわなければ、ジャン様はもっと高い爵位を得ることも可能だったはずです。

子ども達に王都から贈られて来たクッキーを振舞ながら、それを急に不安に思って尋ねれば

「そうだな……このクッキーも旨いけど、オレは昔食べたあの甘さ控え目なクッキーが好きかな」

そう言ってジャン様はまたクッキーを一枚とって齧ると、打算のない笑顔で眩しく笑いながら、私の髪をその大きく暖かな手で優しく撫でて下さったのでした。
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