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第三章 刺激的なスローライフ

46.俺の夢

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兄の元に帰す事を望んだのは、他の誰でもないトレーユ自身の癖に。

「……分かったよ。帰ろう」

ため息交じりに苦笑しながらそう言ったカルルの言葉に、彼は一瞬酷く苦し気に顔をしかめた。
しかしすぐさまそれ自身の恋情を全て消し去るかのように、見ている俺の胸が痛くなるくらい淡く淡く微笑み、カルルからゆっくりその手を離した。

その時だった。

「その代わり、私はキミの兄上とは結婚しないし王太子妃にはならないからね」

カルルがまたそんな事を言い出したものだから、トレーユの表情が瞬時に再び酷く険しくなった。


「それでは意味がありません!!」

そう噛みつかんばかりのトレーユに、

「意味?」

昔二人で話していた時の癖なのだろうか。
カルルがそんなトレーユに怯えるでもなく、聞き分けの無い子供と話を諭すように『分からないなぁ』とわざとらしく肩をすくめて見せた。


「僕は姉上を王太子妃に……」

「何の為に? 私はそんな事望んでいないよ」

「ですが!!」

「……キミは昔から頭はいい癖に人の話を聞かないとこがあるからなぁ」

カルルは懐かし気に目を細め、幼い少年にするように、トレーユの髪をそっと撫でながら言った。

「キミは私が不当にその地位を追われたと未だに思っていたのだろうけれど……、本当にそうではないんだよ」

カルルのこれまでとは異なる凪いだ穏やかな声に

「……姉上?」

トレーユの表情に初めて戸惑いの色が浮かんだ。




「もう一度だけ言うよ。私は王太子妃の座など今となってはこれっぽっちも望んでいないんだ。だから、そんな私を無理に王太子妃に戻すというのならば、それこそキミが嫌う不当な扱いをキミ自身が私に強いる事になる」

これまでの調子とは異なった、カルルの威厳に満ち落ち着いた声に、そしてきっぱりとした物言いに。
トレーユはしばらく何か反駁せねばと黙ったまま口を閉じたり開いたりしていたが、彼女の意思が覆る事はないと悟ったのだろう。

トレーユは下を向き、グッとその形の良い唇を噛んだ。

「トレーユ、キミは私を帰す事ばかり考えてくれていたけれど……私が一番望んでいたことは、キミが約束通りちゃんと帰って来てくれることだったんだよ。そして、トレーユ、キミはそれを叶えてくれた。あの時私がどれほどキミに救われたか、キミは分かっていない」

そう言って。

それ以上力を入れて傷つけてしまわぬようになのだろう。
カルルがゆっくりとその瑞々しい唇で、そっとトレーユ唇に触れた。

「だからトレーユ、一緒に帰ろう。もしキミがそれを望むのならば、王位を継ぐ事からは最も縁遠い第四王子と、新たに立ったその婚約者として。キミが私を救ってくれたんだ。だから、他の者の地位を脅かしたり不用意に傷つけたりしないとキミが誓ってくれるのであれば、私はキミと一緒に帰ろう」






◇◆◇◆◇

「さて、では今度こそ参りましょう」

トレーユとカルルが去った後、そう言って二コラがローザに向けて、またキザったらしく手を伸べた。
僅かに頬を染めニコラの手を取ったローザが、そうだったと思い出したように俺を見た。

「ハクタカ、一緒にしばらく住まないかと言ったのは私なのに申し訳ないが、そういう訳で、私は一度王都の家に戻ろうと思う。ハクタカとアリアは良かったらしばらくここを自由に使ってくれ。流石にハクタカ一人では大変だろうから、王都から今度こそ修繕と屋敷の維持管理の為に人を寄こそう」

ローザのその申し出に、俺は首を横に振った。

「いや、ローザが帰るなら俺達もすぐにでもここは離れようと思う」

「村に帰るのか?」

ニコラの言葉に首を横に振れば、ニコラが実に面白そうに口の片方の端を吊り上げてみせた。

ニコラの思い通りになるのは実に癪だが……

「折角だから、このまま村には戻らず、しばらくいろんなところを見て回ろうと思う」

そう言って、

『付き合ってくれるか?』

と、アリアを振り返れば。
アリアがニコニコしながら頷いてくれた。

「ピー!!」

アリアの手の中でオーちゃんがそんな風に鳴き、ひょこっと俺の鞄の中からシューも顔を出した。
どうやら、オーちゃんとシューも俺の冒険に付き合ってくれるらしい。




ローザとニコラを見送り、片づけを済ませた後で。

「さて、まずはどこに行こうか」

半ば独り言の様にそう口に出して呟いた。
空は青く澄み渡り、太陽は眩しいまでに輝いている。


『オレの憧れの一人であったお前の親父のように……いや、それ以上の冒険者にお前なら、お前ならなれるって何度も言ってるだろうが!!!』

昨晩ニコはそう言ったが、魔王が倒された今、世界は割りと平和だ。

そんな世界で何をどうすれば、あの絶望の時代を人々を助けながら生き抜いた父さんの様に凄い冒険者になれるのか??
俺には皆目見当がつかない。

どうしたものかと俺が首を捻った時だった。


「ねぇ、次はレイラのところに行ってみようよ!」

アリアが俺を真似して空を見上げ、眩しげに微笑みながらそんな事を言った。

レイラとは今でも手紙で時々やりとりしているが、もう長い事会っていない。
レイラが住んでいるのは、ここからさほど遠くない山間の、平和な小さな鄙びた村だったか?

「なんかね、レイラはいま孤児院のお手伝いが大変で、なかなかそこを離れられないんだって」

俺の夢はいつか父さんの様に凄い冒険者になること。
凄い冒険を目指すなら、きっとそこは俺が目指すべき場所ではない……のだが?

俺の夢は同時に赴いた先の田舎で助けた不遇な美少女達と悠々自適なスローライフをおくることでもある!
きっとレイラが手伝っている孤児院不遇な環境には、俺の助けを待っている人達がいるのだ。

ニコラのせいで、そんな実に余計な野望まで思い出してしまったんだから、遠回りだろうと、お人よしと後でニコラに馬鹿にされても行かない訳にはいかないよな?

「よし! まずはレイラの暮らす村を目指すか」

降り注ぐ陽ざしに向かってグーッと伸びをしながらそう言えば、アリアが『わーい』と無邪気に笑った。
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