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番外編 永遠の迷宮探索者 ~新月の伝承と竜のつがい~
7.探索者(sideテオドール)
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自らの主君を裏切った咎で、片翼を落とされた僕が墜ちた海の底にあったもの。
それは異界への入り口へと続く洞穴だった。
朦朧としていく意識のまま、生への執着をあっさり手放して。
どこか良い気持ちでゆっくりゆっくり沈んでいくままに体を潮の流れに任せていれば。
気づいた時には洞くつの奥深く、祭壇のような場所に打ち上げられていた。
何処か地上に続く道が存在するのだろうか。
そこには不思議と空気があって、呼吸が出来た。
半身がずっと冷たい海水に浸かっていたせいか、翼を切り落とされた背中の痛みはさほど感じない。
しかし体を起こすと、酷く左右のバランスを欠いたせいで、体がふらついて仕方がなかった。
朦朧とする意識の中、何かに引き寄せられるようにして、上に上にと洞くつの先に続く道を登った。
そうして……。
長い時間が経った後、ついに再び日の光が見えた。
僕がたどり着いたのは、もといた世界地図にはどこにも記されていない名前の国だった。
反対に出自を尋ねられ、かつての君主の姓を関する国名を挙げれば、そんな国は聞いた事がないと首を傾げられる。
仮に流れの速い潮に流されたとしても、知らないくらい遠方の国まで流されたとは思えない。
長い時間が経った後、僕はここはきっと元もと僕が暮らしていた国とは異なる世界線上にある国なのだろうと結論付けた。
その後、あてもない旅を続けていた僕は迷宮の探索者となった。
危険な魔物が跋扈する迷宮には多くの貴重な鉱石や薬草が生えており、それは市場で高値でやり取りされる為、根無し草となった僕でも暮らしに不自由する事は無かった。
******
こちらの世界に来てどの位経ったのだろう。
迷宮の奥と外では時間の流れが違うらしく、また元より人より長命な僕には一体どのくらいの時間が経ったのかも検討がつかない。
つい数日を迷宮で過ごしたつもりだったのに、外に出てみれば、僕が探索に出てからて百年余りの時間が経ってしまっていたなんて事もざらだった。
ふと思い立って以前通った海底洞窟を通って、生まれた世界に戻ってみた事があった。
海も、海岸も、川も山も確かに変わらずそこにあった。
しかし、既にそこに僕が生まれ育った王国は無かった。
元より咎人である自分に帰れる場所など無いとは分かっていたのに、戻れないのと戻らないのとは覚悟は異なるものだったようで……。
もう二度と父の、母の、妹の、友の、そして想いを寄せるその人の顔を見れる事は無いのだと思えば、初めて郷愁に胸が痛んで仕方がなかった。
******
それからまた長い時間が経った頃――
僕はまた何かに引き寄せられるようにして一つの、迷宮と呼ぶにはあまりに小さく浅い洞穴を持つ街にたどり着いた。
危機感とは異なる、何か酷く落ち着かない感覚とどこか懐かしいような感覚がして、明かりの消えた夜の道を何かを探し求めさ迷えば。
僕の腕の中に突然、十六、七と思しき小さな女の子が降って来た。
彼女に触れた瞬間だった。
もう完全に解呪されているはずの掌が酷く痛んだ気がした。
きっと金色に完全に色が抜けてしまっているのであろう瞳の奥も、失った片翼の傷跡も、思わず抱きすくめ触れた腕も胸も燃えるように痛んでしかたなかったのだけれど。
僕は不思議と彼女を離したいとは思えなかった。
名前を尋ねれば、
「レリアです」
そう少しはにかんで、彼女は懐かしい音韻の並びの名を僕に告げてみせた。
彼女と別れた後、騎士であった時に使っていた真っ白で儀礼的なものとは異なる、探索者用に作られた厚い皮の手袋を取って掌を見て見れば。
皮膚が焼け落ちるような痛みを覚えたにも関わらず、やはり掌は無傷であった。
ふと気になって、夜の空気の香りを嗅ぐ。
しかし、それはいつもと変わらない夜の外気の香りがするだけだった。
レリアを抱きしめた自分の服も嗅いでみたが、やはりいつも自分が纏う装束の匂いがするだけ。
幸い、彼女の家のすぐ近くに宿が見つかったから。
僕はもうそれ以上深く考える事を止めてそこにしばし滞在する事を決めた。
それは異界への入り口へと続く洞穴だった。
朦朧としていく意識のまま、生への執着をあっさり手放して。
どこか良い気持ちでゆっくりゆっくり沈んでいくままに体を潮の流れに任せていれば。
気づいた時には洞くつの奥深く、祭壇のような場所に打ち上げられていた。
何処か地上に続く道が存在するのだろうか。
そこには不思議と空気があって、呼吸が出来た。
半身がずっと冷たい海水に浸かっていたせいか、翼を切り落とされた背中の痛みはさほど感じない。
しかし体を起こすと、酷く左右のバランスを欠いたせいで、体がふらついて仕方がなかった。
朦朧とする意識の中、何かに引き寄せられるようにして、上に上にと洞くつの先に続く道を登った。
そうして……。
長い時間が経った後、ついに再び日の光が見えた。
僕がたどり着いたのは、もといた世界地図にはどこにも記されていない名前の国だった。
反対に出自を尋ねられ、かつての君主の姓を関する国名を挙げれば、そんな国は聞いた事がないと首を傾げられる。
仮に流れの速い潮に流されたとしても、知らないくらい遠方の国まで流されたとは思えない。
長い時間が経った後、僕はここはきっと元もと僕が暮らしていた国とは異なる世界線上にある国なのだろうと結論付けた。
その後、あてもない旅を続けていた僕は迷宮の探索者となった。
危険な魔物が跋扈する迷宮には多くの貴重な鉱石や薬草が生えており、それは市場で高値でやり取りされる為、根無し草となった僕でも暮らしに不自由する事は無かった。
******
こちらの世界に来てどの位経ったのだろう。
迷宮の奥と外では時間の流れが違うらしく、また元より人より長命な僕には一体どのくらいの時間が経ったのかも検討がつかない。
つい数日を迷宮で過ごしたつもりだったのに、外に出てみれば、僕が探索に出てからて百年余りの時間が経ってしまっていたなんて事もざらだった。
ふと思い立って以前通った海底洞窟を通って、生まれた世界に戻ってみた事があった。
海も、海岸も、川も山も確かに変わらずそこにあった。
しかし、既にそこに僕が生まれ育った王国は無かった。
元より咎人である自分に帰れる場所など無いとは分かっていたのに、戻れないのと戻らないのとは覚悟は異なるものだったようで……。
もう二度と父の、母の、妹の、友の、そして想いを寄せるその人の顔を見れる事は無いのだと思えば、初めて郷愁に胸が痛んで仕方がなかった。
******
それからまた長い時間が経った頃――
僕はまた何かに引き寄せられるようにして一つの、迷宮と呼ぶにはあまりに小さく浅い洞穴を持つ街にたどり着いた。
危機感とは異なる、何か酷く落ち着かない感覚とどこか懐かしいような感覚がして、明かりの消えた夜の道を何かを探し求めさ迷えば。
僕の腕の中に突然、十六、七と思しき小さな女の子が降って来た。
彼女に触れた瞬間だった。
もう完全に解呪されているはずの掌が酷く痛んだ気がした。
きっと金色に完全に色が抜けてしまっているのであろう瞳の奥も、失った片翼の傷跡も、思わず抱きすくめ触れた腕も胸も燃えるように痛んでしかたなかったのだけれど。
僕は不思議と彼女を離したいとは思えなかった。
名前を尋ねれば、
「レリアです」
そう少しはにかんで、彼女は懐かしい音韻の並びの名を僕に告げてみせた。
彼女と別れた後、騎士であった時に使っていた真っ白で儀礼的なものとは異なる、探索者用に作られた厚い皮の手袋を取って掌を見て見れば。
皮膚が焼け落ちるような痛みを覚えたにも関わらず、やはり掌は無傷であった。
ふと気になって、夜の空気の香りを嗅ぐ。
しかし、それはいつもと変わらない夜の外気の香りがするだけだった。
レリアを抱きしめた自分の服も嗅いでみたが、やはりいつも自分が纏う装束の匂いがするだけ。
幸い、彼女の家のすぐ近くに宿が見つかったから。
僕はもうそれ以上深く考える事を止めてそこにしばし滞在する事を決めた。
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