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番外編 永遠の迷宮探索者 ~新月の伝承と竜のつがい~
2.東の迷宮(sideレリア)
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それからまたしばらく経った頃。
生まれつき体の弱かった弟がまたまた熱を出した。
今度は家にいた父が走って薬師を呼びに行ったが、この街にある薬では治せないと、弟の容態を見て薬師は実に気の毒そうに首を横に振った。
薬師の見立てによれば、この街の東にある迷宮の最深部に育つ珍しい薬草があればもしかしてとのことだったが……。
我が家にそのような高価な薬草を買うだけのお金は当然ながら無い。
『弟を助けてください』
教会で祈る私に声をかけてくれたのは、やはりテオだった。
事情を話せば、テオはあっさりそれを取って来てくれると言う。
しかし、テオにはその薬草がどんな姿形をしているかを知らなければ、探し方も分からないらしい。
私も連れて行って欲しいと彼に頼めば。
「……いいよ」
絶対にダメだと言われると思っていたのに、彼からはあっさり同行の了承をもらう事が出来た。
******
急ぎ家に戻り、支度を整える。
家族には絶対に反対される事が分かっていたから、置手紙だけを残す事にして。
私はクローゼットの中から華やかさはないが仕立ての良い厚手の外套と丈夫な皮のブーツ、そしてナイフやロープ、蝋燭にコンパスと旅に必要な道具がコンパクトに、しかし大量に詰まった鞄を引っ張り出した。
外套もブーツも、鞄も鞄の中身も。
どれも、私がまだ表立って新月の竜のお話を信じていた頃より、美しき数々の伝承に魅入られ、いつか探索者になって竜を探す冒険の旅に出るのだと夢みて少しずつ集めてきた、宝物だ。
その鞄の中に水を詰めた水筒と、急いで作ったハムとチーズのサンドイッチを詰め込んで待ち合わせ場所に急げば、
「じゃあ行こうか」
テオがいかにも旅慣れた様子で、全く気負うことなく私に向かってその手を伸べてくれた。
******
「何があっても絶対に守って見せると誓うけど。でも、出来るだけ離れないで」
そう言って。
テオが伸べてくれた左手に触れた瞬間、彼が一瞬ピクリとその指先を強張らせた気がした。
何か変な事をしただろうかと気になってテオを見るも、彼はその身にまとう香りの様に甘く微笑むばかりで、特段普段と変わった様子も、何か私を見とがめるような素振りも見られない。
『気のせいだったのだろうか?』
そう思った時だ。
テオが不意に立ち止まると、右手で剣を抜いた。
思わずカンテラで洞窟の先を照らそうとして、テオに止められる。
怖くなって思わず離れぬ様指を絡めるようにして繋いでいた右手に、無意識の内に力を籠めれば、
『心配ない』
とばかりにテオが親指の腹で優しく私の手の甲を撫でてくれるのが分かった。
それに安堵して、息を殺し周囲の気配を探った時だ。
少し先の天井からカサカサと何か巨大な生き物が蠢く音が聞こえると共に、そこに八つの赤い光が見えた。
「逃げよう!」
そう私が叫んだのと、テオにまっぷたつに切り裂かれ絶命したそれの死骸がドスンと音を叩て目の前に振って来たのは、ほぼ同時だった。
真っ青になりつつ、目の前に振って来たそれを見れば。
その正体は何と、この迷宮の主と噂されている八つの目を持つ巨大な足長蜘蛛に似た魔獣であった。
おそらく、最下層に更に強力な魔物が湧いた為、住処を追われ別の巣穴を求め這い出してきたのだろう。
一人でこの国の騎士団一隊の力に相当すると言われているブロンズランクの探索者のパーティーでさえ、この魔獣を一人で倒す事は出来ないと言われている。
そのため私は、伝承に倣い蜘蛛にとって催眠効果の高い香を焚いて、魔獣が眠っている間に薬草を採取するつもりだったのだが。
『もし、ここにテオがおらず、そのままあれが街に這い出してきていたら……』
そんな事を思った瞬間、改めて背筋が恐怖で凍った。
「早く街に戻って騎士団に報告を!」
私がそう言ったのと、
「少しでも早い方がいいだろうから、近道しようか」
テオがそう言いながら道の淵に立ち下を指さしたのもまた、ほぼ同時だった。
生まれつき体の弱かった弟がまたまた熱を出した。
今度は家にいた父が走って薬師を呼びに行ったが、この街にある薬では治せないと、弟の容態を見て薬師は実に気の毒そうに首を横に振った。
薬師の見立てによれば、この街の東にある迷宮の最深部に育つ珍しい薬草があればもしかしてとのことだったが……。
我が家にそのような高価な薬草を買うだけのお金は当然ながら無い。
『弟を助けてください』
教会で祈る私に声をかけてくれたのは、やはりテオだった。
事情を話せば、テオはあっさりそれを取って来てくれると言う。
しかし、テオにはその薬草がどんな姿形をしているかを知らなければ、探し方も分からないらしい。
私も連れて行って欲しいと彼に頼めば。
「……いいよ」
絶対にダメだと言われると思っていたのに、彼からはあっさり同行の了承をもらう事が出来た。
******
急ぎ家に戻り、支度を整える。
家族には絶対に反対される事が分かっていたから、置手紙だけを残す事にして。
私はクローゼットの中から華やかさはないが仕立ての良い厚手の外套と丈夫な皮のブーツ、そしてナイフやロープ、蝋燭にコンパスと旅に必要な道具がコンパクトに、しかし大量に詰まった鞄を引っ張り出した。
外套もブーツも、鞄も鞄の中身も。
どれも、私がまだ表立って新月の竜のお話を信じていた頃より、美しき数々の伝承に魅入られ、いつか探索者になって竜を探す冒険の旅に出るのだと夢みて少しずつ集めてきた、宝物だ。
その鞄の中に水を詰めた水筒と、急いで作ったハムとチーズのサンドイッチを詰め込んで待ち合わせ場所に急げば、
「じゃあ行こうか」
テオがいかにも旅慣れた様子で、全く気負うことなく私に向かってその手を伸べてくれた。
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「何があっても絶対に守って見せると誓うけど。でも、出来るだけ離れないで」
そう言って。
テオが伸べてくれた左手に触れた瞬間、彼が一瞬ピクリとその指先を強張らせた気がした。
何か変な事をしただろうかと気になってテオを見るも、彼はその身にまとう香りの様に甘く微笑むばかりで、特段普段と変わった様子も、何か私を見とがめるような素振りも見られない。
『気のせいだったのだろうか?』
そう思った時だ。
テオが不意に立ち止まると、右手で剣を抜いた。
思わずカンテラで洞窟の先を照らそうとして、テオに止められる。
怖くなって思わず離れぬ様指を絡めるようにして繋いでいた右手に、無意識の内に力を籠めれば、
『心配ない』
とばかりにテオが親指の腹で優しく私の手の甲を撫でてくれるのが分かった。
それに安堵して、息を殺し周囲の気配を探った時だ。
少し先の天井からカサカサと何か巨大な生き物が蠢く音が聞こえると共に、そこに八つの赤い光が見えた。
「逃げよう!」
そう私が叫んだのと、テオにまっぷたつに切り裂かれ絶命したそれの死骸がドスンと音を叩て目の前に振って来たのは、ほぼ同時だった。
真っ青になりつつ、目の前に振って来たそれを見れば。
その正体は何と、この迷宮の主と噂されている八つの目を持つ巨大な足長蜘蛛に似た魔獣であった。
おそらく、最下層に更に強力な魔物が湧いた為、住処を追われ別の巣穴を求め這い出してきたのだろう。
一人でこの国の騎士団一隊の力に相当すると言われているブロンズランクの探索者のパーティーでさえ、この魔獣を一人で倒す事は出来ないと言われている。
そのため私は、伝承に倣い蜘蛛にとって催眠効果の高い香を焚いて、魔獣が眠っている間に薬草を採取するつもりだったのだが。
『もし、ここにテオがおらず、そのままあれが街に這い出してきていたら……』
そんな事を思った瞬間、改めて背筋が恐怖で凍った。
「早く街に戻って騎士団に報告を!」
私がそう言ったのと、
「少しでも早い方がいいだろうから、近道しようか」
テオがそう言いながら道の淵に立ち下を指さしたのもまた、ほぼ同時だった。
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