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本編
欠陥
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【Ewertlars】
テオに言われるまで、この街に留まる期限のことなどほとんど忘れていた。
特に当てのない旅だ。
どこにどれだけ留まろうと、留まるまいと誰も困らない。
でも……。
そろそろ潮時なのかもしれない。
二度としないと誓ったのに、またしてもレーアの小さく頼りない手を振り払ってしまった。
誰よりも優しくしたいのに、番ではなくなってもなお誰よりも大切にしたい存在の筈なのに。
大事な大事なレーアから番の香りがしないと、まるで彼女の偽物に縋って本物の彼女を貶めているような、そんなどうしようもない罪悪感とも虚無感とも分からない感情に襲われる。
本物も何も、ここに居るレーアこそが本物であったことは疑いないし、頭では痛い程分かっているのに。
それなのに本能が、番である彼女の不在をどうしようもないくらい強く拒絶するのだ。
そしてレーアを拒絶する度に、レーアは自分にどこか欠陥があるかのように深く深く傷ついた顔をする。
レーアに欠陥などないのに。
欠陥があるのはこんな僕自身なのに。
『北の街道を抜けられるなら、二週間と言わず早い方がいいでしょう。あそこはもうすぐ雪が降り難所になります』
幸い、この街を少し早く離れるのにテオがちょうどよい言い訳をくれた。
レーアの炎の魔力の回路を開いたら、この街を離れよう。
そう思った。
前回と同じように、手帳のページを破ってレーアに渡すため炎の詠唱を書きつけていく。
この魔法がこの先、彼女の守りとなる事を祈りながら。
そんなことをしていたら、拾った子猫が何か言いたげに
「なぁーん」
と鳴いた。
魚の干物はレーアとは違い口に合わなかったのだろう。
手つかずで残っていたそれを処分して、帰りがけに買って来た蒸した鶏肉を細かく裂いてやれば黒い子猫は喜んでそれに喰いついた。
しばらくして満足したようで、前足で綺麗に顔を洗ったあと、僕の腕に小さく鳴きながら額をこすりつけて来た。
その仕草に、その色合いにかつて番だったのレーアを思い出す。
「僕と一緒に来るかい?」
子猫を抱き上げてそう問えば、
「なぁーん」
とまるで返事をしてくれるかのように、また子猫は鳴いた。
******
翌日――
炎の魔法の回路を組むため、再びレーアを部屋に呼んだ。
今度は椅子ではなくベッドに腰かけるよう言えば、レーアが困ったように視線を泳がせる。
「この間の回復魔法は、いわば初級編だったけど、今度のは中級編だからね。……もっと触れないと定着させられない」
そう言えば、レーアは前回の事を思い出したのか一瞬顔を赤くした後、サッと顔を青くした。
「それってラーシュに無理させてしまうんじゃない?? 私に触れるのは辛いんでしょう? ラーシュが嫌なことはして欲しくない……」
真面目な目でそう言われて反応に困る。
複雑なのだが、正直レーアに触れるのが嫌な訳ではない。
寧ろ体は、昔彼女を抱いた感触を鮮明に覚えていて、触れたくて仕方ないとすら思っている。
ただただ、レーアが既に僕の番ではないことを、その香りがしない事から思い知らされて、番であった彼女を裏切っているようで苦しくて苦しくて、心が想像を絶する嫌悪感をもって躰の熱を強く強く拒絶するのだ。
何と答えればいいのだろう。
悩んだ末
「僕は嫌ではないよ。でも、レーアが嫌ならしない」
そんな、全ての責任をレーアに押し付けるような言い方になってしまった。
するとレーアが長い事悩んだ末
「お願い……します」
そう目を伏せたまま、真っ赤になって言った。
テオに言われるまで、この街に留まる期限のことなどほとんど忘れていた。
特に当てのない旅だ。
どこにどれだけ留まろうと、留まるまいと誰も困らない。
でも……。
そろそろ潮時なのかもしれない。
二度としないと誓ったのに、またしてもレーアの小さく頼りない手を振り払ってしまった。
誰よりも優しくしたいのに、番ではなくなってもなお誰よりも大切にしたい存在の筈なのに。
大事な大事なレーアから番の香りがしないと、まるで彼女の偽物に縋って本物の彼女を貶めているような、そんなどうしようもない罪悪感とも虚無感とも分からない感情に襲われる。
本物も何も、ここに居るレーアこそが本物であったことは疑いないし、頭では痛い程分かっているのに。
それなのに本能が、番である彼女の不在をどうしようもないくらい強く拒絶するのだ。
そしてレーアを拒絶する度に、レーアは自分にどこか欠陥があるかのように深く深く傷ついた顔をする。
レーアに欠陥などないのに。
欠陥があるのはこんな僕自身なのに。
『北の街道を抜けられるなら、二週間と言わず早い方がいいでしょう。あそこはもうすぐ雪が降り難所になります』
幸い、この街を少し早く離れるのにテオがちょうどよい言い訳をくれた。
レーアの炎の魔力の回路を開いたら、この街を離れよう。
そう思った。
前回と同じように、手帳のページを破ってレーアに渡すため炎の詠唱を書きつけていく。
この魔法がこの先、彼女の守りとなる事を祈りながら。
そんなことをしていたら、拾った子猫が何か言いたげに
「なぁーん」
と鳴いた。
魚の干物はレーアとは違い口に合わなかったのだろう。
手つかずで残っていたそれを処分して、帰りがけに買って来た蒸した鶏肉を細かく裂いてやれば黒い子猫は喜んでそれに喰いついた。
しばらくして満足したようで、前足で綺麗に顔を洗ったあと、僕の腕に小さく鳴きながら額をこすりつけて来た。
その仕草に、その色合いにかつて番だったのレーアを思い出す。
「僕と一緒に来るかい?」
子猫を抱き上げてそう問えば、
「なぁーん」
とまるで返事をしてくれるかのように、また子猫は鳴いた。
******
翌日――
炎の魔法の回路を組むため、再びレーアを部屋に呼んだ。
今度は椅子ではなくベッドに腰かけるよう言えば、レーアが困ったように視線を泳がせる。
「この間の回復魔法は、いわば初級編だったけど、今度のは中級編だからね。……もっと触れないと定着させられない」
そう言えば、レーアは前回の事を思い出したのか一瞬顔を赤くした後、サッと顔を青くした。
「それってラーシュに無理させてしまうんじゃない?? 私に触れるのは辛いんでしょう? ラーシュが嫌なことはして欲しくない……」
真面目な目でそう言われて反応に困る。
複雑なのだが、正直レーアに触れるのが嫌な訳ではない。
寧ろ体は、昔彼女を抱いた感触を鮮明に覚えていて、触れたくて仕方ないとすら思っている。
ただただ、レーアが既に僕の番ではないことを、その香りがしない事から思い知らされて、番であった彼女を裏切っているようで苦しくて苦しくて、心が想像を絶する嫌悪感をもって躰の熱を強く強く拒絶するのだ。
何と答えればいいのだろう。
悩んだ末
「僕は嫌ではないよ。でも、レーアが嫌ならしない」
そんな、全ての責任をレーアに押し付けるような言い方になってしまった。
するとレーアが長い事悩んだ末
「お願い……します」
そう目を伏せたまま、真っ赤になって言った。
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