異能力と妖と短編集

彩茸

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頭痛

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―――事の発端は、妖刀の依頼をしたいから村まで来てくれという手紙だった。

「はー・・・」

 雨谷うこくは村の外にある大木に寄り掛かかるようにして座り込み、深い溜息を吐く。
 依頼人の目を、刀を売るか決める。そういう信条で商いをしているため、
 新規客である依頼人の元へ赴かないという選択肢は雨谷になかった。
 雪華せつかに留守番を頼み向かった先は妖の村で、村に入った途端に周囲から異常な程の
 視線を感じる。村人全員が雨谷を見ており、流石の雨谷も不安を覚えていた。
 ・・・彼は不安になると誰でも構わず目をしまうという自分の癖を自覚しな
 がらも、どうしても村人の目を見ずにはいられなかった。目が合う者全ての目を
 見て、脳に干渉する。多くの村人の思考や感情で情報過多になった頭の中に、
 依頼人の情報が上乗せされていく。
 村を出る頃には目の前が霞んでおり、の使い過ぎで頭痛までしていた。
 じゃあね~と言ってヘラヘラと笑いながら村を出たものの、前が見えず道に飛び
 出していた大木の根に躓く。頭痛がひどく、その場で座り込み・・・今に至るので
 ある。

「・・・落魅らくみのこと、笑えないや」

 ボソッと小さく呟いた雨谷は、自嘲気味に笑う。
 全く収まる気配のない頭痛に雨谷は頭を抱えると、静かに目を閉じる。こんな
 状態になったのはいつぶりだっけ。そんなことを考えながら、耳元を駆け抜けて
 いく風の音を聞いていた。



―――ふと、雨谷は目を開ける。そして懐から親指ほどの大きさの白い鈴を取り
出した。揺らしても音の鳴らないその鈴を、胸の前で祈るように持つ。
かつてまだ雨谷が『どっちつかず』だった頃、その鈴を通して雪華を呼び出して
いた。妖に堕ちた後も彼の中に多少なりとも神の力が残っているからか、今でも
命令を下すように話し掛ければ雪華が駆けつけてくれることを雨谷は知っていた。
だが、今の雨谷にそんな気はなかった。ただ雪華と繋がっているその鈴を、自分が
安心するために持っていたかった。
・・・再び雨谷は目を閉じる。相変わらず頭痛はひどく、いつ治まるんだろうと
思う。痛い、辛い、怖い・・・そんな思いが、未だに情報の整理が終わらない頭の
中をグルグルと回る。

「雪華ぁ・・・」

 何処か甘えるような、それでいて助けを求めるような声で雨谷は呟く。
 すると、リンッと鈴が鳴った。雨谷は驚き、目を開ける。目の前に現れた雪華を
 霞む視界のまま見ると、雪華は首を傾げて言った。

「どうされました?雨谷様」

「え、あれ、雪華・・・?」

 困惑した表情の雨谷に、雪華はキョトンとする。

「お呼びになられたので、来たのですが・・・」

 違いましたか?と雪華が聞くと、雨谷は困惑した表情のまま言った。

「いや、ごめん。まさか来ると思わなくて・・・というか、呼べると思わなくてさ」

 はあ・・・とよく分かっていなさそうな雪華に、雨谷はヘラヘラと笑う。

「気にしないで~。ほら、帰ろ帰ろ~」

 そう言いながら懐に鈴を仕舞いフラリと立ち上がった雨谷の袖を雪華が掴む。

「雨谷様、何を隠していらっしゃるのですか?顔色が悪いように見えるのですが」

 ムスッとした表情の雪華を雨谷は見るが、視界が霞んで表情が読み取れない。
 しかし雪華とは長い長い付き合いだ、何となく雪華の表情に察しがついた雨谷は、
 ヘラヘラと笑うのをやめる。

「気にしな・・・」

「気にします」

 小さく笑って言った雨谷の言葉を遮るように、雪華は語気を強めて言う。雨谷は
 困ったように笑うと、そっと雪華の肩に頭を乗せた。

「雨谷様?」

 心配そうな声で名を呼んだ雪華の耳元で、雨谷は消え入りそうな声でボソボソと
 言った。

「・・・、使い過ぎちゃってさ。前、見えないし・・・頭、痛くて」

 辛いよ、雪華。そう言った雨谷の背中を、雪華は優しく撫でる。
 ここまで弱った主を、正直に辛いと言う主を見るのはいつぶりだろう。そんな
 ことを考えながら、雪華は口を開いた。

「でしたら、少し落ち着くまで座って待っていましょう。大丈夫です、私がお傍に
 おります」

 雪華は雨谷の肩に手を添え、少し押す。素直にその場へ座った雨谷の頭を、そっと
 撫でる。

「・・・・・・ごめんね、雪華」

 頭を抱えるようにして座っていた雨谷が、ボソリと言う。
 雪華は首を横に振ると、小さく笑みを浮かべて言った。

「お気になさらないでください。私は雨谷様の従者です、もっとお使いになって
 くださいませ」

 貴方の幸せを一番願っているのは、私なのですから。雪華がそう言うと、雨谷は
 口元に笑みを浮かべて言った。

「じゃあ、使わせてもらおうかな~」

 雨谷は痛みの止まらない頭に、情報が纏まらず不安と恐怖が入り混じった頭に、
 雪華の手を乗せる。
 今の状態で目をと、吐いてしまいそうだ。だから、こうして雪華を傍に感じて
 いよう。そんなことを考えながら、雨谷は目を閉じる。
 耳元を駆け抜けていく風の音に、雪華の笑い声が混じった気がした。
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