異能力と妖と短編集

彩茸

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幼狗神

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―――赤い水溜りの中心で、小学生くらいの背丈の少年が死骸に腰掛けていた。
犬耳を生やした銀色の髪を赤く染め、同じく赤く染まった尻尾をゆらゆらと動かして
いる少年は、手に持っていた死骸の腕に齧りつく。

「・・・こ奴の肉は、あまり美味しくないの」

 口をもぐもぐと動かしながら、そう言って少年は微妙な顔をする。
 お主もそう思わぬか?と少年が視線を向けた先には、尻尾を振りながら死骸に
 齧りつく狛犬のような妖が居た。

主様ぬしさま、腹の辺りは美味しゅうございますよ」

 少年と同じ大きさの狛犬・・・狼昂ろうこうは、そう言って少年・・・狗神いぬがみを見る。
 狗神は怪訝な顔をしながら死骸の腹に齧りついた。

「おお、悪くない」

 真っ赤に染まった口を白い着物の袖で拭うと、狗神は少し嬉しそうな顔をしながら
 尻尾をゆらゆらと振る。
 食い荒らされたを前に、狗神と狼昂は笑っていた。

「のう狼昂、次はどいつを

「主様のお気に召した者で良いのではないですか?」

 狗神の言葉に狼昂がそう返すと、狗神はニッコリと笑って言った。

「じゃあ、次は近くの村へ行こう!ワシの信者以外は皆殺しじゃ!!」

「主様の仰せのままに」

 狼昂は嬉しそうに尻尾をブンブンと振る。

「村にはもっと美味しい奴は居るかの~?」

「居ると良いですね」

 そんなことを話しながら、狗神と狼昂は村へ向けて歩みを進めるのだった。



―――夜。少し肌寒くなってきたこの季節、狗神は元の子犬の姿に戻り、狼昂の
腹の辺りで暖を取っていた。

「ワシらが見えておった奴が一番美味かったの。妙な術を使っておったが、何だっ
 たんじゃろうな」

 誰も居なくなった村を眺めながら、狗神が言う。

「主様、あれは異能力者と呼ばれる者です。わたくし達は普通の武器では傷付き
 ませんが、あのような術を使う者に攻撃されると怪我をしてしまうのですよ」

 狼昂の言葉に、そうなのか?!と狗神は驚いた声を上げる。

「狼昂は物知りじゃのう、流石ワシより長生きなだけあるわ!」

 そう言って笑った狗神に、ありがとうございますと狼昂は嬉しそうに尻尾を振る。

「まあ、もし怪我をしたとしてもワシが治してやるがな!」

 狗神がそう言ってえっへんと胸を張ると、狼昂は優しく笑って言った。

「主様の力は、様々な者を救うことができますからね。わたくしは主様の従者になる
 ことができて幸せでございます」

「ワシも、狼昂が従者で良かった!」

 狗神は獣人の姿に化けると、狼昂に抱き着きえへへと嬉しそうに笑う。
 狼昂が尻尾をブンブンと振っていると、狗神がボソリと言った。

「・・・あのな、狼昂。いつか、いつかな、ワシは神か妖かを選ばなければいけない
 時が来る。何となく、生まれたときから分かっておるんじゃ。・・・それで、それ
 での」

 狗神は狼昂を抱きしめる腕に力を籠めると、不安げな声で言った。

「狼昂は・・・その時が来ても、一緒に居てくれるか?」

 狼昂は小さな主の言葉に、何を今更と思う。頭を動かした狼昂は、狗神の頬を
 優しく舐めて言った。

「わたくしは、主様に・・・狗神様に仕えたくて従者となったのです。主様が
 『どっちつかず』から神になろうと、妖になろうと、わたくしはずっと主様の
 従者でございます」

「狼昂・・・」

 狗神は狼昂の顔をじっと見つめる。狼昂は鼻先を狗神の鼻にコツンと当てると、
 尻尾を振る。

「ありがとう」

 あどけない笑顔でそう言った狗神に、狼昂も笑みを返すのだった。
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