異能力と妖と

彩茸

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霧ヶ山編

狼昂

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―――準備も終わり、僕と晴樹は狗神と向き合う。

「先に言っておくが、死なない程度の怪我ではワシは止めんからな」

 狗神の言葉に僕達は頷く。分かっておるなら良いと狗神は言うと、狛犬を見た。

「・・・さて。久々じゃのう?お主の名を呼ぶのは」

「主様、わたくしは嬉しゅうございます。存分に力をお使いくださいませ」

 狗神の言葉に、狛犬は尻尾を振る。狗神はニヤリと笑うと、獲物を狩る獣のような
 目で僕達を見て言った。

の時間じゃ。・・・やれ、『狼昂』」

 ・・・その瞬間、僕の目の前に牙があった。

「っ!?」

 噛みつこうとした狛犬・・・狼昂を、僕はギリギリのところで受け流す。
 隣で晴樹が発砲するが、狼昂はそれを避け晴樹に襲い掛かった。

「晴樹!」

 僕が狼昂と晴樹の間に割って入ろうとするも、間に合わない。噛みつかれる直前で
 晴樹が再度発砲すると、狼昂は煙のように姿を消した。

「えっ・・・?」

 晴樹がキョロキョロと辺りを見回す。
 気配を感じ上を見ると、狼昂が僕達を見下ろしていた。
 狼昂は名を呼ばれる前とは打って変わって鋭い牙をむき出しにし、殺意の籠った目
 で僕達を見ている。まるでペットのようにも見えた狼昂は、今では野生の獣のよう
 になっていた。

「ほれ、ビビっていては食われるぞ?」

 狗神がそう言うと同時に、宙に浮いていた狼昂が僕達目掛けて突っ込んで来る。
 僕と晴樹はそれを避けると、目配せしてそれぞれ能力を発動させた。
 晴樹の姿が消える。僕の姿もおそらく、今僕が立っている位置とは違う所に見えて
 いるだろう。
 パンッと音がすると同時に、僕は狼昂に向かって駆け出す。狼昂は見当違いの方向
 を見ていたが、僕が斬りかかる直前こちらを向いた。

「静兄!」

 晴樹の声に、慌てて距離を取る。その瞬間、僕の目の前を鋭い爪が掠めた。
 何で見えるんだ。そんなことを考えていると、狗神がクスリと笑って言った。

「山霧の、良いことを教えてやろう。・・・犬の妖はの、が一番の情報なん
 じゃよ」

 そういえば、誠はよくニオイについて言っていた。確かに考えてみれば、いくら
 視覚に干渉しようがニオイの場所は変えられない。
 じゃあどうしろって言うんだ。そう思いながら、僕は能力を解く。晴樹も能力を
 解き、僕を見て言った。

「・・・実力で勝つしかない、かも」

「やっぱそうなるか・・・」

 僕は狼昂を見据える。狼昂は姿勢を低くして、唸り声を上げた。
 晴樹が発砲すると、狼昂は晴樹に向かって駆け出す。僕は先程よりも晴樹の近くに
 居たので、狼昂と晴樹の間に入り込むことに成功した。
 夜月で狼昂の爪を弾く。それと同時に晴樹が撃った弾が、狼昂の脇腹に当たった。
 間髪入れず、僕は狼昂に斬りかかる。
 その時、狗神が叫んだ。

「使え、狼昂!」

 その瞬間、目の前が緑で覆われる。驚きつつも夜月を振るが、当たった感触は
 なかった。
 数秒の後、視界が晴れる。僕と晴樹の周りには緑色の小さな葉が大量に落ちて
 いた。

「何これ・・・」

 晴樹が呟くと、狗神がいつの間にか狗神の足元に居た狼昂を撫でながら言った。

「そうか、兄の方には言ったが弟の方には話しておらんかったな。・・・ワシと
 狼昂はな、ワシの力を少し分け与える代わりに、狼昂の力をワシの思うがままに
 ふるわせる契約を結んでいるんじゃ。つまり、狼昂はワシの神通力も使えるん
 じゃよ」

「それって強すぎない?」

 晴樹の言葉に、狗神は笑う。

「ワシ程の力は使えんから安心せい。その葉も、時間が経てば勝手に消える。
 ・・・ああ、でも」

 狗神はニッコリと笑うと、地面に落ちている葉を指さして言った。

「ワシは葉の硬さを変えられるが、狼昂はそこまではできん。こいつの葉は、肉が
 切れるから気を付けろよ?」

 血の気がサッと引く。そんなもので視界を遮られていたのか。

「主様、肉を切ってしまえば味が落ちます。わたくしもそこは弁えているつもり
 です」

 狼昂の言葉に、やはり食べようとしているのかと思う。
 しかし狗神は笑って言った。

「なあに、気にするな狼昂。傷ついた部分はワシが治してやる、命を狩る寸前まで
 追い込んで来い」

 何てことを言うんだ。ちらりと晴樹を見ると、嫌悪感を露わにした顔で狗神を見て
 いた。
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