異能力と妖と

彩茸

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帰省編

稲荷

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―――次の日。目が覚めると、狗神が丁度お堂を出ようとしているところだった。

「ありゃ、起こしてしまったかの」

 そう言って狗神が僕を見る。

「いえ、普通に目が覚めただけです。・・・おはようございます」

「おう、おはよう」

 立ち上がり、着替えようと服が置いてある場所まで行くと、狗神が言った。

「・・・山霧の。折角じゃし、お主も一緒に行くか?」

「・・・はい?」

 突然何を言い出すんだと狗神を見ると、狗神はニコニコと笑っていた。

「何処に行くんですか?」

「稲荷の狐のとこじゃ。空の散歩ついでにどうかの?」

「いやまあ、別に良いですけど・・・」

「じゃあ決まりじゃな!待っててやるから、早く着替えて外に出て来い」

 狗神はそう言って静かにお堂を出る。僕は急いで着替えると、ぐっすり寝ている
 他の皆を起こさないようにそっとお堂を出た。



―――本来の大きな犬の姿に戻った狗神の背に跨り、空を駆ける。早朝ということも
あり、外の空気はとても澄んでいた。
丁度昇り始めた朝日に照らされて、狗神の銀色の毛がキラキラと光る。

「・・・狗神の毛って、見た目よりフワフワしてますよね」

 狗神の背中を撫でながら言うと、狗神は自慢げに鼻を鳴らして言った。

「毎日良いモン食ってるからの。早起きしたお主の特権じゃ、存分に堪能すると
 良い!」

「言いましたね?・・・では遠慮なく」

 狗神の背中に抱き付き、存分にモフモフする。流石の狗神もそこまで想定して
 いなかったのか、驚いた声を上げていた。

「や、山霧の!」

「何ですか、やめませんよ?・・・いつかこんな事してみたかったんですよね、
 森には大きな動物はいませんでしたから」

「これでも神じゃぞ、ワシ・・・」

「堪能しろって言ったのはそっちじゃないですか」

 モフモフする手を止めずにそう言うと、狗神は諦めたように深く溜息を吐いた。

「お主のそういう所は、父親譲りじゃの・・・」

 狗神が皮肉交じりに呟くが、僕は気にせずフワフワを堪能するのだった。



―――ひたすら狗神をモフモフすること10分。狗神が突然空中で静止して言った。

「そろそろやめい、あ奴らの領域に入るぞ。ちゃんと座っておらんと振り落とす
 からな」

「あ、はい」

 僕はそう言ってモフモフする手を止め、きちんと座り直す。

「速度を上げるから、ちゃんと掴まっておくんじゃぞ」

 何故速度を上げるんだろう?そう思っていると、狗神は察したのか説明して
 くれた。

「ここから先は稲荷の狐の領域・・・つまり、縄張りなんじゃ。強い力を持つ妖や
 神にはそれぞれ縄張りがあっての。その領域内に入った他の神や妖は何をされるか
 分からん。だからさっさと辿り着きたいんじゃ」

「でも狗神は天狗さんの所に普通に居ましたよね?」

「あ奴は古くからの友だから良いんじゃ。今更何かすることもなかろう」

「稲荷の狐さんは違う、と?」

「あ奴らも古くからの知り合いではあるから、他の者よりは甘いがの・・・。
 なんせ、ワシは迷惑客という扱いだからのう」

「え、何で・・・」

「昨日言ったじゃろ?ワシは今から、んじゃ」

「ああー・・・」

 確かにそれは迷惑客だ。
 古くからということは、狗神は稲荷の狐さんにちょくちょく油揚げをたかりに
 行っているのかもしれない。
 ・・・あれ、狗神は稲荷の狐さんをって言ってたよな。

「・・・あ奴らって言ってましたけど、稲荷の狐さんって複数居るんですか?」

 僕がそう聞くと、狗神はちらりと僕を見て言った。

「稲荷の狐は、基本どの地域でも二対で一柱じゃ。勿論今から行く神社の奴らも
 二体居る」

「そうなんですね」

 狗神に言われて思い出したが、確かに稲荷神社は沢山ある。全部同じ神様を祀って
 いるものだと思っていたが、それぞれに神様がいるのか。

「まあ、実際に会った方が早いじゃろ。行くぞ」

 そう言って狗神は先程とは比べ物にならないスピードで空を駆ける。風圧で飛ば
 されないよう狗神にしがみつき、前屈みになって風を凌ぐ。
 着いたぞと言われ周りを見ると、そこは神社の境内だった。

「今日は居るの分かっとるんじゃぞー、出て来ーい!」

 狗神が大きな声で叫ぶ。
 すると、煩いぞ犬っころ!!という声と共に賽銭箱の前に二匹の狐が現れた。

「別に良いじゃろ、聞こえる人間なんて殆ど居ないんじゃし」

 狗神がそう言いながら狐に近付く。

「ウチの者には聞こえとるんじゃ!折角久々に娘巫女が帰ってきたという
 のに・・・」

「今日こそは油揚げはやらんからな!」

 二匹の狐はそう言って狗神を睨みつけるが、狗神は気にする様子もなく言う。

「そう言いつつも毎度毎度くれるじゃろうが」

「隙を突いて奪っていくだけじゃろうが!」

 狐はそう言って隣の狐と目配せをする。すると狐達は煙に包まれ、中から小学生
 くらいの背丈の少年と少女が現れた。彼らは白衣はくえと袴を着ており、その姿を見て
 神様なのに巫女装束なのかと思った。

「帰ってもらうぞ狗神!御魂みたま、捕まえるぞ!!」

 少年がそう言うと、御魂と呼ばれた少女は頷き狗神に飛び掛かった。

「ワシが捕まると思うのか?」

 狗神は御魂を躱すため、後ろに飛び退く。だがそれを読んでいたのか、少年が
 後ろに回り込み、狗神の尻尾を掴んだ。

宇迦うか、でかしたぞ!」

 御魂がそう言って、宇迦と呼ばれた少年に近付く。宇迦が御魂に視線を移した時、
 狗神がニヤリと笑って言った。

「甘いの」

 その瞬間、狗神が煙に包まれる。その中から銀髪の犬耳を生やした男性が現れ、
 宇迦の顔に手を向けた。

「あっ・・・」

 宇迦がしまったという顔をした瞬間、狗神の手から緑色の小さな葉が宇迦の顔
 目掛けて放たれた。
 その葉はたちまち宇迦の顔を覆い尽くし、慌てて手を離した宇迦に狗神は言った。

「油断大敵じゃぞお?狐ぇ」

 なかなか取れない葉に苦戦している宇迦を御魂が手伝う。その様子をニヤニヤ笑い
 ながら狗神が見ていた。

「やり過ぎじゃないですか・・・?」

 僕がそう言うと、御魂がうんうんと頷いて言った。

「そうじゃそうじゃ、もっと言ってやれ人間!!」

「・・・ちょっと待て。人間、我らが見えておるのか?」

 宇迦が葉を取り終わり、僕を見る。はいと頷くと、宇迦と御魂は僕と狗神を交互に
 見た。

「どういうことじゃ、狗神」

「そういえばお主、この人間を背に乗せておったな」

「どうも何も、こ奴は人間じゃよ。ワシの孫の友人じゃ」

「あ、えっと・・・はじめまして。山霧 静也といいます」

「静也・・・?のう御魂、この名前どこかで聞かなかったかの」

「・・・あ、一昨日娘巫女が言っておった名じゃ」

 御魂の言葉にもしやと思う。その時、拝殿の裏からパタパタと音が聞こえた。

「宇迦様?御魂様?何かありましたー?」

 そう言いながらやって来た少女を見て、やはりかと思う。

「・・・え?え、何で静也がここにいるの?!!」

 驚いた顔で僕に駆け寄ってきたのは、彩音だった。

「えっと・・・狗神に付いて来たら、ここに」

「何じゃお主、ここの小娘と知り合いじゃったんか」

 狗神が意外そうに言って僕と彩音を見た。

「彩音は僕の友人です。誠の友達でもありますよ」

「そうじゃったんか」

「え、何で誠の名前も出てくるのよ」

 不思議そうな顔で聞く彩音に、僕は狗神を指さして言った。

「このあやか・・・神様、誠のお祖父さんですよ」

「はあああああ?!」

 彩音の声が朝の境内に響き渡る。
 狗神はケラケラと笑い、宇迦と御魂は世間は狭いの・・・などと話していた。
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