神と従者

彩茸

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第四部

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―――目を覚ますと、心配そうな顔で俺を覗き込む糸繰と目が合った。

「蒼汰、良かった・・・!」

 糸繰はそう言うと、自身の手首に鋭い歯を立てる。俺が声を出す前に、開いた口へ
 強引に彼の手首が押し付けられた。
 口の中に流れ込んでくる血に、久々の感覚を覚える。・・・ああ、いつ飲んでも
 美味しいな。

「なーにしとるんじゃ、馬鹿者。そんなに軽々と血を与えるな」

 糸繰の血を味わっていると、狗神がそう言って糸繰の頭を軽く叩く。
 いでっと声を漏らした糸繰は、だって・・・と狗神を見た。

「戻ってきたと思ったら気絶してるし、顔は真っ青だし・・・服だって、血で
 真っ赤に染まってたじゃないですか。このままじゃ蒼汰が失血で死ぬんじゃ
 ないかって、不安で・・・」

「血は止めた。だから、失血で死にはせん。・・・蒼汰、いつまで飲んでおるん
 じゃ」

 狗神の言葉に、ハッとして糸繰の手首から口を離す。危ない、また糸繰に
 おかわりを求めるところだった。

「美味しかったか?」

 糸繰が優しい笑みを浮かべ聞いてくる。

「うん、美味しかった」

 そう返すと、狗神が深い深い溜息を吐いた。

「鬼の血を美味いと言う輩なぞ、初めて見たわい・・・」

「オレも、初めて聞いた時は驚きました。でも、蒼汰が幸せそうな顔で飲んで
 くれるのが嬉しくて」

「どう美味しいのか、上手く説明できないんですけど。飲んでて、幸せな気分に
 なれるというか」

「中毒性がありそうじゃの・・・。まあ互いに、本来であれば危険な行為だと
 いうことは承知しておくんじゃな。ワシからは、もうそれ以上は言うまい」

 諦めたように言った狗神に、俺と糸繰は頷く。
 俺だって、無暗に飲もうなんて思っていない。血をくれた糸繰の苦しそうな顔を
 見てしまってからは、飲みたいと思ってしまうこと自体が怖いのだ。

「・・・いと。俺、ちゃんと自分の力を扱えるように頑張るよ。お前が血をくれ
 なくても済むくらいに、強くなるから」

 横になったまま、俺は糸繰の手を握って呟くように言う。糸繰はそれを聞いて
 何を思ったのか、握った手を胸元へ持っていくと静かに目を閉じた。

「オレ、蒼汰が幸せならそれで良いよ。・・・兄様は俺が守るから。最期まで、
 ちゃんと」

 自分に言い聞かせるように小さな声でそう言った糸繰は、笑みを浮かべて
 ゆっくりと目を開ける。彼の儚げな笑みに、俺は何も言えず顔を逸らすの
 だった。



―――どうやら利斧は昼食を食べながら御鈴に怒られていたようで、暫くしてから
御鈴と共に部屋に入ってきた利斧はしょげた顔をしていた。

「妾が教わってくると良いなんて言ってしまったから・・・すまんの・・・」

「いや、あの・・・ごめん」

 御鈴の言葉に起き上がってそう返すと、何で謝るんだ?と糸繰が不思議そうに
 言う。

「俺が弱いから、こんな怪我して・・・心配掛けて、ごめん」

 そう言うと、御鈴は首をブンブンと横に振った。
 手を伸ばしてきた利斧に、反射的に体がビクッと震える。それを見た御鈴が
 利斧を睨むと、弓羅が言った。

「まあまあ、そんなに睨むなよお嬢ちゃん。ソイツが弱いのは、本当のこと
 だろう?」

「なっ・・・」

 悪気のなさそうな弓羅に、御鈴は唖然とした表情で彼女を見る。

「言い過ぎじゃろう。お主らと比べるな」

 呆れたような顔で狗神が言う。ええ~と不満げな声を出す弓羅に、利斧が
 ボソボソと言った。

「やりすぎたのは、私ですから・・・。良いんです、自業自得です・・・」

 こんな状態になっている利斧は初めてで、御鈴に何を言われたんだ・・・と思う。
 再び、利斧が手を伸ばしてきた。勝手に震える体に内心悪態を吐いていると、
 糸繰がそっと手を握ってくる。

「すみませんでした、蒼汰」

「へ・・・?」

 利斧に謝られるとは思わず、変な声が出る。彼は俺の頭を優しく撫でると、
 怖くないですよと微笑んだ。
 頭を撫でられ続けていると、自然と落ち着いてくる。糸繰に視線を向けると、
 彼は握る手の力を少し強めて笑みを向けてきた。

「えっとー・・・飯、冷めちまうぞ?」

 ふと、声が聞こえる。驚いて声のした方を見ると、荒契の信者だった妖が立って
 いた。

「え、いつの間に」

「おら、ずっと糸繰の傍にいたけんど・・・」

 俺の言葉に、妖は困ったような声で言う。

「蒼汰、蒼汰」

 糸繰がそう言って俺の手を少し引っ張る。どうした?と糸繰を見ると、彼は妖を
 見ながら言った。

「そいつ、なんだよ。昔から、近くに居ても分かりにくいというか」

「そういう妖って?」

 俺が聞くと、糸繰ではなく妖の方が口を開いた。

「種族で言うと、おらはだかんな。有名になったのは遠い親戚
 だけども、結構古くから存在する種族なんだ」

 ぬらりひょん・・・凄く聞いたことがある。山霧姉弟に借りた本にも書いて
 あったな、確か分類は・・・。

「あ、れ・・・もしかしてお前、大妖怪?!!」

 思わず大きな声が出る。糸繰と妖は、何を今更と言いたげな顔をしていた。

「自己紹介しといた方が良かっただか?おらは、ぬらりひょんの・・・」

 そこまで言った妖は、ハッとした顔で糸繰を見る。糸繰は妖が何を考えているのか
 分かったようで、優しい笑みを浮かべて言った。

「呪わないから。ただの好奇心だけど、オレにも名前を教えてくれると嬉しい」

 妖はその言葉に、決意を固めたような顔で口を開く。

「おらは、ぬらりひょんの念蔵ねんぞうってんだ」

「念蔵か、改めてよろしくな」

 俺の言葉に、妖・・・念蔵は、おうよ!と笑う。そして、そういえばと口を
 開いた。

「あんたのこと、何て呼べば良い?流石に、あんたのままだとなあ・・・」

「ああ、俺?蒼汰で良いよ」

「蒼汰かあ、分かった!」

 良い名前だなあと頷く念蔵に、糸繰が少し自慢げな顔をする。糸繰?と首を
 傾げると、彼は小さな声で嬉しそうに言った。

「・・・蒼汰の名前、響きが好きなんだ。念蔵にも伝わったみたいで嬉しい」

 ニコニコと笑う念蔵と糸繰に、自然と頬が緩む。
 俺の表情を見てか、御鈴や利斧、そしていつの間にか居た令も嬉しそうな顔で
 俺を見ていた。
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