神と従者

彩茸

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第四部

かみさま

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―――私達も食事をとってきます。そう言った利斧は、俺と糸繰を部屋に残し
皆を連れて出ていく。
扉が閉まり少しすると、糸繰が懐から巾着袋を取り出した。彼の様子を眺めて
いると、巾着袋から千代を出し手を当てて目を瞑る。

「千代、起きて」

 その言葉と共に千代の体が震え、動き出す。千代は少し驚いた顔をすると、目を
 開けた糸繰に言った。

「イト、こえでるようになった?」

「うん。千代、無理させてごめんな」

「チヨ、イトがぶじならへいき。イト、こえでるようになって、よかった」

 嬉しそうな顔の千代に、糸繰も笑みを浮かべる。千代は辺りをキョロキョロと
 見回した後、俺を見た。

「ソウタ、ありがとう」

「え、俺?」

「チヨ、うごけなくても、しってる。ソウタ、イトのきおくもどした。きおく、
 イトにとってもだいじなものだから、チヨ、かんしゃしてる」

 千代はそう言うと、ね?と糸繰を見る。糸繰はハッとした顔で、思い出したように
 言った。

「そうだ、お礼言ってなかった。蒼汰、ありがとう」

「え、あ・・・俺も、謝らなきゃいけないの忘れてた。いくら嘘とはいえ、あんな
 酷いこと言ってごめんな」

 その言葉に糸繰は少し考える様子を見せると、ああ・・・と何とも言えない顔を
 した。

「大丈夫、トラウマを掘り起こして拒否できない状況を作るなんて考えを持っていた
 ことに驚いただけだから」

「いや、うん、まじでごめん・・・」

 俺と糸繰の様子を見て、千代がクスクスと笑う。そして、俺を見て口を開いた。

「チヨ、ききたいことがある。ソウタ、しっかりかみさまになったのは、わかる。
 でも、なんのかみさまなのか、わからない」

「えっと・・・喪失の神、かな。かなり衝動的に決めちゃったけど」

「そうしつの、かみさま?それ、なにができるの?」

 千代にそう聞かれたが、返答に詰まる。
 何ができる・・・何ができるんだろう、俺。

「何かを失わせる力なんじゃないか?実際、荒契様の戦意は喪失させてたし。
 あと・・・多分、蒼汰の痛みとか流血の感覚とかを失わせたのも自分の神通力
 だろ?」

 糸繰の言葉に、確かに・・・と呟く。正直、感覚で使っていたから自分の力に
 ついて理解が追い付いていない所はある。
 ・・・荒契に言われた通り、あの時自分が何の神なのか定義しておいて正解
 だったのかもしれない。

「そういえば俺、結局誰の信仰で神になったのかいまいち分かってないんだよな。
 一人、何となくアタリは付いてるけど」

 そう言うと、千代が頷いて言った。

「チヨも、なんとなくわかる」

 俺と千代は顔を見合わせると、二人して同じ方向を向いた。

「・・・・・・へ?」

 視線の先に居る糸繰が、素っ頓狂な声を出す。

「へ?じゃねえよ。お前だろ、俺の信者」

「え、いや、オレは御鈴様の信者で・・・」

「イト、チヨかんがえた。しんじゃ、べつにしんこうするかみさま、ひとりじゃ
 なくていい。にんげんは、そうだった」

「糸繰以外に考えられないんだよ。清蘭も言ってただろ?強い強い信仰心を持つ
 信者が一人いて、更にそこまでじゃないけどある程度の信仰心を持った奴が
 沢山いれば神になれるかもって。信仰心が強いのがお前。他にも必要そうな
 ある程度の信仰心なら、多分御鈴の信者も数に入ると思うんだよな。御鈴に
 尊敬されてるぞって言われたこともあるし」

 千代と俺の言葉に、糸繰は困惑した顔のまま考え込む。少しの間考えていた彼は、
 ボソボソと言った。

「確かに、兄様のためなら命を懸けられるけど・・・依存してるだけで・・・」

「依存が行き過ぎて信仰になってんだろ、多分。お前、俺のこと何だと思ってる?」

「ん?大切な兄弟。あと、色々できる凄い奴。それと、オレに・・・」

 俺の問いにそこまで答えた糸繰は、ハッとした顔で固まる。瞬きの間に耳まで
 赤くした彼は、何でもない!と言いつつ首をブンブンと横に振った。

「イト、かくしごとよくない。チヨにはなして、はやく」

 千代がムッとした顔で糸繰の足を揺する。糸繰は顔を赤くしたまま千代を抱え、
 ギュッと抱きしめながら消え入りそうな声で言った。

「オレ、に・・・生きる理由をくれた、神様みたいな人・・・」

「ほら見ろ、信仰じゃねえか」

「そっ、そうとも限らないだろ!確かに、お前になら殺されても良いし、何か
 あったら死んでも守るけど!!」

 糸繰の言葉に、ちょっと待てと言いたくなる。さらっと俺に命を委ねるなよ、
 馬鹿鬼。

「・・・糸繰は、俺の信者になるのは嫌か?」

 つい出来心で聞いてしまう。糸繰は必死に考える様子を見せると、たどたどしく
 言葉を紡いだ。

「嫌じゃ、ない。けど、信者になったら、その・・・蒼汰のこと、家族として
 見れなくなる、から・・・」

したはずなんだがな。忘れたか?」

 俺の言葉に糸繰はハッとした顔で、あ・・・と小さく声を上げる。

「蒼汰が神様になっても、オレは蒼汰の弟・・・?」

「そう、それだ」

 糸繰の言葉にそう言いながら頷くと、彼は思い出したと恥ずかしそうに笑みを
 浮かべる。
 ・・・俺が神になろうが、お前は俺の弟でいろ。その命令は、俺の願いでも
 あった。命令なんて言葉を糸繰に対して使ったのは、あの時だけで。糸繰が
 信者になろうが、彼には俺の弟で、家族でいてほしかった。

「えっと・・・じゃあ、信者なの認めるよ。蒼汰は、オレの兄様で・・・オレの、
 神様」

 へにゃりと笑った糸繰の頭を、わしゃわしゃと撫でる。驚いた顔をしながらも
 大人しくしている彼の頭を両手で撫でまわしていると、扉が開いた。

「仲が良くて何よりじゃ!」

 部屋に入ってきた御鈴がそう言って笑う。後ろに立っていた狗神は、温かい目で
 俺達を見ていた。

「えっとおー・・・邪魔した感じ?」

「彼らはそういうタイプです。気を使う程でもないですよ」

 眉を下げる弓羅に、利斧が困ったような笑みを浮かべて言う。
 俺は別にそこまで気にしていないが、糸繰は・・・と視線を動かすと、糸繰は
 千代を弓羅や利斧から見えないように隠そうとしていた。

「イト、チヨだいじょうぶだから」

 千代がそう言って糸繰の手を抜け出して駆け出す。

「ほう?喋って動く日本人形ですか、興味深い」

 利斧がそう言って千代を抱き上げる様子を、糸繰は青い顔をして見つめていた。

「大丈夫だよ、いと」

 俺は優しい声でそう言って、糸繰の頭を一撫でする。
 しかし糸繰には届いていないようで、彼の視線は千代に釘付けになっていた。

「やだ・・・捨て、られっ・・・」

 手を伸ばし震える声で言った糸繰に、千代を抱えたまま利斧が近付く。

「別に捨てません。この人形に興味が沸いたので、少し借りても?」

 安心してください、話をするだけですよ。そう言った利斧に、糸繰は助けを求める
 ように俺を見た。

「千代、大丈夫か?」

「へいき。このかみさまとも、なかよくしたほうがいいと、チヨおもう。ソウタ、
 イトのことまかせた」

 俺の言葉に、千代はそう返して笑みを浮かべる。

「だってさ。大丈夫だから、な?」

「・・・捨てられたら、一生恨むからな」

 手を下ろした糸繰が、そう言って睨むように俺を見る。それに対し苦笑いで
 返すと、糸繰は小さく息を吐いて俺の服をきゅっと握るのだった。



―――暫く千代と会話を楽しみ満足した様子の利斧が、糸繰に千代を返す。

「ね、だいじょうぶ。イト、そんなかおしないで」

 泣きそうな顔をしていた糸繰の頬をペシペシと叩いた千代に、糸繰は小さく
 頷いた。

「そうだ、神社の説明のことをすっかり忘れていました」

 思い出したように利斧が言う。白い目を向けている弓羅をちらりと見た利斧は、
 それを無視するように俺と御鈴を見た。

「先程話した神社とは、数ある神社の中でも神々に対する人類の防衛拠点でして。
 神々のゴタゴタや争いが大きくなった際に動く組織で、他の神社からは大御所、
 大手のような扱いを受けています」

「他の神社って・・・夜宮神社とか、戌威神社とかですか?」

 利斧の言葉にそう聞くと、彼は夜宮神社?と首を傾げた後、思い出したように
 頷いた。

「そういえば、静也さんが夜宮神社の人間でしたね。戌威神社は、まあ・・・特殊
 ですが、一応繋がりはありますね」

「利斧は神社って言ってるけど、実際は七天神宮しちてんじんぐうって名前でね。神社全般の運営が
 神宮神主じんぐうかんぬし、神宮全般の戦闘員である神守の総大将が白獅子しろじし、補助要員である巫女の
 総括が舞姫まいひめって具合で組織化されてるのさ。まあ、あそこは神社っていうより
 軍隊って感じだね。アタシ達みたいな《武神》の一部も駐屯してるし」

 補足するように弓羅が言う。さっき利斧が言っていたというのは、その役職の
 人達のことなのだろうか。

「何故一部なのかという話ですが・・・まあ、私や弓羅を見れば分かるでしょう。
 《武神》は神々の脅威を排除する使命こそあれど、基本的には自由に行動する
 ことができますからね。あんな場所、居るだけで暇になりますし」

 利斧の言葉に、弓羅が呆れたような目を向ける。
 ふと、先程まで視界の端に居た狗神の姿がないことに気付く。周りを見回すと、
 俺の後ろの方で大きな犬の姿になっていた。よく見ると、糸繰が狗神に抱き着いて
 いて。

「・・・何してるんだ、糸繰」

 そう声を掛けると、糸繰は狗神の体に顔を埋めながら言った。

「話を聞くの、飽きたから。狗神様のもふもふを堪能させてもらってる」

 気持ち良いぞ。そう言って満足げな表情で俺を見た糸繰に、溜息が零れる。

「飽きたってお前・・・・利斧と弓羅が折角説明してくれてるってのに」

「まあ、鬼らしくて良いんじゃないですか?」

「神々の切り札と揶揄されるアタシ達《武神》の説明を、飽きたからで聞き流す
 ・・・鬼の特徴ともいえる気分屋という面を前面に押し出すその姿、浪漫が
 あるねえ!」

 苦笑いを浮かべる利斧と、楽しそうに笑う弓羅。糸繰にモフられて満更でも
 なさそうな様子の狗神に、御鈴が羨ましそうな顔をする。

「御鈴様も、もふもふしますか?」

「良いのか?!」

 糸繰の言葉に、御鈴が嬉しそうに言う。狗神を見ると、彼は尻尾を揺らしながら
 言った。

「特別じゃぞ」

 狗神をモフり始めた御鈴と糸繰に、再び溜息を吐く。そんな俺の頭を、利斧が
 優しく撫でるのだった。
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