神と従者

彩茸

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第四部

懺悔

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―――部屋に入ると、そこに狗神の姿はなく。何処に行ったんだろうと思いながら、
布団に寝かされている糸繰に近付く。
いつものような小さく丸まった体勢ではなく、しっかりと上を向いて寝息を立てて
いる糸繰。いつもと違うと違和感があるななんて思いつつ、彼の頬にそっと触れる。

「温かい・・・生きてる・・・」

 そう呟くと糸繰のまぶたが震え、彼はゆっくりと目を開いた。

「糸繰!良かっ」

「あれ?兄様だぁ・・・」

 良かったと言おうとした俺の言葉を遮り、糸繰が言う。へにゃりと笑う彼は、
 どうやら寝ぼけているようだった。

「兄様、遊ぼ。いっぱい、走り回って。冬は、雪合戦して。春は、お花見に
 行きたい」

「え?」

「もう、もうね、沢山息を吸っても、心臓痛くならないんだ。だから一緒に
 遊べるよ、兄様」

 声は小さいが、確かに俺に向けて放たれた言葉。伸ばされた糸繰の手が、
 俺の前でゆらゆらと振られる。
 優しく、糸繰の手を握りしめる。何と返そうか悩んだが、俺は微笑んで言った。

「・・・うん、遊ぼう。いっぱい遊ぼうな」

「やったぁ。・・・そうだ、千代と荒契様も誘いたいな。いっぱい、いっぱい・・・
 今まで遊べなかった分、皆で遊ぶんだ」

 糸繰は何を言っているんだ、荒契は死んだじゃないか。そんなことを考えながら
 口を開こうとすると、糸繰が嬉しそうな笑みを浮かべて言った。

「ふふっ、死ぬ前に幸せな夢が見れた・・・。やっぱり兄様のぎゅーは、よく効く
 なあ・・・」

「夢じゃないぞ」

 思わず口から言葉が飛び出す。糸繰は手を握る力を少し強め、へ・・・?と
 素っ頓狂な声を出した。

「寝ぼけてるんだろ。夢じゃないぞ、現実だ」

「だって、だってオレ・・・息しても、苦しくない。起きてる、のに・・・?」

 俺の言葉に、糸繰が困惑したような顔で聞いてくる。

「うん、そうだよ。狗神が治療してくれたから、お前は生きてる。生きてるんだよ、
 糸繰」

 そう答えると、糸繰の顔がどんどん赤くなっていった。

「あ・・・えっと・・・わ、忘れてくれ・・・」

 握っていた手を離し小さく蹲ってしまった糸繰に、気にすんなと笑いかける。
 真っ赤な耳をつついていると、糸繰が消え入りそうな声で言った。

「ごめんなさい、蒼汰のこと勝手に兄様って呼びました・・・」

「丁寧に喋られると調子狂うなあ。気にしてないし、今までも声が出ない状態で
 何度か呼んでただろ」

 そう言うと、糸繰は何で知ってるんだ・・・と蹲ったまま呟く。

「何度口の動きを読み取ったと思ってるんだ。甘えてくれる時、結構な頻度で
 兄様呼びされてた気がするんだが?」

「それは、その・・・」

「その、何だ?」

「兄弟ができたの、初めてで・・・兄様って呼んで、甘えてみたくて・・・。
 ごめんなさい、調子乗りました・・・」

 震える声でボソボソと言った糸繰に、だから謝るなってと笑う。

「いっその事、普段から兄様って呼んでくれても良いんだぞ~?」

 糸繰の頭を撫でながら茶化すように言うと、彼は少し顔を上げて俺を見る。
 悩ましげな顔をしている糸繰に微笑みかけると、彼はゆっくりと起き上がって
 言った。

「・・・おはよう、兄様」

「うん。おはよう、いと」

 糸繰の言葉にそう返し、無言で両手を広げる。そっと抱き着いてきた糸繰の背中を
 優しく撫でると、彼は俺の肩に顔を埋めながら言った。

「夢、見たんだ。笑顔の荒契様と一緒に、花畑を歩いてた。二人で花畑に寝転んで、
 本心をぶつけ合ったんだ。荒契様と話しててあんなに楽しかったのは初めてで。
 ずっとこのままって思ってたら、眠くなってきて。ちょっと散策してくるから
 寝てて良いよって荒契様に言われて・・・気付いたら、蒼汰がオレのこと覗き
 込んでたんだ」

「そっか」

「怖がる前にちゃんと向き合っておけば良かった。・・・もっと早く、誰よりも
 心を開いてくれてたんだって気付けていたらっ!オレ、あの方を止められたかも
 しれないのに・・・信者のこと、殺さなくて済んだのに・・・!」

「糸繰・・・」

「ごめっ、なさっ・・・いっぱい、殺してっ、ごめんなさい・・・!!」

 声を上げて泣き出した糸繰の頭を、無言で撫でる。糸繰は悪くないよなんて
 言葉は、今の彼には届かないような気がした。
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