115 / 159
第三部
体調不良
しおりを挟む
―――あの夜の出来事から数週間後。冬休みも終わり学校が始まった俺が家に
帰ると、グッタリとした様子の糸繰がソファの上に寝転がっていた。
ただいまと言うが、おかえりとこちらにやってきたのは御鈴と令だけで、糸繰は
動く様子がなかった。
「大丈夫か・・・?」
そう言って糸繰にゆっくりと近付くと、彼は視線だけ動かして俺を見る。
「狗神の治療を受けて体が正常に戻り始めた所為か、今まで気にも留めていなかった
不調が一気に押し寄せてきたらしくての。狗神に絶対安静と言われたから、こう
してソファに寝かせておる」
御鈴がそう言いながら糸繰の頭をそっと撫でる。糸繰は視線を御鈴に向けるが動く
様子はなく、俺に視線を戻すと小さく口を動かした。
おかえりと紡がれた口に、ただいまと返す。糸繰は力なく笑みを浮かべると、目を
閉じた。
「寝るなら部屋の方が・・・」
そう言うと、俺の肩に乗った令が耳元でこっそりと言った。
「糸繰、起き上がるのも辛いみたいなんだよ。御鈴様が、蒼汰のいない時に無断で
部屋に入るのはどうかって言ってさ。部屋戻るなら運んでやってくれ」
「そうだったのか、分かった。・・・そういえば、ちゃんと飯は食ったのか?糸繰」
小声で聞いた俺に、令は首を横に振る。
「昼飯の前に狗神の所へ行ったからな。狗神が連れて帰ってきた時は、にゃにかを
食べる余裕なんてなさそうだったよ」
「そうか・・・」
糸繰に視線を戻す。彼は目を閉じたままじっとしており、頭を撫で続けていた
御鈴はとても心配そうな表情をしていた。
「御鈴。今日の晩飯、お粥でも良いか?」
「ああ、構わぬぞ。妾が作ろうか?蒼汰は糸繰と一緒に居てやれ」
俺の言葉に御鈴がそう提案してきたため、じゃあ頼むと答える。糸繰を背負い
部屋に向かう最中、糸繰が耳元で何かを呟いた。
「糸繰?」
立ち止まって糸繰を見ると、彼は小さく首を横に振る。俺は首を傾げつつ、
自分の部屋へと向かった。
―――糸繰を布団に寝かせ、俺はベッドに腰掛ける。すると、横向きで丸くなる
いつも通りの体勢になった糸繰が目を開けて俺を見た。
伺うような視線に、首を傾げる。糸繰はゆっくりと腕を動かし、手を自身の喉元へ
持っていった。
「・・・・・・」
少し悩んだ様子の糸繰は、目を閉じ首を絞めるような形で手に力を籠める。
「あっ・・・!」
咄嗟に糸繰の腕を掴み喉元から引き剥がす。彼は軽く咳き込むと、懇願するような
目で俺を見た。
「命を大切にしろって言っただろ。首を絞めちゃ駄目だ」
そう言うと、糸繰は手を引っこめ懐からメモ帳と万年筆を取り出した。
力なく動かされた手が、文字を綴る。
〈苦しくて眠れない。安静にって言われたから、寝なきゃいけない。だから、
寝たい。〉
「安静にってのは、絶対に寝なきゃいけない訳じゃない。・・・苦しいのは、
どうもしてやれないけど。せめて、少し楽にしてやれたりしないかな?」
渡されたメモを見てそう聞くと、糸繰は悩む様子を見せる。そして俺を見た彼は、
ゆっくりと体を起こした。
とても辛そうな顔で息を吐いた糸繰が、メモにペンを走らせる。
〈我儘を言っても良いなら、甘えさせてほしい。ぎゅってしてくれるだけで良い
から。〉
そう書かれたメモを渡してきた糸繰に、良いぞと言って彼を抱きしめる。
暫くの間背中を擦りながら糸繰を抱きしめていると、腕を回し俺の服を掴んでいた
彼の力が強くなった。
「糸繰・・・泣いてるのか?」
肩に顔を埋めている糸繰の表情は見えないが、背中が小さく震えている。少し顔を
動かした彼の口から洩れた吐息が、肩にかかる。
・・・何となく、糸繰が助けを求めているような気がした。どうにもできないと
分かっていても、苦しいと、助けてと伝えている気がした。
「苦しいよな、辛いよな・・・ごめんな、代わってやれなくて」
そう言うと、糸繰は肩に顔を埋めたまま首を横に振る。再び吐息が肩にかかるが、
何を言っているのかは分からなかった。
・・・暫く泣いていた糸繰から、ふと力が抜ける。どうやら体力の限界を迎えた
ようで、彼の様子を伺うと気絶するように眠っていた。
そっと、背中を擦る。眠ったまま軽く咳をした糸繰を、布団へ寝かせる。
「蒼汰、糸繰。できたぞ・・・っと、眠っておったか」
ドアをノックして開けた御鈴が、糸繰を見て言う。
「ありがとう、御鈴。糸繰の分は後で温め直すよ」
「そうじゃな。蒼汰、食事にしよう。それともここで食べるか?」
俺の言葉に御鈴がそう聞いてくる。リビングで食べるよと答え立ち上がると、
ゴソリと音がした。
音のした方を見ると、糸繰が体勢を変え丸くなっていて。やっぱりその寝相に
なるんだな・・・なんて思いながら御鈴と共に部屋を出る。
「まるで赤ん坊のようじゃの」
リビングへ向かう途中、御鈴がボソリと呟く。
「ああいう寝相になるのって、甘えん坊だったりストレスとかトラウマ抱えてたり
する奴が多いんだってさ」
俺がそう言うと、御鈴はそうか・・・と小さく呟くように言った。
帰ると、グッタリとした様子の糸繰がソファの上に寝転がっていた。
ただいまと言うが、おかえりとこちらにやってきたのは御鈴と令だけで、糸繰は
動く様子がなかった。
「大丈夫か・・・?」
そう言って糸繰にゆっくりと近付くと、彼は視線だけ動かして俺を見る。
「狗神の治療を受けて体が正常に戻り始めた所為か、今まで気にも留めていなかった
不調が一気に押し寄せてきたらしくての。狗神に絶対安静と言われたから、こう
してソファに寝かせておる」
御鈴がそう言いながら糸繰の頭をそっと撫でる。糸繰は視線を御鈴に向けるが動く
様子はなく、俺に視線を戻すと小さく口を動かした。
おかえりと紡がれた口に、ただいまと返す。糸繰は力なく笑みを浮かべると、目を
閉じた。
「寝るなら部屋の方が・・・」
そう言うと、俺の肩に乗った令が耳元でこっそりと言った。
「糸繰、起き上がるのも辛いみたいなんだよ。御鈴様が、蒼汰のいない時に無断で
部屋に入るのはどうかって言ってさ。部屋戻るなら運んでやってくれ」
「そうだったのか、分かった。・・・そういえば、ちゃんと飯は食ったのか?糸繰」
小声で聞いた俺に、令は首を横に振る。
「昼飯の前に狗神の所へ行ったからな。狗神が連れて帰ってきた時は、にゃにかを
食べる余裕なんてなさそうだったよ」
「そうか・・・」
糸繰に視線を戻す。彼は目を閉じたままじっとしており、頭を撫で続けていた
御鈴はとても心配そうな表情をしていた。
「御鈴。今日の晩飯、お粥でも良いか?」
「ああ、構わぬぞ。妾が作ろうか?蒼汰は糸繰と一緒に居てやれ」
俺の言葉に御鈴がそう提案してきたため、じゃあ頼むと答える。糸繰を背負い
部屋に向かう最中、糸繰が耳元で何かを呟いた。
「糸繰?」
立ち止まって糸繰を見ると、彼は小さく首を横に振る。俺は首を傾げつつ、
自分の部屋へと向かった。
―――糸繰を布団に寝かせ、俺はベッドに腰掛ける。すると、横向きで丸くなる
いつも通りの体勢になった糸繰が目を開けて俺を見た。
伺うような視線に、首を傾げる。糸繰はゆっくりと腕を動かし、手を自身の喉元へ
持っていった。
「・・・・・・」
少し悩んだ様子の糸繰は、目を閉じ首を絞めるような形で手に力を籠める。
「あっ・・・!」
咄嗟に糸繰の腕を掴み喉元から引き剥がす。彼は軽く咳き込むと、懇願するような
目で俺を見た。
「命を大切にしろって言っただろ。首を絞めちゃ駄目だ」
そう言うと、糸繰は手を引っこめ懐からメモ帳と万年筆を取り出した。
力なく動かされた手が、文字を綴る。
〈苦しくて眠れない。安静にって言われたから、寝なきゃいけない。だから、
寝たい。〉
「安静にってのは、絶対に寝なきゃいけない訳じゃない。・・・苦しいのは、
どうもしてやれないけど。せめて、少し楽にしてやれたりしないかな?」
渡されたメモを見てそう聞くと、糸繰は悩む様子を見せる。そして俺を見た彼は、
ゆっくりと体を起こした。
とても辛そうな顔で息を吐いた糸繰が、メモにペンを走らせる。
〈我儘を言っても良いなら、甘えさせてほしい。ぎゅってしてくれるだけで良い
から。〉
そう書かれたメモを渡してきた糸繰に、良いぞと言って彼を抱きしめる。
暫くの間背中を擦りながら糸繰を抱きしめていると、腕を回し俺の服を掴んでいた
彼の力が強くなった。
「糸繰・・・泣いてるのか?」
肩に顔を埋めている糸繰の表情は見えないが、背中が小さく震えている。少し顔を
動かした彼の口から洩れた吐息が、肩にかかる。
・・・何となく、糸繰が助けを求めているような気がした。どうにもできないと
分かっていても、苦しいと、助けてと伝えている気がした。
「苦しいよな、辛いよな・・・ごめんな、代わってやれなくて」
そう言うと、糸繰は肩に顔を埋めたまま首を横に振る。再び吐息が肩にかかるが、
何を言っているのかは分からなかった。
・・・暫く泣いていた糸繰から、ふと力が抜ける。どうやら体力の限界を迎えた
ようで、彼の様子を伺うと気絶するように眠っていた。
そっと、背中を擦る。眠ったまま軽く咳をした糸繰を、布団へ寝かせる。
「蒼汰、糸繰。できたぞ・・・っと、眠っておったか」
ドアをノックして開けた御鈴が、糸繰を見て言う。
「ありがとう、御鈴。糸繰の分は後で温め直すよ」
「そうじゃな。蒼汰、食事にしよう。それともここで食べるか?」
俺の言葉に御鈴がそう聞いてくる。リビングで食べるよと答え立ち上がると、
ゴソリと音がした。
音のした方を見ると、糸繰が体勢を変え丸くなっていて。やっぱりその寝相に
なるんだな・・・なんて思いながら御鈴と共に部屋を出る。
「まるで赤ん坊のようじゃの」
リビングへ向かう途中、御鈴がボソリと呟く。
「ああいう寝相になるのって、甘えん坊だったりストレスとかトラウマ抱えてたり
する奴が多いんだってさ」
俺がそう言うと、御鈴はそうか・・・と小さく呟くように言った。
0
お気に入りに追加
6
あなたにおすすめの小説
S級騎士の俺が精鋭部隊の隊長に任命されたが、部下がみんな年上のS級女騎士だった
ミズノみすぎ
ファンタジー
「黒騎士ゼクード・フォルス。君を竜狩り精鋭部隊【ドラゴンキラー隊】の隊長に任命する」
15歳の春。
念願のS級騎士になった俺は、いきなり国王様からそんな命令を下された。
「隊長とか面倒くさいんですけど」
S級騎士はモテるって聞いたからなったけど、隊長とかそんな重いポジションは……
「部下は美女揃いだぞ?」
「やらせていただきます!」
こうして俺は仕方なく隊長となった。
渡された部隊名簿を見ると隊員は俺を含めた女騎士3人の計4人構成となっていた。
女騎士二人は17歳。
もう一人の女騎士は19歳(俺の担任の先生)。
「あの……みんな年上なんですが」
「だが美人揃いだぞ?」
「がんばります!」
とは言ったものの。
俺のような若輩者の部下にされて、彼女たちに文句はないのだろうか?
と思っていた翌日の朝。
実家の玄関を部下となる女騎士が叩いてきた!
★のマークがついた話数にはイラストや4コマなどが後書きに記載されています。
※2023年11月25日に書籍が発売!
イラストレーターはiltusa先生です!
※コミカライズも進行中!
ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活
天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
平凡冒険者のスローライフ
上田なごむ
ファンタジー
26歳独身動物好きの主人公大和希は、神様によって魔物・魔法・獣人等ファンタジーな世界観の異世界に転移させられる。
平凡な能力値、野望など抱いていない彼は、冒険者としてスローライフを目標に日々を過ごしていく。
果たして、彼を待ち受ける出会いや試練は如何なるものか……
ファンタジー世界に向き合う、平凡な冒険者の物語。
異世界に召喚されたけど、聖女じゃないから用はない? それじゃあ、好き勝手させてもらいます!
明衣令央
ファンタジー
糸井織絵は、ある日、オブルリヒト王国が行った聖女召喚の儀に巻き込まれ、異世界ルリアルークへと飛ばされてしまう。
一緒に召喚された、若く美しい女が聖女――織絵は召喚の儀に巻き込まれた年増の豚女として不遇な扱いを受けたが、元スマホケースのハリネズミのぬいぐるみであるサーチートと共に、オブルリヒト王女ユリアナに保護され、聖女の力を開花させる。
だが、オブルリヒト王国の王子ジュニアスは、追い出した織絵にも聖女の可能性があるとして、織絵を連れ戻しに来た。
そして、異世界転移状態から正式に異世界転生した織絵は、若く美しい姿へと生まれ変わる。
この物語は、聖女召喚の儀に巻き込まれ、異世界転移後、新たに転生した一人の元おばさんの聖女が、相棒の元スマホケースのハリネズミと楽しく無双していく、恋と冒険の物語。
2022.9.7 話が少し進みましたので、内容紹介を変更しました。その都度変更していきます。
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です!
小説家になろうでも10位獲得しました!
そして、カクヨムでもランクイン中です!
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。
いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。
欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・
●●●●●●●●●●●●●●●
小説家になろうで執筆中の作品です。
アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。
現在見直し作業中です。
変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します
潮ノ海月@書籍発売中
ファンタジー
旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる!
トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。
領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。
アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。
だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう
完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。
果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!?
これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる