神と従者

彩茸

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第五部

酷い顔

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―――糸繰と鬼の一騎打ちを、襲ってくる狼を薙ぎ払いながら眺める。狼の群れは
数だけは多いようで、三人がかりで対処していた。
鬼の攻撃を避け続けている糸繰。鬼はかなりのパワーを持っているようで、糸繰の
避けた拳が地面を抉っていた。
・・・ふと、糸繰の顔色が変わる。鬼の拳を避け切れず、彼の頬から血が飛び散る。

「静也さん、ここ任せて良いですか」

 トンッと背中が当たった静也さんにそう話し掛ける。

「良いよ、行ってこい」

 糸繰をちらりと見た静也さんが、そう言って襲い掛かってきた狼の攻撃を刀で
 受け流す。
 ありがとうございますと駆け出した俺の横から襲い掛かってきた狼が、パンッ
 という音と共に赤く染まる。晴樹さんの方を見ると、銃口をこちらに向け微笑んで
 いた。

「無理そうだったら頼ってね」

 晴樹さんの言葉に頷き、俺は糸繰の元へ駆ける。

「糸繰!」

 俺の声に一瞬こちらを向いた糸繰に、鬼の拳が迫る。させるものかと俺は柏木を
 思い切り振り上げ、鬼の拳を弾いた。
 素早く鬼と糸繰の間へ入り、柏木を鬼に向ける。

「邪魔をするな」

「弟にこれ以上怪我させてみろ。お前の頭蓋骨、全力で砕いてやる」

 鬼の言葉にそう返すと、鬼は意味が分からないと言った顔で口を開いた。

「弟?貴様は上位種どころか、鬼ですらないだろう。弱き者が口を出すな」

 ・・・ああ、こいつ分かってないな。

「邪魔をするというのならば、先に殺してやろう」

 そう言った鬼が、目にも止まらぬ速さで拳を振り下ろす。・・・否、今の俺には
 
 拳を柏木で受け流し、鬼に足払いを掛ける。少ししか揺れなかった体に、体幹
 どうなってるんだよなんて思う。

「晴樹さん!!」

 俺が名前を呼んだ直後、同時に二発の銃声が聞こえた。銃弾を掴んだ鬼の足からは
 血が流れており、驚いて晴樹さんを見る。
 晴樹さんは二丁の拳銃を両手で扱っており、パンッパンッと二回目の発砲を行う。
 全くぶれていない彼の軸に、ああこの人も化け物なのかもしれない・・・なんて
 考えが浮かんでいた。
 鬼の足を撃ち抜く晴樹さんに襲い掛かった狼を、静也さんがいとも簡単に切り
 捨てる。

「晴樹、怪我してないか?」

「ありがとう静兄、大丈夫だよ」

 すれ違うような形でそう言葉を交わした二人は、再び狼の群れと戦い始める。
 俺は標的を変えてきた鬼の相手をしつつ、糸繰に下がるよう伝えた。
 ・・・目の前から、ふっと鬼が消える。ハッとして後ろを見ると、鬼の拳が糸繰の
 頭を掠めていた。
 糸繰は咄嗟に回避行動をとったようで、額から流れた血が彼の片目に垂れる。
 もう一度鬼が拳を振り上げたところで、俺は柏木を握りしめた。

「・・・砕くって、言ったよな」

 冴え渡った頭に、湧き上がる静かな怒り。呟くようにそう言って、思いっ切り
 地面を蹴る。
 跳躍し、柏木を振り上げる。振り向いた鬼に向かって、俺は言った。

『痛みよ、死を与えたまえ』

 言い切ると同時に、柏木を振り下ろす。鬼が避けるよりも早く、柏木の先が頭に
 触れた。

「ガッ、アッ・・・!!」

 ゴシャッと音が鳴る。頭を陥没させ地に崩れ落ちた鬼に、息はなく。何となく
 イラついて、死体となった鬼に柏木を何度も叩きつけた。
 鬼の体が消えていく。柏木に当たる肉の感覚がなくなるまで、俺は柏木を振り
 下ろし続けた。

「蒼汰くん」

 晴樹さんの声がする。
 そちらを見ると、狼の群れを倒しきった晴樹さんと静也さんと目が合った。

「・・・酷い顔してるぞ」

 静也さんが少し悲しそうな顔で言う。酷い顔?と首を傾げると、後ろから服を
 引っ張られた。
 振り返ると、額の血を着物の袖で拭う糸繰の姿が。糸繰は申し訳なさそうな顔で
 俺を見た後、メモを差し出してきた。

〈体調悪くなったのに、すぐに言えなかった。ごめんなさい。〉

「謝るなって・・・っとと」

 静かにもたれ掛かってきた糸繰を受け止め、そっと抱きしめる。ケホッケホッと
 小さく咳をする糸繰の背を撫でていると、静也さんが言った。

「糸繰、大丈夫か?」

「体調悪くなってしまったみたいで。帰ったらちゃんと寝かせます」

「うちで休んでいって良いよ。折角だし、夕飯も食べていきなよ」

 俺の言葉に晴樹さんはそう言うと、歩ける?と糸繰に近付いて聞く。
 糸繰がフルフルと首を横に振ったので、俺が運びますと晴樹さんに答えた。

「頑張ったな、お疲れ」

 そう言って糸繰を背負い、ゆっくりと歩く静也さんと晴樹さんの後に付いていく。
 山霧家に着く頃には糸繰は眠っており、御鈴を始めとした面々に酷く心配されるの
 だった。



―――夕飯を振舞われ、晴樹さんの作ったオムライスに舌鼓を打つ。目を覚ました
糸繰も、少しずつスプーンを動かしながらオムライスを口に運んでいた。

「大丈夫か?」

 そう聞くと、糸繰はコクリと頷く。そして手を止めると、スッとメモを差し出して
 きた。

〈あいつと戦った時に言われたことが、ずっと頭に残ってる。〉

「言われたこと?」

 俺が首を傾げると、糸繰はオムライスを口に運ぶ。そしてモグモグと口を動かし
 ながら、メモにペンを走らせた。

〈手加減してるって。オレ、あのとき手加減なんてしてなかった。ちゃんと戦ってた
 のに、もっと強いはずだって・・・。〉

 段々と悲しそうな表情になっていく糸繰の頭をそっと撫でる。

「お前が頑張ってくれたから、そんなに苦労せずに勝てたんだ。それに、妖術使うな
 って言ったのちゃんと守ってくれただろ?俺はそれが嬉しい」

 俺の言葉に、糸繰は俯きがちに頷いて再びスプーンを動かす。すると、メモを覗き
 込んだ楓華が言った。

「弱いなら、強くなれば良い」

 糸繰が驚いたような表情で楓華を見る。楓華は小さく笑みを浮かべると、だよね
 お父さん?と晴樹さんを見た。
 晴樹さんは頷き、糸繰を見る。そして優しい笑みを浮かべて口を開いた。

「強くなりたい理由があるなら、きっと強くなれるよ。ここが限界って言うには、
 糸繰はまだ若いでしょ?」

「まあ、俺達も祓い屋始めてからもっと強くなったからな。大人になったから終わり
 ってもんじゃないし、伸びしろあるぞお前」

 静也さんが晴樹さんの言葉に同意するようにそう言うと、糸繰は少し困惑した
 ような顔で静也さんにメモを差し出した。

〈オレ、年齢教えたっけ?〉

「ああ、雨谷が言ってたんだよ。100歳・・・だよな?」

 静也さんの言葉に、糸繰は頷く。楓華と圭梧がもうちょっと幼いものだと・・・と
 声を揃えて呟くと、糸繰は不服そうな顔で俺を見た。

「ほらな?」

 そう言うと、糸繰は不服そうな顔のままオムライスを口に運ぶ。そして飲み込むと
 同時に、バッと静也さんを見た。

「うおっ、どうした?」

 静也さんが驚いた声を上げると、糸繰は凄いスピードでメモにペンを走らせる。

〈雨谷様が何で知ってるんだ?!オレ、蒼汰以外に年齢教えてないんだが?〉

 メモを見た静也さんの表情が固まる。そしてメモを覗き込んだ晴樹さんと顔を
 見合わせると、二人して苦笑いを浮かべ溜息を吐いた。

「まーた勝手にな、雨谷」

「昔から変わらないというか何というか・・・」

 静也さんと晴樹さんの言葉に、雨谷の目の能力のことを思い出す。どの時点で
 糸繰の年齢を知ったのかは定かではないが、脳に干渉する能力は個人情報まで
 筒抜けになるらしい。

「利斧が雨谷と目を合わせない理由が分かる気がするの・・・」

「色んな意味で敵に回しちゃいけない奴だな」

 御鈴と令がそう言うと、圭梧が苦笑いを浮かべて言った。

「俺も雨谷にとき、誕生日近いんだ?って言われてマジでビビったもん」

「誕生日プレゼント貰ったーって圭梧が包丁を持って帰ってきたときは、本っ当に
 驚いたんだから」

 優花さんが笑顔で言うと、そんなこともあったねと晴樹さんが笑う。

〈雨谷様も狗神様も優しい気がする。〉

 糸繰のメモに、そうかもなと俺は微笑んだ。
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