神と従者

彩茸

文字の大きさ
上 下
106 / 159
第三部

甘え

しおりを挟む
―――その日、糸繰が目を覚ますことはなかった。
次の日眠ったままの糸繰を背負って家に帰ると、御鈴がいつの間にか呼んでいた
狗神が玄関の前に立っていて。
糸繰に起こったことを全て話すと、狗神はそうかと一言呟いて糸繰の頭をそっと
撫でた。

「・・・相当苦しかったんじゃのう」

 ソファに寝かせた糸繰を診ていた狗神が、そう言って犬耳を垂れ下げる。

「糸繰、ちゃんと目を覚ましますよね?」

 そう聞くと、狗神は静かに頷いた。

「改善はしているが、まだ糸繰の治療は終わっておらん。未だ、呪いが完全に解か
 れれば普通に死んでしまう状態じゃ。・・・弱まる程度で済んで良かった、と言う
 べきか。それでも突然体に相当の負荷が掛かった所為で、回復するまでは目を覚ま
 さんじゃろう」

「妾がちゃんと可能性を考えていれば・・・」

 狗神の言葉に御鈴が悲しそうな顔で言う。すると令が御鈴の足元に擦り寄って
 言った。

「誰も予想できなかったよ、あんなこと。御鈴様が悲しんだら、糸繰はもっと悲し
 そうな顔すると思うぞ」

「そう、じゃな・・・」

 部屋の中が静まり返る。柱時計の秒針が嫌に耳に響いていた。

「・・・まあ、ワシができることはやった。回復するまでにどのくらいの時間が
 掛かるかは、糸繰次第じゃろう。ワシは帰るぞ」

 狗神がそう言って部屋の扉に手を掛ける。

「ありがとうございました」

 そう言うと、狗神はひらひらと手を振って部屋から出て行った。



―――それから三日経って、やっと糸繰が目を覚ました。

「糸繰!!」

 目を開けた糸繰に、思わず大きな声が出る。糸繰はゆっくりと俺を見ると、小さく
 息を吐いた。

〈おはよう、蒼汰。どうした?そんな顔して〉

「おはよう、糸繰。三日も寝てたんだぞ、お前」

 起き上がった糸繰が渡してきたメモを見てそう返すと、彼は目を見開く。
 〈そんなに寝てたのか、ごめん。〉と書いたメモを渡してきた糸繰に謝るなと
 言うと、彼は悲しげな顔で俺を見た。

「どうした?」

 そう聞くと、糸繰は俯いてメモにペンを走らせる。

〈役に立ちたいのに、迷惑掛けてばっかりだ。もう、オレはいない方が〉

「糸繰」

 思わず、鋭い声が出る。ビクリと肩を震わせた糸繰が、文字を書く手を止めて
 怯えた顔で俺を見た。

「いない方がなんて絶対に言うな。・・・なあ、どうしたんだ?普段はそんなこと
 言わないだろ」

〈ごめんなさい。〉

 俺の言葉に糸繰はそれだけ返すと、蹲って隠れるように毛布を頭から被る。
 過剰に怯えてしまっているような糸繰に違和感を覚えつつ、震える背中を毛布
 越しにポンポンと撫でた。

「・・・言い方キツかったな、ごめん。糸繰、落ち着いたら何があったか聞かせて
 くれないか?心配なんだ」

 糸繰の背中を優しく撫で続けながら、小さい子に話し掛けるように言う。少しの間
 撫でていると、糸繰がゴソリと動いた。
 相変わらず包まったままの毛布から、スッとメモが差し出される。そこには小さい
 字で、こう書いてあった。

〈夢、見た。怖い夢。〉

「夢?」

〈皆が、オレに要らないって言うんだ。役に立てないなら、要らないって。〉

「・・・詳しく、聞いても良いか?」

 そう言うと、糸繰の体がビクリと揺れる。少ししてからモゾモゾと動いた糸繰は、
 毛布と布団の隙間からチラリと顔を覗かせた。

〈父様も、母様も、主も、御鈴様も、令も、皆オレを見て、役に立てないなら要ら
 ないって言うんだ。地面に座ってたオレは立ちたくても体が動かせなくて。それを
 見ていた狗神様が無理するなって、無理しなくても代わりがいるから大丈夫って
 言って、雨谷様と利斧様がそれに同意してた。・・・それで、我慢できなくなって
 千代に助けてって言おうと思ったら、千代が壊れてて。どうしようもなくて、皆に
 謝ってたら、蒼汰が言ったんだ。謝っても意味ないぞ、お前はいるだけで邪魔なん
 だからって。〉

 差し出されたメモを見て、言葉を失う。そんな夢を見たから、糸繰はあんなことを
 言ったのか。

「糸繰は俺の大切な弟なんだ、家族なんだ。邪魔なんて、俺が思う訳ないだろ」

〈でもオレ、迷惑しか掛けてない。オレ自身のことも、主のことも。それでも、
 邪魔じゃないのか?〉

 渡されたメモの文字は震えていた。糸繰は隙間から俺の様子を伺っているようで、
 彼の灰色の瞳が不安げに揺れる。
 俺は糸繰を安心させたい一心で、はっきりと言った。

「邪魔じゃない。呪いの神の件は俺と御鈴の問題でもあるし、糸繰の体が弱いのは
 別に糸繰の所為じゃない」

 息を吸い込んで、言葉を続ける。

「お前に代わりなんていない!役に立つとか立たないとか関係ないっ!だから、
 頼むから・・・俺の傍にいてくれよ・・・」

 感情が溢れ、涙が込み上げてくる。そんな俺を見ていた糸繰からも、涙が零れた。

〈傍にいたら、甘えてしまう気がする。それでも、蒼汰はオレが傍にいることを
 許してくれるのか?〉

 俺を試すように、糸繰がそう聞いてくる。呪いの神から逃れられないと分かって
 しまったこと、そして夢のことも相まって相当不安なのだろう。

「許すも何も、俺からお願いしてるんだよ。それに・・・甘えてくれるの、実は凄く
 嬉しいんだ。沢山甘やかしてあげていれば、糸繰が俺の傍にずっといてくれる気が
 して。・・・ごめんな、理由が自分勝手で」

 毛布の中に手を突っ込み、糸繰の頭を半ば無理矢理撫でながら言う。
 ・・・もしかしたら、これはただの独占欲なのかもしれない。
 俺自身が満足したいがために、糸繰を利用しているのかもしれない。
 最低な奴だなと思いながらも糸繰の頭を撫で続けていると、糸繰はゴソリと動いて
 俺の手を掴んだ。
 糸繰は俺の手を両手で包むように優しく握ってそっと離す。その時に手の中に押し
 込まれたメモを広げると、紙に落ちた涙の跡と共に、小さく文字が書いてあった。

〈自分勝手は、オレも同じだ。狗神様から、依存って言葉を教えてもらった。
 オレは、蒼汰に依存してるらしい。〉

「依存・・・そっか、きっと一緒だな。俺も、お前に依存してる」

 そう言うと、糸繰は意を決したように毛布から出て袖で涙を拭う。そんな彼の
 表情は、何処か安心したようなものだった。

〈ごめん、変なこと言って。もう大丈夫、ありがとう。〉

「いっぱい甘えて良いんだからな。・・・ほら、おいで」

 渡されたメモを見てそう言った俺は、糸繰に向かって腕を広げる。糸繰は少し
 恥ずかしそうに俯くと、そっと抱き着いてきた。
 抱き返し、頭を撫でる。体の力を抜きされるがままになっている糸繰の頭を撫で
 回していると、部屋の扉が静かに開いた。

「良かった、目を覚ましたんじゃな」

 優しい声音でそう言いながら御鈴が部屋に入ってくると、糸繰は弾かれたように
 俺から離れた。耳まで真っ赤にして俯いている糸繰に御鈴は苦笑いを浮かべると、
 俺を見て首を傾げる。

「蒼汰、泣いておったのか?目が少し腫れておるぞ」

「・・・ほっとけ」

 顔が熱くなるのを感じながら俺も俯くと、御鈴はクスクスと笑った。

「昼食の時間じゃぞ。糸繰の分は今から作るから待っておれ」

〈ありがとうございます。〉

 御鈴の言葉に糸繰はそう返すと、ちらりと俺を見る。俺も視線を糸繰に向けると、
 それを見ていた御鈴は言った。

「食事ができるまで、この部屋で待っておれ。今度はちゃんとノックするからの」

「あ、えっと・・・」

「蒼汰もあまり寝ておらんじゃろう。糸繰と一緒に休んでおれ」

 御鈴はそれだけ言うと、ニッコリと笑って部屋から出て行く。残された俺と糸繰は
 顔を見合わせ、肩を寄せ合うようにして同じ毛布に包まるのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

凡人がおまけ召喚されてしまった件

根鳥 泰造
ファンタジー
 勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。  仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。  それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。  異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。  最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。  だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。  祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。

巻添え召喚されたので、引きこもりスローライフを希望します!

あきづきみなと
ファンタジー
階段から女の子が降ってきた!? 資料を抱えて歩いていた紗江は、階段から飛び下りてきた転校生に巻き込まれて転倒する。気がついたらその彼女と二人、全く知らない場所にいた。 そしてその場にいた人達は、聖女を召喚したのだという。 どちらが『聖女』なのか、と問われる前に転校生の少女が声をあげる。 「私、ガンバる!」 だったら私は帰してもらえない?ダメ? 聖女の扱いを他所に、巻き込まれた紗江が『食』を元に自分の居場所を見つける話。 スローライフまでは到達しなかったよ……。 緩いざまああり。 注意 いわゆる『キラキラネーム』への苦言というか、マイナス感情の描写があります。気にされる方には申し訳ありませんが、作中人物の説明には必要と考えました。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

思わず呆れる婚約破棄

志位斗 茂家波
ファンタジー
ある国のとある夜会、その場にて、その国の王子が婚約破棄を言い渡した。 だがしかし、その内容がずさんというか、あまりにもひどいというか……呆れるしかない。 余りにもひどい内容に、思わず誰もが呆れてしまうのであった。 ……ネタバレのような気がする。しかし、良い紹介分が思いつかなかった。 よくあるざまぁ系婚約破棄物ですが、第3者視点よりお送りいたします。

冷たかった夫が別人のように豹変した

京佳
恋愛
常に無表情で表情を崩さない事で有名な公爵子息ジョゼフと政略結婚で結ばれた妻ケイティ。義務的に初夜を終わらせたジョゼフはその後ケイティに触れる事は無くなった。自分に無関心なジョゼフとの結婚生活に寂しさと不満を感じながらも簡単に離縁出来ないしがらみにケイティは全てを諦めていた。そんなある時、公爵家の裏庭に弱った雄猫が迷い込みケイティはその猫を保護して飼うことにした。 ざまぁ。ゆるゆる設定

【完結】お父様に愛されなかった私を叔父様が連れ出してくれました。~お母様からお父様への最後のラブレター~

山葵
恋愛
「エリミヤ。私の所に来るかい?」 母の弟であるバンス子爵の言葉に私は泣きながら頷いた。 愛人宅に住み屋敷に帰らない父。 生前母は、そんな父と結婚出来て幸せだったと言った。 私には母の言葉が理解出来なかった。

処理中です...