神と従者

彩茸

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第五部

御神酒

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―――ピシャンと音がする。水の上を2、3回飛び跳ねた石が池に沈むと、芽々が
悔しそうな声を上げた。

「勝てないいいぃぃ」

〈選ぶ石の形を変えてみたらどうだ?〉

 頭を抱えた芽々に糸繰がアドバイスをする。

「糸繰くん何であんなに跳ねるの・・・?」

「糸繰がダントツで上手いよなあ」

 芽々の言葉にそう言うと、糸繰は心なしかドヤ顔をする。

〈蒼汰も上手い。石選びも上手。〉

 そう書いたメモを渡してきた糸繰に、照れるなあと頭を掻いた。
 ・・・もう一回、もう一回と石を投げ続ける。令が積んだ石を倒して遊んでいる
 のを横目に、新しい石を探す。

「あ、それボクが積んでた石!」

「えっ、ごめん。代わりの石・・・」

〈これで良いか?〉

 令の積んでいた石を気付かず取ってしまい、代わりの石を探す俺に糸繰がメモと
 共に石を差し出す。

「よく見てるね、糸繰くん」

 そう言った芽々に小さく笑みを浮かべた糸繰は、再び池に向かって石を投げた。
 今度は何回跳ねるだろうと水面を見る。1、2、3、4・・・8、9、10?!

「10回?!!」

 芽々と声が被る。糸繰はとても嬉しそうに笑みを浮かべると、サラサラとペンを
 動かした。

〈蒼汰、10回跳ねた!新記録!〉

「ああ、凄いな!」

 ワイワイと盛り上がる俺達を、嬉しそうに見る芽々。令も俺達を見て尻尾を
 ゆらりと動かすと、呟くように言った。

「楽しそうで良かったよ」



―――暫く遊んでから、御鈴の神事を見るために彼女の元へ戻る。そこには史蛇も
おり、糸繰を見て顔を背けた。

「戻りました!」

「おかえり」

 芽々の言葉にそう言った御鈴は、俺達を見て優しい笑みを浮かべる。
 御鈴の服は去年見たものと同じもので、やはり可愛いというよりも綺麗という
 感想が浮かんできた。

「史蛇さん、糸繰くん良い子だったよ!」

「・・・分かっている。その話題を我に振るな」

 曇りなき目でそう言った芽々に史蛇が嫌そうな顔をする。糸繰は何故史蛇が
 このような態度を取っているのか見当が付いているようで、クスクスと彼女を
 見ながら笑っていた。

「えーっと・・・な、仲良くするんじゃぞ!」

 御鈴が何とも言えない顔でそう言うと、史蛇は渋々といった様子で頷く。

「御鈴様、ボク達に構ってたら神事に遅れるぞ」

 令がそう言うと、御鈴はそうじゃなと言って信者が用意した椅子へと向かって
 歩き出した。
 ・・・御鈴が着席すると、音楽が鳴り始める。奏でられる音楽に合わせて仮面を
 着けた妖が舞うと、俺の隣に座ってそれを見ていた糸繰がメモを差し出してきた。

〈比べるの、本当は良くないんだろうけど。主の神事よりもこっちの方が明るい
 感じがする。〉

「呪いの神の神事って、どんなのだったんだ?」

〈音楽と舞はあった。オレは別室に控えてたから、舞はちゃんと見たことなかった
 けど。それでも、雰囲気はもっと暗い。〉

 俺の問いに糸繰はそう答える。そして、付け加えるようにメモにペンを走らせた。

〈主の神事は、要らない信者を間引く意味合いもあるから。間引かれるのは自分
 なんじゃないかって怯えてる信者は沢山見た。〉

「間引く・・・?それに、別室って何だ。神事が見られないように・・・とか?」

 そう聞くと、糸繰は舞っている妖を見て悲しげな顔をした。そして小さく首を横に
 振ると、メモを書く。

〈主の気に入らない信者は消されてたんだ、ふとしたきっかけで逆らわれると邪魔
 だからって。信者は沢山いるから、一人二人消えたって問題ない。オレは、別室で
 要らない奴を消す役。主が名前を教えてくれるから、言われた通り神通力と妖術を
 使って痛めつけながら殺すだけ。〉

「は・・・?」

〈ちゃんと主の道具として、頑張ってたんだ。妖術も使わなきゃいけないのは苦し
 かったけど、神事が終わった後の主はいつもより少しだけ優しかった。主に供え
 られた料理を少し分けてもらえたりとか、御神酒を飲ませてくれたりとか。
 あとは〉

 そこまで書いた糸繰は、ハッとした顔で俺を見た。
 慌てて〈ごめん、主の話ばっかりして。〉と書かれたメモを差し出してきた
 糸繰に、大丈夫と首を横に振る。

「・・・糸繰は、呪いの神のことをどう思ってたんだ?」

 意地悪なことを聞いたと思う。糸繰は俺を見て固まった後、少し考えてゆっくりと
 メモを書き始めた。

〈今も昔も、怖い。でも主は、呪いの神はオレの親代わりだったから、今でも
 嫌いにはなりきれない。今みたいに嬉しいとか温かいとか殆ど感じなかった
 けど、安心はしてたんだ。お仕置きされるよりも捨てられる方が怖かったし、
 オレにとっては主に従うのが普通だったから。〉

 糸繰はメモに付け加えるように〈答えになってるか?〉と書く。俺が頷いて糸繰の
 頭をそっと撫でると、彼はよく分かっていなさそうな顔をしながらも小さく笑みを
 浮かべた。



―――舞が終わり、御鈴が拍手しながら椅子から立ち上がる。軽く地面を蹴り宙に
浮いた御鈴は、胸の前で祈るように手を合わせながら口を開いた。

『晩春の候、我が役割を果たさん。我が信者に祝福を、我らを脅かしくる者に
 粛清を。舞い散れ桜花、痛みを以って脅威に死を与えたまえ』

 御鈴が手を開き優しく息を吹き掛けた瞬間、ブワッと風が吹く。それと同時に、
 沢山の桜の花びらが宙に舞った。

「今年も綺麗だね~!」

 芽々がそう言ってピョンピョンと跳ねる。

「ああ、綺麗だな」

 そう言いながら舞い落ちてきた桜の花びらを両手で受け止める。糸繰を見ると彼も
 舞い散る桜の花びらを目を輝かせながら眺めており、きっと御鈴も喜ぶだろうな
 なんて考えていた。

「あんちゃん達も飲むかい?」

 後ろからそう声を掛けられ振り向くと、そこには酒瓶を持った妖が立っていた。
 妖は紐に繋がれたいくつもの盃を肩からぶら下げており、そこから盃を一つ取って
 酒を注ぐ。

「御鈴様にお供えした御神酒のおさがりさね。御鈴様がそんなに沢山要らねえって
 言うもんだから、オラ達が有難く頂いてんだ」

 ほれ、飲みな。そう言って妖は俺に盃を渡してくる。

「え、あの・・・」

「従者様が飲みゃあ、皆遠慮せずに飲めるってもんさ。つってもまあ、オラ先に
 飲んじまってるけど!」

 ガハハハッと豪快に笑った妖は、俺をじっと見る。もう成人したし、飲んでも
 良いか・・・と思いながら盃に口を付けると、それが甘口の日本酒であることに
 気付いた。
 辛口は苦手だったけど、これなら飲めそうだ。というか、むしろ・・・。

「美味しいな、これ」

「だろお?御鈴様に供えるために作られた酒だからなあ、味も一級品さね」

 俺の言葉にそう返した妖は、芽々や史蛇、そして糸繰にも盃を差し出す。令も盃を
 差し出されたが、酒は苦手だと断っていた。
 美味しそうに御神酒を飲む史蛇と芽々を見て、糸繰もおずおずと盃に口を付ける。
 酒をコクリと飲み込んだ糸繰は、顔を伏せメモと共に盃を妖へ返した。

〈美味しかった、ありがとう。〉

「おう、良いってことよ!・・・って、あんちゃん?!何処に行くだよ!!」

 突如走り出した糸繰に、妖は慌てて声を掛ける。しかし糸繰は振り向くことなく、
 池があった方向へと消えていった。

「俺、追いかけてくる。令、御鈴が戻ってきたら何か適当に言っといてくれ」

「ええ・・・まあ、良いけど」

 渋々といった様子で頷いた令にありがとうと言い、俺は糸繰を追いかけて駆け
 出した。
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