神と従者

彩茸

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第四部

祟り

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―――目を覚ますと、俺の顔を覗き込む糸繰と目が合った。糸繰は安堵したような
顔を見せると、握っていたらしい俺の手を離す。

「糸繰、おはよう」

〈おはよう、蒼汰。〉

 そんないつもの挨拶を交わし、ぼんやりとする頭で辺りを見渡す。
 ここは・・・俺の家じゃないな。何処だっけ、ここ。
 再び、糸繰と目が合う。眠る前のことを思い出して、俺は糸繰に言った。

「なあ、糸繰。お前が口移しでくれたあれ、美味しかったんだ。おかわりとか、
 ないかな」

 その言葉に、糸繰は目を見開く。何か変なことを言っただろうか?そう思って
 いると、糸繰は少し迷う様子を見せながら自身の袖を捲った。
 ガリッと音を立て、糸繰は手首に噛み付く。そして血を滴らせながら、手首を
 俺の口元へ差し出した。

「え、これ、血・・・」

 戸惑う俺を余所に、糸繰は手首を強引に俺の口へ擦り付ける。何処か儚げな笑みを
 浮かべた糸繰の手首から滴った血が、俺の口の中へと入った。
 ・・・ああ、この味だ。鉄の味で、美味しい・・・。

「あ・・・お、れ・・・」

 気付いた、気付いてしまった。俺は、糸繰の血を、美味しいって、飲んで・・・。

「ごめん。ごめん、糸繰。本当に、ごめん、ごめんなさい・・・!!」

 涙が溢れる。糸繰は慌てたように手首を離すと、袖で俺の涙を拭った。

〈蒼汰が飲みたいなら、いくらでもあげるから。役に立ててるなら、オレはそれで
 良いから。だから、泣かないでくれ。〉

 メモを渡してきた糸繰は、困惑した表情を浮かべていて。

「良くない。俺が、良くないんだよ」

 そう言いながら起き上がろうとするも、体に上手く力が入らない。糸繰に支え
 られて何とか起き上がると、俺は糸繰の手首に手を添えて言った。

「糸繰、本当にごめん。無理しないでくれ。嫌だったら、嫌って言って良いから。
 何でもするから、嫌いにならないで・・・」

 声が震える。涙が止まらない。
 糸繰は少しの間悩む様子を見せると、両手で俺の頬を挟んだ。・・・糸繰の顔が
 近付いてくる。何をされるんだろうと怖くなり目をぎゅっと瞑ると、唇に何かが
 当たった。そのまま、ガリッと音がする。
 頬を挟む感覚が消えたので恐る恐る目を開けると、少しムッとした顔の糸繰が俺を
 見ていた。

「糸繰・・・?」

 首を傾げると、糸繰は自分の下唇を指さす。俺が自分の下唇に手を当てると、
 そこは血で濡れていた。

〈オレの舌、噛んだだろ。それは嫌だったから、仕返し。〉

 そう書いたメモを渡した糸繰は、俺の後ろに回る。そして後ろから手を回し、
 同じメモに更に文字を書いた。

〈これでおあいこ。蒼汰も悪くないし、オレも悪くない。だから、謝らないで。
 泣かないで。〉

 糸繰を見る。糸繰は俺を見て微笑んだ後、優しく俺の頭を撫でた。



―――頭を撫でられると、自然と落ち着くもので。クリアになった頭で、糸繰に今の
状況を聞く。
説明を聞く限り、どうやらここは戌威神社らしい。意識を失った俺を連れて霧ヶ山の
お堂へ戻った天春と糸繰は、そこで待機していた御鈴達と合流した。落魅が狗神に
連絡を取り、駆け付けてきた狗神が俺を診る。状況は深刻だったようで、応急処置を
済ませた後に俺を朧車でここへ運び・・・糸繰が付きっきりで俺の様子を見ていた、
らしい。

〈狗神様が、蒼汰の状況については後でちゃんと説明するって言ってた。蒼汰が
 起きたって伝えたいんだけど・・・オレが離れても平気か?〉

「ああ、大丈夫。色々迷惑掛けてごめんな」

〈オレに謝りすぎだって言ったくせに、お前も人のこと言えないじゃないか。
 気にするな、迷惑とか思ってないから。〉

 俺の言葉に糸繰はそう返すと、静かに部屋を出て行く。ふと気になって服を捲り
 腹を見ると、綺麗に巻かれた包帯が少し赤く染まっていた。

「・・・痛くない。血が出ている感覚もない。・・・・・・あーあ。これ、神通力の
 所為だよなあ・・・」

 そう呟いて、深い溜息を吐く。起きているのが怠くなり寝転がると、近付いてくる
 足音が聞こえた。
 すらりと扉が開かれ、狗神と御鈴が顔を見せる。その後ろから令を抱えた糸繰が
 心配そうな顔でこちらを見ていた。

「馬鹿者」

 御鈴は俺の枕元に座ると、泣きそうな顔で言う。ごめんと謝ると、彼女は俺の手を
 そっと握って口を開いた。

「蒼汰、糸繰にちゃんと礼を言ったか?お主、失血で死ぬところだったんじゃぞ。
 糸繰の咄嗟の機転で何とかなったものの・・・」

「あれも危険なんじゃぞ」

 俺を挟んで御鈴の反対側に座った狗神が言う。彼は俺の頭をそっと撫でると、傍に
 座った糸繰を見て言った。

「確かに、鬼の血には膨大な妖力と力が籠っていると言われておる。それが上手く
 作用すれば、今回のように命を繋ぐことも可能じゃろう。・・・だが、膨大な力は
 身を滅ぼす方向に作用することの方が多い。蒼汰が適合しただけで、
 もしかしたら人の形を留めず死んでいたかもしれんのじゃぞ」

 糸繰は俯き、静かにその言葉を聞いていた。俺はその様子を見て、狗神に言う。

「でも御鈴の言う通り、糸繰が血をくれなかったら俺は死んでいたんですよね?
 だったら、糸繰の行動は正しかったんじゃないんですか」

「・・・それに関しては、ワシの口からは何とも言えん。糸繰がお主をどうしても
 生かしたい一心でやった行動だというのは、ワシも理解しておる。だからこそ、
 危険性は知っておいてほしいんじゃよ」

 暫くの間、同じ事が続くからの。そう言った狗神に、どういうことだろうと思う。
 すると糸繰の膝の上で丸まっていた令が起き上がり、伸びをして言った。

「蒼汰、傷はどうなった?」

「どうって言われても。痛みも分かんねえし、血が出てる感覚も今回の戦闘で
 消しちゃたっぽいし・・・どういう状況なのかさっぱり」

 そう言いながら起き上がろうとすると、糸繰が手を貸してくれる。糸繰に支えて
 もらう形で起き上がり服を捲ると、狗神が悔しそうな顔で言った。

「もう開いたか・・・。厄介じゃのう」

「えっと、俺はどういう状況なんでしょう・・・」

 俺の問いに、狗神は説明していなかったのと言う。コホンと一度咳払いをした
 彼は、俺の腹に手を添えながら口を開いた。

「長くなるから、しっかりと聞いておれよ。・・・お主が今回戦った祟り神。
 サザリじゃったか?奴は神通力を使ってお主の腹を貫いた。祟り神というのは
 厄介での。普通の神とは違い、死してもなお神通力の効果を持続させるものが
 多いんじゃ。糸繰の話だと、お主はサザリに祟り死ねと言われておるのじゃろう?
 死ぬ前の怨念が強ければ強い程、神通力の持続時間も伸びる。貫かれた腹の穴は
 治せど治せど再び開くし、その度に血を流すことになる。格上である神が使用した
 神通力である以上、それこそ・・・穴が開き続けるじゃろうな」

「狗神の神通力じゃ完治しないってことですか・・・?」

「はっきり言わせてもらおう、その通りじゃ。ワシも神としては強い訳じゃない
 からのう。《どっちつかず》だからある程度上の方にはおるが、上には上が
 おるんじゃよ・・・」

 俺の言葉にそう言った狗神は、溜息を吐いて腹から手を離す。

「にゃにか方法はないのか?」

 令がそう聞くと、狗神は微妙な顔で言った。

「あるにはある。ワシの知り合いに、清浄の神がおっての。あ奴の神通力なら祟りを
 消せるじゃろうが・・・ううむ」

「何か問題でもあるのか?」

 御鈴が言う。狗神は犬耳を垂れ下げると、困ったような顔で言った。

「何というか、癖が強くての・・・。ワシが苦手なだけなんじゃが・・・まあ、
 会えば分かるか」
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