神と従者

彩茸

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第三部

反撃

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―――反撃開始。化け物の名前が分かったことにより、糸繰が呪いを掛けられる
ようになった。ただあまり無理はさせたくないので、動きを一瞬止めるなどの本人
曰く比較的妖力の消費が少ない呪いを掛けさせることにした。

「天春、下がれ!」

「うわっ・・・蒼汰、後ろ!!」

 天春と声を掛け合いながら、化け物の攻撃を避ける。化け物の持っている折れた
 槍の先端は変形し、先程と同じドリルのような形になっていた。

「何故だ、何故当たらない・・・」

 悔しそうな化け物の声が聞こえる。視界の端で糸繰が小さく口を動かし、人形に
 針を刺した。
 再び槍を突き出した化け物の動きが一瞬止まる。その一瞬の隙を見逃さず、俺と
 天春は攻撃を仕掛ける。

「駄目だ、避けられる・・・」

 ボソッと天春が呟く。先程から互いの攻撃が当たらないまま、体力だけを消耗して
 いた。

「あっ」

 槍を避けた天春が体勢を崩す。化け物は槍をグルリと回すと、そのまま天春へ
 突き刺そうとした。
 ガンッと音がする。飛び出した糸繰が化け物の腕を蹴り飛ばし、槍の軌道を
 ずらした。

「小癪な!」

 化け物は糸繰を睨みつけると、標的を天春から糸繰へと変える。糸繰へ向かった
 槍を柏木で弾くと、距離を取った糸繰が小さく溜息を吐いた。

「糸繰・・・?」

 何だか嫌な予感がして、糸繰を見る。糸繰はちらりと俺を見ると、一瞬申し訳
 なさそうな顔をして化け物へ視線を向けた。
 糸繰が口を動かす。・・・これは以前糸繰から聞いた話なのだが、妖術を使う際は
 別に声が出なくても問題ないらしい。必要なのは、イメージと言葉を結び付けて
 おくこと。彼の場合は呪いの種類や対象、威力、代償などを指定して妖術を使って
 おり、まるでプログラミングのように言葉と言葉を組み合わせているらしい。
 ・・・まあ、糸繰はプログラミングという言葉を知らなかったようだが。

「お、前。何を、した・・・」

 ギギギ・・・と音を立てながら、動きを止めた化け物が糸繰を見る。糸繰はいつの
 間にか手に持っていた見覚えのない人形に針を刺しながら、ニタリと笑った。
 ・・・ああ、久しぶりに見た。糸繰の笑みを見てそんな感想を抱きながら、柏木を
 構えて一歩ずつ化け物へ近付く。
 糸繰が口を動かした瞬間、化け物が膝を突く。メキョ・・・バキ・・・と音を立て
 ながら少しずつ小さくなっていく化け物に、俺は柏木を振り上げ口を開いた。

『痛みよ、この者に死を与え給え』

 思い切り、柏木を振り下ろす。地面に倒れ伏した化け物は、声にならない声を
 上げていた。

「やめ、やめろ、やめろやめろやめろ・・・祟ってやる、祟り死ね・・・」

 か細い化け物の声が、耳に届く。俺は溜息を吐き、言った。

「何だよ、お前も死なないのか。格上は殺せませんとかいうルールでもあるのか?
 というか、お前格上なのか?」

「・・・従者風情が、よくも・・・。お前の主が、ワタシよりも下・・・それが、
 答えだ。神通力は格上に、効きにくい。お前には、効いた。お前が、格下・・・
 だからだ・・・・・・」

「そうかよ。じゃあ格下に殺されろ、祟り神」

 化け物の言葉にそう言って、何度も何度も柏木を振り下ろす。やがて呻き声さえも
 聞こえなくなった化け物に、糸繰が近付いた。

〈まだ死んでない。〉

 そう書いたメモを俺に見せた糸繰は、化け物の髪であろうものを懐から出した
 ハサミで切る。一番長いものを人形に巻き付けた彼は、小さく口を動かしながら
 人形を口元へと持っていった。

「何をする気なんだ」

 そう聞くと、糸繰は俺を見て微笑む。そして、人形の頭に齧りついた。

「は・・・?」

 ギリギリと歯の音がする。やがてブチッと音を立てて人形の首を噛み切った
 糸繰は、口の中にあった頭を吐き捨てた。
 それと同時に、化け物の首が飛ぶ。黒い何かを吹き出しながら光の粒子となって
 消えていく化け物を、糸繰は冷たい目で見ていた。

「倒したの・・・?」

 天春がそう言いながらフラフラと近付いてくる。傷だらけの彼を見て、相当
 頑張ったんだなと思っていた。

「ねえ、大丈夫?」

 天春が俺を見る。

「大丈夫大丈夫。ほら、さっきの傷も・・・」

 そう言いながら腹に手を当てて、気が付いた。いつもならもう止まっているはずの
 血が、全く止まっていない。
 それどころか、先程よりも槍で開けられた穴が大きくなっている気がする。

「あ、れ・・・?」

 視界が揺れる。力が抜けた俺の体を、糸繰が抱き留めた。
 心なしか、糸繰が焦ったような顔で俺を見ている気がする。声が出ないにも
 かかわらず、必死に口を動かしているようだ。

「糸繰、もっとゆっくり・・・」

 そう言いながら、視界が狭くなっていく。体が重い、動かない。
 あれ、何だか寒いな。体が芯から冷えていくみたいだ。
 寒い、寒いよ、何で・・・寒い、寒い、寒い、助けて。

「・・・た!そ・・・て、ねえ!!」

 何を言っているのか分からないが、天春の声が聞こえる。糸繰が仰向けに寝かせて
 くれたらしい。色褪せていく視界に、空が映る。
 ああ、眠たくなってきた。寒い、寒い、暖かい所で寝たい。寒いよ、なあ、誰か。
 寒い、寒い、怖い。
 周りの音がどんどん遠のいていく。御鈴、糸繰、令・・・何処に居るんだ?俺を、
 独りにしないで・・・。
 ・・・糸繰が、俺の顔を覗き込む。ああ、糸繰は居てくれたんだな。

「いと・・・」

 嬉しくて、笑みが零れる。なのにどうして、糸繰は泣きそうな顔をしているんだ?
 視界がぼやけて、糸繰の姿がちゃんと見えなくなってしまった。ガリッという
 音が、耳に届く。一瞬正常に戻った視界に映ったのは、口から赤い液体を滴らせる
 糸繰の姿。彼の顔が、ゆっくりと近付いてくる。
 唇に伝わる、柔らかい感触。初めてのキスは男とかあ・・・なんて悠長なことを
 考えながら、口の中に流れ込んできた液体を飲み込む。
 それは鉄の味がした。そして、とても・・・

「い、と・・・あり、がと・・・」

 ああ、少し温かくなった気がする。そう思いながら、目を閉じる。
 もう一度、同じ液体が口の中に流れ込んでくる。もう一度、飲み込む。
 これ、何だろう。美味しいな、起きたらまたおかわり貰えるかな。
 舌に柔らかい何かが当たる。美味しいの、そこから出てるのか?
 ・・・眠る前に、もう一度。ちょっと噛んだら、もう少し出るかな?
 再び舌に当たった柔らかいものに、歯を立てる。ゴリッという音と共に口を
 満たした液体は、やはり鉄の味がして。
 やっぱり、美味しいな。そう思いながら、俺は眠りに落ちた。
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