神と従者

彩茸

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第三部

花見

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―――あれから数週間が経った。三年に上がっても変わり映えのない大学生活に、
少しだけ安心する。
糸繰はあの日から自分が生きる理由を考え続けているようで、思案顔で窓の外を
眺めていることが多くなった。
・・・変わったのはそれだけではない。今までは糸繰に何がしたいか、どれが
良いかを聞くと必ず、分からない、蒼汰に任せると返ってきていたのだが。

「糸繰、ずっと考えていても行き詰るだけだぞ。気分転換しよう、何かしたい事とか
 ないか?」

 ある日、朝食後に窓の傍へ行ったっきり数時間全く動いていない糸繰に近付いて
 声を掛ける。糸繰はこちらを見ると、悩む様子を見せた。
 暫く悩んでいるのを優しく見守っていると、糸繰がメモを書いて渡してきた。

〈桜、見に行きたい。四月は霧ヶ山の桜が綺麗に咲くって、狗神様が教えてくれた
 から。〉

「桜か・・・良いな、今日は授業ないし今から行くか」

 俺の言葉に、糸繰は嬉しそうに頷く。すると、話を聞いていたのか御鈴が俺の
 後ろからひょっこりと顔を覗かせた。

「お花見か?!妾も行って良いかの!!」

「元々皆で行く気だったよ。よし、昼食も出先で食べるか!サンドイッチで良い
 かな」

「おむすびも作ってくれ!どちらも食べる!!」

 そんな御鈴と俺の会話を聞いていたのか、令が俺の肩に乗って口を開く。

「おかか入りのおむすびも作ってくれよ」

「分かった。・・・糸繰も、作るの手伝ってくれるか?」

 そう言って糸繰を見ると、彼は優しい笑みを浮かべて頷いた。



―――三人と一匹で、霧ヶ山を登る。周りの妖達がチラチラとこちらを伺うように
視線を向けてくるが、気にせず歩を進める。

「あ、あの辺良いな」

 俺がそう言って指さしたのは、均等に桜の木が並び桜並木のようになっている
 場所。そこへ向かうと数匹の小妖怪や中妖怪達が花見をしていたようで、俺達を
 見て驚いた声を上げ逃げようとした。

「ま、待つのじゃ!逃げなくても良い!」

 御鈴がそう言うと、妖達はピタリと動きを止める。そして震える手で糸繰を指さし
 ながら言った。

「だって、だってよお・・・」

「そこに居るの、大妖怪だよぉ?」

「コワイ、コワイノ」

 それを聞いた糸繰は、困ったような顔で俺の袖をそっと掴む。

「あー、別に心配しなくても大丈夫だぞ?この鬼は・・・ほら、天春の知り合い
 だし」

 令がそう言って妖達に近付く。妖達はその言葉で安心したのか、桜の木の下に
 腰を下ろした。

「鬼の兄ちゃん、ごめんなあ?勝手に怖い奴だって決めつけてよお・・・」

〈気持ちは分かる。気にしないで良い。〉

 謝ってきた狸の妖に糸繰はそう書いたメモを渡す。小さく笑みを浮かべた糸繰に
 狸の妖は安心したような顔で笑った。
 ・・・それから、俺達は妖達の座っている木の隣に生えていた太い幹の桜の木の
 下に座る。レジャーシートを広げサンドイッチやおにぎりの入った籠を開け、
 さあお花見だと笑い合う。

「・・・にしても、ずっと霧が出てるよな。これはこれで、ちょっと違った感じが
 して楽しいけど」

 俺がそう言うと、そうじゃなと御鈴が同意するように言う。

「確か年中霧が立ち込めてるから、霧ヶ山って名前なんじゃなかったっけ?天春が
 そう言ってた気がする」

 令が猫用に作った塩分少なめのおにぎりに齧りつきながら言うと、糸繰が頷いて
 メモを差し出してきた。

〈令が言ってるので正しいと思う。落魅も同じこと言ってたし。〉

 そうなのかと頷いていると、ビュオッと強い風が吹く。何だ何だと思っていると、
 妖達の声が聞こえた。

「天春くんだ!!」

「コンニチハ、コンニチハ!」

「天春さんもぉ、お花見?」

 妖達の方を見ると、そこにはニコニコと笑みを浮かべながら立っている天春の
 姿が。

「そうそう、友達とお花見しようと思って!」

 そう言った天春の懐から、黒猫がピョコッと顔を出す。すると、狸の妖が言った。

「あ!猫又の姉ちゃん!」

 ストッと華麗に着地した黒猫の尻尾は二又に分かれていて。令以外の猫又は初めて
 見たな・・・なんて思っていた。

「綺麗だ・・・」

 ボソッと、令の呟く声が聞こえる。それが聞こえたのか、黒猫は令に近付いて口を
 開いた。

「あら、ごきげんよう。見ない顔ね?」

「にゃっ・・・は、初めまして。ボクは令、君は・・・」

 上ずった声の令に、御鈴が笑いを堪え切れず吹き出す。

「赤芽よ。よろしく」

 そう言った黒猫・・・赤芽に、天春が近付いて言った。

「赤芽、モテるんだね~。そんなイメージなかったけど」

「それは静也と晴樹の所為でしょ。あの二人が・・・いえ、天春もそうね。あんた
 達が一緒にいると、声を掛けるに掛けられないのよ」

「えー、そうかなあ。でもさ?人間に化けた時、静も晴も何も言わないじゃん。
 可愛いとか、綺麗とか全く」

「あいつらは昔からの付き合いだし、友達じゃない。他の人間には何度か言い寄ら
 れてるわよ。しかもあの二人・・・特に静也は昔、人間を避けてたでしょ。多感な
 時期に恋愛感情を置いてきた奴なんて、外見じゃ騙されてくれないのよ」

「もしかして今、自分は性格悪いです~って自白した?」

「うるさいわね!!」

 俺達そっちのけでそんな会話を繰り広げていた天春と赤芽は、あ。と俺達を見る。

「ごめんごめん、久しぶり!ほら赤芽、前に僕が話した神様達だよ」

「ああ、そうなの。・・・初めまして、猫又の赤芽よ」

 天春の言葉に赤芽はそう言うと、ペコリと頭を下げる。こちらも頭を下げると、
 天春が言った。

「君達もお花見?」

「そうじゃ。糸繰が桜を見に行きたいと言っての」

 御鈴がそう言うと、そうなんだ~と天春は糸繰を見る。そして、少し首を傾げて
 言った。

「糸繰、雰囲気変わった?前に会ったときは、もうちょっと暗い感じがしてたん
 だけど」

 その言葉に、糸繰はきょとんとした顔をする。少し考える素振りを見せた後、
 糸繰は懐からメモ帳と万年筆を取り出した。
 サラサラと文字を書き、メモを天春に渡す。それを読んだ天春は、優しい笑みを
 浮かべて口を開いた。

「そっか。じゃあ沢山考えて、生きる理由見つけなきゃだね」

〈天春の生きる理由は?〉

 そう書いたメモを、糸繰は遠慮がちに天春へ差し出す。天春は少し悩んだ後、
 ニッコリと笑って言った。

「僕が生きる理由はね・・・霧ヶ山の皆や大切な家族を、この手で守りたいから
 かな」

 まあ、僕そこまで強くないけど!そう言って苦笑いを浮かべた天春に、赤芽は
 溜息を吐く。

「天春、年々強くなってるでしょ。もう天狗さんと同じくらい強くなったんじゃ
 ないの?」

「どうだろうね~?お父さんと勝負してないから分かんないや!」

 赤芽の言葉にそう返した天春。その様子を見ていた妖達の中の誰かが、ボソリと
 言った。

「・・・今の天狗さんよりも、絶対強いと思うけどなあ」
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