神と従者

彩茸

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第二部

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―――何故こんな時間にここに来たのかと利斧に尋ねると、暇だったから御鈴の
生まれ故郷でも見に行こうかとのんびり歩いて来たのだと言われた。
部屋に戻ると御鈴はぐっすりと眠っていたのだが、令は何故か起きていて。折角
だから利斧も一緒に寝ようという令の提案で、利斧が御鈴の隣で寝ることになった。

「こうして見ると、大きくなりましたね」

 横になり御鈴の頭をそっと撫でながら、感慨深そうに利斧は言う。

「御鈴様の親みたいなもの、だっけ?」

 令が言うと、そうなのでしょうねと利斧は微笑む。そしてクスリと笑うと、御鈴を
 起こさないようにか小さな声で言った。

「御鈴は信者の願いから生まれた、言わば親など存在しない神です。他の神が
 親代わりだなんて、変な話なんですけどね」

 その言葉に反応したのは、意外にも糸繰だった。彼はメモ帳と万年筆を取り
 出すと、サラサラとメモを書いて利斧に渡す。
 それを読んだ利斧はクスクスと笑い、メモを俺に渡しながら言った。

「確かに、蒼汰の言う通り彼は純粋なようだ」

 メモを見る。そこには、糸繰のいつもの字でこう書かれていた。

〈別に変じゃないと思います。オレにとっての主が親代わりなのと同じ様に、
 御鈴様にとっての貴方が親代わりでも良いんじゃないですか。〉

「親・・・そっか、幼い糸繰を拾って育てたんだもんな」

 そう呟きながら糸繰を見る。
 コクリと頷いた糸繰は、〈結局、主にも捨てられちゃったけど。〉と書いたメモを
 自嘲気味な笑みを浮かべながら渡してきた。
 ・・・よくよく考えたら、親に二回も捨てられていることになるのか。そう思い
 ながら、糸繰に両腕を伸ばす。きょとんとした顔の糸繰をそっと抱きしめた俺は、
 そのまま彼と共に横になった。

「糸繰にさ、言わなきゃと思ってたことがあるんだ」

 俺の言葉に、糸繰は何だと言いたげな顔をする。俺は糸繰の頭を優しく、優しく
 撫でながら口を開いた。

「約束、してほしいんだ。・・・俺も約束守るから、それまでは呪いが解けたと
 してもずっと生きていてくれ。死んだり、しないでくれ」

 糸繰は嬉しそうに微笑むと、横になったままメモにペンを走らせる。

〈命令って言わないの、蒼汰らしいな〉

 そう書いたメモを渡してきた糸繰は、頭を撫でていた俺の手をそっと掴む。そして
 自身の首元へ持っていき、ゆっくり、ゆっくりと口を動かした。

 やくそく

 そう言っているような気がして、俺は頷く。
 糸繰は光の灯った目で、笑みを浮かべたまま力強く頷いた。



―――次の日。目を覚ますと、糸繰を抱きしめたまま寝落ちていたことに気付いた。
腕の中で安心したようにスヤスヤと眠っている糸繰の頭をそっと撫でる。

「おはよう、蒼汰」

 御鈴の声が聞こえ顔だけ動かすと、俺を覗き込む彼女と目が合った。

「利斧から聞いたぞ。糸繰が何度も吐いていたこと、ずっと妾に隠しておった
 じゃろう」

「・・・糸繰が、心配掛けたくないって言ってたから。黙ってたのは悪かったよ」

 御鈴の言葉にそう言うと、溜息を吐かれる。そして困ったように笑みを浮かべた
 御鈴は、俺の頭を優しく撫でて言った。

「蒼汰は優しいの。・・・だが、隠されると妾は心配になる。後で糸繰にも言うが、
 たまには妾のことも頼ってくれ」

 安心するな・・・なんて思いながら、大人しく頭を撫でられ続ける。少しすると、
 御鈴の更に上から利斧が覗き込んできた。

「一度、狗神に診せてみるという手もあるのでは?確か彼は治癒と殺生の神だった
 でしょう」

 利斧の言葉にハッとする。そうか、その手があった。

「御鈴、蒼汰と糸繰を借りても良いですか?それとも、貴女もついて来ます?」

 そう言って利斧は御鈴の頭に手を乗せる。御鈴は俺の頭を撫でる手を止め利斧を
 見ると、首を横に振って言った。

「すまぬが、頼んでも良いか?妾は少しやらねばいけぬことがあってな」

「ボクも付いて行って良いか?にゃんか・・・二人だけにするのは心配だ」

 令がそう言って俺の上にのしのしと乗ってくる。
 重いぞと言いながら体勢を変えると、糸繰が目を覚ました。
 ボーっとした様子の糸繰は辺りを見回すとのそりと起き上がる。
 俺も起き上がると、〈おはよう。〉と書かれたメモを渡した糸繰は小さく欠伸を
 した。

「おはよう、よく眠れたか?」

 御鈴がそう言うと、糸繰はコクリと頷く。そして利斧に視線を向けると、怖いのか
 俺の服をキュッと握った。

「糸繰、大丈夫だよ。利斧は手を出さないって言ってくれたし」

 俺の言葉に利斧は同意するように頷き、口を開く。

「私、嘘は吐きませんよ。まあ、貴方が御鈴を傷付けるようであれば容赦はしま
 せんが」

 そう言ってニッコリと笑った利斧から尋常ではない圧を感じ、冷汗が流れる。
 どうやら糸繰も同じだったようで、ヒュッと息を吐いこむ音が聞こえた。
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