神と従者

彩茸

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第四部

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―――言い忘れていた、と落魅に包帯のお礼を言う。糸繰は最初の時点で伝えていた
らしく、〈忘れるなよ。〉と書いたメモを呆れた顔で差し出してきた。

「それにしても、敵が家族になる展開って他の所でもあるものなんだね」

 雑談をしているうちに俺と糸繰の関係についての話題になり、天春がそう発言
 する。

「そうなのか?」

 令がそう言って天春を見ると、彼は頷いてのっぺらぼうと落魅を見る。

「この二人、元は敵だったんだよ。のっぺらぼうは自業自得だけど、落魅はちょっと
 思うところがあるんだよね」

「自業自得って言うナ」

 天春の言葉にのっぺらぼうが不機嫌そうに言う。それを無視するように天春は
 落魅の隣に座ると、彼の頭を優しく撫でながら言った。

「落魅、自分を育ててくれた妖が大妖怪に殺されたのをきっかけに、妖の頂点に
 立って弱い妖を守ってやろうって行動してたんだって。まあ結局は晴を力で
 支配してたのが災いして、静と晴に負けたんだけど。・・・でも子供なのに
 そこまでするって、妖にしてもよっぽどのことなんだよね。あの頃は僕もまだ
 子供だったけど、大人になって霧ヶ山の主を継いでから分かることが多くてさ」

 僕には、絶対真似できない。そう言った天春に、大人しく頭を撫でられていた
 落魅が言った。

「・・・勝手にベラベラ喋らないでくだせえ」

 イラついているものとは少し違う、何処か悲しさを含んだ声。

「ごめんごめん。・・・ま、今はこうして可愛い弟になってくれたからオッケーって
 ことで!」

「あんたが勝手に弟ってことにしてるだけだろうが。あっしは天春の弟じゃ・・・」

「えー?それにしては、満更でもなさそうだけど」

 重たくなっていた空気を変えるように明るく言った天春に対し、落魅も合わせる
 ように呆れたような声で言う。それに対し綺麗な切り返しをした天春に、落魅は
 何も言えず面白くなさそうな顔をする。
 仲良いんだろうな・・・なんて思っていると、俺の服を糸繰がクイクイと引っ
 張った。

「糸繰?」

 そう言いながら糸繰を見ると、彼は天春と落魅をちらりと見てメモを差し出して
 くる。

〈蒼汰とオレだったら、どっちが兄になるんだろうな。〉

「年齢的にはお前の方が上だろ」

 メモに対しそう答えると、天春が興味津々な顔で何の話してるのー?と糸繰の
 メモを覗き込んできた。
 メモを読み、天春は思案する。そして落魅を手招きすると、どう思う?とメモを
 指さした。

「いや、知りやせんよ・・・。人間と妖なんだから、どちらかに基準を合せれば
 良いじゃないですかい」

「それがさ、換算したら同い年なんだよ。誕生日で考えると俺の方が早いけど」

 落魅の言葉にそう答えると、御鈴と令もメモを覗きに近寄ってくる。糸繰の
 メモを中心に輪になるような形で議論する俺達を、離れた所からのっぺらぼうが
 見ていた。

「のっぺらぼうは、蒼汰と糸繰どっちがお兄ちゃんだと思う?」

 そう天春に話を振られ、面倒臭そうな雰囲気を纏いながらのっぺらぼうもやって
 くる。
 ・・・ワイワイと議論した結果、誕生日や精神年齢的にも俺が兄だろうという
 ことで決着がついたのだった。



―――すっかり仲良くなった霧ヶ山のお堂の面々と俺達は、連絡先を交換して別れを
告げる。天春は行きよりも丁寧に妖術を使ってくれたらしく、糸繰も酔うことなく
家に着いた。
黒い翼を広げ空へと飛び立っていった天春を見送り、家の中へ入る。リビングへ
行くと、各々が定位置へと向かった。

「楽しかったの!」

「良い奴らだったよな」

 御鈴と令が、ソファの上に寝転がって言う。

「連絡先も交換できたし、また遊びに来いって言ってもらえてよかったよ」

 椅子に腰かけて俺が言うと、部屋の隅で座り込んだ糸繰が同意するように頷く。

「・・・何でお前はいっつも隅に居るんだ」

 糸繰に向かって言う。すると彼はメモにペンを走らせ、立ち上がって俺の所へ
 やってきた。

〈隅の方が落ち着く。皆の姿が見えるし、居ても邪魔だって怒られないから。〉

 そう書かれたメモを渡して去ろうとする糸繰の腕を咄嗟に掴む。振り返り首を
 傾げた彼を引っ張り、半ば強引に隣の椅子へ座らせた。

「邪魔じゃないけど、隅に居られるとこっちが落ち着かないんだよ。場所なんて
 遠慮するなって」

〈主と暮らしてた頃からの癖なんだ。でも蒼汰が嫌なら、頑張って治す。〉

 俺の言葉に、糸繰はそう返してくる。
 どう言えばこの気持ちが伝わるんだろうか。そんなことを考えながら、そっと
 糸繰の頭に手を乗せた。

「・・・糸繰。お前は、怒られて捨てられるのが怖いのか?それとも、怒られること
 自体が怖いのか?」

 手を乗せたまま、糸繰に問う。ビクッと体を震わせた彼は、怯えた目で俺を見て
 きた。
 返答次第では捨てられる。そう思っているんだろうかなんて考えながら、正直に
 教えてくれと言ってみる。
 暫く悩んだ様子の糸繰は、ゆっくりとメモを書き始めた。

〈どっちも怖いんだと思う。捨てられるのも嫌だし、お仕置きは苦しいから嫌だ。〉

 そう書かれたメモを渡され、怒られるとお仕置きをされると体に刻み込まれて
 そうだ・・・と思う。すると、更にメモを渡された。

〈よくよく考えてみたら、捨てられたら蒼汰が殺してくれるもんな。じゃあ、捨て
 られるのはあまり怖くないかも。〉

 他の奴には見せるなと言いたげな顔でそのメモを俺の両手に包み込ませた彼は、
 仲間になった頃と同じ暗い目で俺を見つめていた。

「約束、したもんな。ちゃんと守るよ」

 そう言うと、糸繰はいつもの少しだけ光の灯った目に戻り、嬉しそうに笑みを
 浮かべる。

「にゃんか約束したのか?」

 令がソファーから降り、そう言いながら近付いてくる。

〈兄弟の約束。だから、令には秘密。〉

 糸繰はそう書いたメモを令に見せ、クスリと笑った。
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