神と従者

彩茸

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第三部

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―――朝になり、目を覚ます。起き上がり糸繰を寝かせた布団を見ると、そこに
糸繰の姿はなく。何処に行ったんだと辺りを見回すと、部屋の隅で小さく蹲って
眠る糸繰の姿が目に入った。

「何でわざわざ隅に・・・」

 そう呟きながら糸繰に近付く。名前を呼びながら糸繰を揺することにデジャヴを
 感じていると、彼はすぐに目を覚ました。

「おはよう」

 そう言うと、体を起こした糸繰はすぐに懐から万年筆とメモ帳を取り出す。

〈おはよう、今日は何をすれば良い?〉

 メモを渡してきた糸繰が、暗い目で俺をじっと見る。俺は溜息を吐くと、口を
 開いた。

「お前、仮面の男にも毎日何すれば良いのか聞いてたのか?」

 俺の言葉に糸繰はコクリと頷く。

「毎日絶対何かをしなきゃいけない訳じゃない。お前は何がしたいんだ?」

 そう聞くと、糸繰の表情が強張った。何かまずいことでも言ったかと思って
 いると、糸繰はサラサラとペンを動かしメモを渡してくる。

〈何がしたいのかは分からない。そういうことを考えるのは苦手なんだ。〉

「命令がない日は何してたんだ?」

〈妖術に使うための人形を作ったりとか。〉

 俺の言葉にそう返した糸繰は、ハッと何かに気付いた様子でメモを書く。

〈もしかして、蒼汰には呪い殺したい相手がいないのか?〉

「・・・え、逆にいるものなのか?」

 糸繰の言葉にそう返す。すると彼は驚いた顔をした後、嬉しそうに微笑んだ。

〈じゃあ、無理に妖術使わなくても良いのか。蒼汰は優しいな、ありがとう。〉

 まさかありがとうなんて言われるとは思わず、俺は驚いて硬直する。
 糸繰がきょとんとした顔で首を傾げてくるので、ブンブンと首を横に振った。

「もしかして、本当は妖術使いたくなかったり・・・?」

 そう聞くと、糸繰は躊躇う様子を見せた後コクリと小さく頷く。
 理由を聞いても?と言った俺に、糸繰は頷いてメモにペンを走らせた。

〈多分先にオレが使う妖術の説明をしなきゃいけない。昨日も言ったけど、オレの
 妖術は名前さえ分かれば妖、人間、神様も関係なく呪うことができる。媒介として
 人形が必要なんだけど、その話は蒼汰が聞きたかったら後で教える。それで妖術を
 使う時、妖は妖力を使うんだけど。妖力を使い過ぎたらどうなるか知ってるか?〉

「あー・・・前に御鈴が、消耗したら体にも影響があるって言ってた気がする」

 渡されたメモを見てそう答えると、糸繰は頷いて続きを書き始める。

〈オレが妖術で使う妖力の量は他の妖よりも多いんだって、主の信者から教わった。
 それに、呪いをかけると少なからず反動があるんだ。だからその分早く体に影響が
 出るし、オレの体が元々強くないってこともあってすぐに血を吐く。小さい頃から
 無理をするとすぐに吐いてたから慣れてはいるけど、それでも苦しいものは苦しい
 んだ。だから・・・あまり使いたくない。〉

 暗い顔で俯きがちにそう書かれたメモを渡してきた糸繰は、
 〈でも命令なら使うから。嫌とか、言わないから。〉
 と書いたメモを慌てて渡してくる。

「そっか・・・うん、分かった。教えてくれてありがとう」

 こいつも苦労してるんだな・・・なんて思いながら、そう言って糸繰の頭を
 ポンポンと撫でる。糸繰は不安げな顔をしていたが、俺がそれ以上何も言わ
 ないでいると安心したような顔で微笑んだ。



―――朝食の時間までまだまだあったので、糸繰と会話をする。どうやら説明する
なら詳しく話せと御鈴に言われたらしく、糸繰は俺の問いに一つ一つ丁寧に答えて
いた。
会話をするうちに、糸繰の常識が俺とズレていることに気付く。妖だからという
より、前の主である仮面の男にそう教育されていたらしい。
思い切って、いつ親に捨てられたのか、そしていつ仮面の男に拾われたのかを聞いて
みる。すると糸繰は、少し悲しそうな顔をしながら答えてくれた。

〈親に捨てられたのは、7歳になる前。まだ小さかったから、顔もあまり覚えて
 ない。主に拾われたのは、それから五年後くらいだったかも。〉

「そういや糸繰って何歳なんだ?」

〈確か、今年で100歳。人間に当てはめると、20歳かな。〉

 渡されたメモを見て、一瞬思考が停止する。人間と鬼という種族の違いはあれど、
 換算すると俺と糸繰は同い年だった・・・??

「お前、もうちょっと幼いもんだと・・・」

〈人間はどうか知らないが、妖は実年齢と精神年齢、あと見た目は別に比例
 しないぞ?〉

 きょとんとした顔の糸繰は、メモを渡すとハッと気付いた顔をする。

〈もしかしてオレ、蒼汰にガキだって言われた?〉

 少しムスッとした顔でメモを渡してきた糸繰に、ごめんて・・・と謝る。
 〈別に良いけど。〉と書かれたメモを俺に渡した糸繰は、ふとお腹を押さえた。

「どうした、腹減ったのか?」

 そう聞くと、糸繰は小さく首を横に振る。

〈大丈夫、気にするな。〉

「いや、そう言われると気になるだろ」

 渡されたメモを見てそう言うと、糸繰は躊躇いがちにペンを動かす。お腹を押さえ
 ながら渡してきたメモを見ると、そこには小さな文字でこう書かれていた。

〈腹が痛い。昨日から、ずっと。〉

「昨日って・・・具体的には?」

〈主に捨てられて、神通力が使えなくなってから。〉

 俺の問いに糸繰はそう答える。
 そういえば、仮面の男が糸繰に対して契りがどうとか器がどうとか言っていた気が
 する。ありきたりな予想だが、主従契約の破棄によって神の力が没収されたって
 感じか?
 ・・・って、そうじゃなくて。

「もしかして、夕飯の準備の時に御鈴が糸繰を心配してたのって・・・」

 そう呟くと、糸繰は小さく頷いてメモにペンを走らせる。

〈流石痛みを司る神様だよな、御鈴様には気付かれてたよ。オレが言うことを
 躊躇っているのを察して、黙っててくれてたけど。〉

「躊躇う必要なんか・・・」

〈怖いだろ、言ったら捨てられるかもしれないのに。〉

 俺が言い切る前に糸繰はメモをずいっと差し出してくる。糸繰の顔を見ると、
 彼の瞳は不安そうに揺れていた。

「・・・捨てないから、そういうのは早く言ってくれ。俺だって、お前に無理させる
 つもりで手伝いをさせた訳じゃないんだ」

 俺はそう言って、溜息を吐く。そして糸繰の腹に手を当て、消えよと呟いた。
 糸繰は驚いた顔をした後、俺をじっと見る。首を傾げると、糸繰はメモを書いて
 渡してきた。

〈今、何したんだ?痛くなくなった。〉

「何って・・・神通力使っただけだけど」

 糸繰の問いにそう答えると、糸繰は何かを察した様子で俯く。

「あ、声・・・?」

 もしやと思いそう言うと、糸繰は頷いた。

〈前まで聞こえてたのに、聞こえなくなってる。〉

 メモを見て、自分の予想が当たっていたことに気付いた。
 神通力を使う際には、神の力を持つ者以外には聞こえない声を使う。そう御鈴に
 教わったが、神の力を剥奪された者も例外ではないらしい。

「そういえば、糸繰は神の力を貰って体が変質したりしなかったのか?」

 俺の目みたいに。そう聞くと、糸繰は首を横に振る。

〈変質したりする程、力を渡されている訳がないだろ。御鈴様じゃあるまいし、
 その辺のコントロールはちゃんとできるお方だった。〉

「・・・御鈴のこと馬鹿にしたか?今」

 そう言うと、糸繰はスッと目を逸らす。

〈神様は偉いんだって習った。馬鹿には、してない。〉

「絶対嘘だろ」

〈偉いって習ったのは嘘じゃない。〉

「習ったの、って言ったな?」

〈・・・意地悪だな、お前。〉

 ジト目を向けてくる糸繰。どうやらそれ以上否定する気はないらしい。

「信者がそんなんで良いのかよ・・・」

「それを言ったら、従者がそれで良いのかと言われるぞ?」

 扉を開く音と共に、御鈴がそう言いながら入ってくる。
 俺達を見ておはようと優しい笑みを向ける御鈴におはようと返すと、糸繰も
 〈おはようございます。〉と書かれたメモを御鈴に差し出した。

「蒼汰ー、ご飯まだか?」

 そう言いながら令もトコトコと部屋に入ってきたので、時計を見る。
 かなり話し込んでいたのか、いつも朝食を食べている時間を過ぎていた。

「あー、ごめん。今から作る」

 そう言って立ち上がると、糸繰もそれに続くように立ち上がる。

「朝食出来たら呼びに来るから、それまで休んどけよ」

 糸繰に向けてそう言うと、彼は首を横に振ってメモを差し出してきた。

〈蒼汰が消してくれたから、もう腹も痛くないし。動けるから、手伝わせてくれ。〉

「まあ、別に良いけど・・・」

 そんな会話をしつつ、俺と糸繰は一緒に部屋を出る。

「仲良くなったようで何よりじゃ」

 後ろから、そう言って笑う御鈴の声が聞こえた。
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