神と従者

彩茸

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第三部

野菜

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―――台所に向かおうとリビングへ入ると、ソファに座って令を撫でていた御鈴が
顔を上げる。

「起きたか!」

 嬉しそうな声でそう言った御鈴は、傍らの糸繰を見て優しく笑った。

「そうじゃ糸繰、妾の自己紹介をしておらんかったの。妾は・・・」

「ちょ、ちょっと待て!」

 堂々と名乗りそうな御鈴に割り込むようにして俺は声を上げる。御鈴は何が
 言いたいのか察したようで、構わぬ!と笑って口を開いた。

「妾の名は、御鈴。知っておるかもしれぬが、痛みを司る神じゃ」

 御鈴の言葉に、糸繰は心底驚いたような顔をする。そしてメモにペンを走ら
 せると、御鈴と目線を合わせるように屈んでメモを手渡した。

〈名前を教えてもらえるとは思っていませんでした。糸繰です、よろしくお願い
 します。〉

 メモを見て、改めてよろしく頼むぞ!と御鈴が笑みを浮かべる。

「御鈴様、本当に教えて良かったのか・・・?」

 そう令が言うと、糸繰も同意するようにコクコクと頷いた。御鈴は信頼の証という
 やつじゃ!とニッコリ笑う。

「そういえば糸繰。あの仮面の男、何て名前なんだ?」

〈主の名前は知らない。拾われた時に、主と呼べって教わった。〉

 俺の疑問に糸繰はそう答える。そして補足するように、メモにペンを走らせた。

〈オレの妖術は、名前さえ分かれば妖、人間、神様も関係なく呪えるんだ。主は
 それを知っててオレを従者にしたから、最初から名前を教える気はなかったん
 だと思う。〉

「名前さえ分かれば呪えるとか、にゃんかズルいな・・・。まるで神みたいだ」

 俺の肩に乗ってメモを覗き込んだ令が言う。
 糸繰は〈そんな良いものじゃない。〉と書いたメモを令に見せ、暗い目のまま
 困ったように笑みを浮かべた。

「そうじゃ蒼汰、夕飯のことなんじゃが・・・」

 御鈴が俺を見て言う。何だ?と首を傾げると、御鈴は台所の方を指さしながら
 苦笑いを浮かべて言った。

「実は色々と野菜を貰ってしまっての、それを使った料理を作ってほしいのじゃ。
 妾の手には余る・・・」

「野菜?誰に貰ったんだ」

 そう言うと、御鈴は天春にじゃ!と答える。訳が分からず首を傾げると、令が
 言った。

「蒼汰と糸繰が気絶した後、また天春に会ったんだ。ほら、天春って霧ヶ山の主
 だって話だったろ?二人を手当てしてくれるって言うから、天春の住処に
 行ってさ。そこで霧ヶ山の妖達が貢ぎ物として持って来た大量の野菜をおすそ分け
 されたんだよ」

 令の言葉に手当てしてくれたのは天春なのかと思うと同時に、貢ぎ物なんて制度が
 あるのか・・・なんて思う。

「まあ、実際に包帯を巻いたのは天春ではなく弟?の方だったのじゃが」

「天春、包帯巻くの下手だって怒られてたよな・・・」

 御鈴と令が苦笑いを浮かべながら話す。
 俺は天春じゃないんかい!と思わずツッコミを入れそうになったが、へー・・・と
 言う程度に留めておいた。

〈お礼、言わないと。〉

 糸繰がそう書いたメモを俺に渡してくる。

「また会うことがあったらな・・・」

 メモを見てそう言うと、糸繰は小さくコクリと頷いた。



―――野菜を消費するため、野菜たっぷりのスープを作る。糸繰が物珍しそうな顔で
見てくるので食べたことがないのかと聞くと、小さく頷かれた。

「器、そこの棚の三段目に入ってるから。白いやつな」

 俺がそう言うと、糸繰は頷いて食器棚から器を取り出す。先程から言ったことを
 従順にこなしている糸繰を見て変な気分になっていたが、器を俺の横に置きながら
 首を傾げる糸繰に対して何も言えず目を逸らした。

「糸繰、辛かったら無理しなくて良いからの?」

 御鈴がそう言いながら台所へやってくる。フルフルと首を横に振る糸繰を心配
 そうに見る御鈴に、俺はボソリと言った。

「何だよ、糸繰ばっかり・・・」

「にゃんだ蒼汰、嫉妬か?」

 いつの間にか足元に来ていた令が言う。

「・・・別に、そういうのじゃない」

 俺がそう言うと、御鈴が後ろから抱き着いてきた。

「蒼汰、お主は後で説教じゃからな。包み隠さず話してもらうぞ」

 御鈴はそう言った後、抱き着く腕に力を込める。

「はいはい、仰せのままに」

 そう言いつつも、別に悪い事はしてないだろ・・・なんて思いながら俺はコンロの
 火を止めるのだった。



―――御鈴と令が糸繰を質問攻めし、糸繰が必死に筆談でそれに答える様子を皿を
洗いながら眺める。
最初は真面目に質疑応答を行っていたようだったが、段々とただの雑談になって
いった。視線を感じて顔を上げると、糸繰の暗い目が俺を見つめていて。慌てて
目を逸らす糸繰に、何なんだと思いながら泡を洗い流す。
皿を洗い終わって俺も話に参加すると、糸繰が少し嬉しそうな顔をした気がした。

「よし、今日はここらでお開きじゃ!妾は寝る!!」

 ・・・夜も更ける頃。満足したのか、御鈴がそう言って立ち上がる。

「蒼汰が何故使を使えたかは分からぬままだが、人間だから派生の
 力も生み出せたと考えるのが一番しっくりきたの」

「人間だからって理由で、神通力が使えるようになるとは
 思えないんだが・・・」

「まあ理屈がどうであれ、痛みを感じなくなったのは事実だろ?ボクはそれで良いと
 思うけどなあ」

 御鈴と俺、そして令が話している間、糸繰は静かにその様子を見ていた。時折腹に
 手を当てていたので、夕飯足りなかったのか・・・?なんて考える。

「そうじゃ、糸繰は何処で寝る?蒼汰の両親の部屋にはベッドが二つあるから、一つ
 使うかの?」

 御鈴がそう言って糸繰を見ると、糸繰は首を横に振ってメモにペンを走らせた。

〈お気になさらず。オレは寝やすい所を見つけて勝手に寝るので。〉

 そう書かれたメモを渡された御鈴は、少しムスッとした顔をする。そして俺を
 見ると、糸繰をビシッと指さしながら言った。

「蒼汰、お主の部屋で寝かせてやれ。押し入れの中に布団もあったじゃろう」

「まあ、あるけど・・・」

 俺はそう言いながら、ちらりと糸繰を見る。糸繰は腹に手を当てて俺を見ながら、
 申し訳なさそうな顔をしていた。
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