神と従者

彩茸

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第二部

メモ

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―――その後の記憶は曖昧だ。突然糸が切れたように倒れ込んできた糸繰を受け
止めた時、俺と同じ身長なのにも関わらずやけに軽くて驚いたことは覚えている。

「ん・・・」

 目を覚ます。周りを見るとどうやらここは俺の部屋で、体中に包帯が巻かれている
 ことに気付いた。
 少し気になって、自分の頬を思いっ切り引っ張る。全く痛みを感じず、本当に
 痛みの感覚が消えたのか・・・なんて思う。
 ふと、視界の端に何かが映った。そちらを見ると、部屋の隅で小さく蹲っている
 糸繰が居た。

「糸繰」

 名前を呼びながら、自分の体を起こす。一切の反応が無い糸繰に近寄ると、彼は
 疲れ切った顔でスヤスヤと眠っていた。

「おい、糸繰」

 そう言いながら、糸繰を揺する。彼の着ている着物の隙間から見える腕や足には、
 俺と同じくしっかりと包帯が巻きつけてあった。
 誰が巻いてくれたんだろう・・・なんて考えていると、糸繰が目を開けた。
 暗い瞳の中に俺の姿を映した糸繰は、ゆっくりと起き上がって口を開く。

「・・・・・・」

 やはり声が出ないらしく、糸繰は喉に手を当て俯く。そしてちらりと俺を見ると、
 自らの腕に爪を立てようとした。

「待て待て待て!」

 俺は咄嗟に糸繰を止めると、机の引き出しから箱を取り出す。
 血で床を汚されるのはごめんだ。そんなことを考えながら、箱を糸繰に手渡して
 言った。

「これやるから、血文字はやめろ」

 糸繰は首を傾げながら箱を開く。
 箱の中に入っていたのは万年筆。・・・そう、数ヶ月前に俺が母親から貰った
 ものだ。

「あー・・・使い方、分かるか?」

 俺の問いに糸繰はコクコクと頷くと、手際よくインクのカートリッジをセット
 する。優しい手つきでペン先にインクを送り出した糸繰は、困ったような顔で
 俺を見た。

「・・・あ、紙か」

 ペンだけ渡してもしょうがないよな・・・と思いながら簡単にちぎれるタイプの
 メモ帳を糸繰に渡すと、彼はサラサラとペンを動かした。
 やがてメモをちぎった糸繰は、それを俺に渡す。見ると、そこには綺麗だが
 弱々しく感じる文字が書かれていた。

〈オレは何をすれば良い?〉

「は?何だよ急に・・・」

 俺がそう返すと、糸繰は新しいメモに文字を書く。メモをちぎり俺に渡した
 糸繰は、思いつめたような顔をしていた。

〈使えないと思われたら、捨てられるから。だから、何かしないと。〉

 そう書かれたメモを見て、無性に腹が立った。俺はメモをクシャリと握り潰し
 ながら、口を開く。

「・・・お前、俺の主を何だと思ってるんだ」

 自分でも分かる程の苛立った声。
 糸繰は怯えた様子を見せた後、〈ごめんなさい。〉と書かれたメモを差し出して
 きた。
 怯えながらも困惑した表情の糸繰を見て、何かしないと捨てられると本気で思って
 いるのだと気付く。だから少し考えて、俺は言った。

「俺の主はお前をって言ったんだ、使えなきゃ捨てるなんて絶対に
 しない。・・・まあ、どうしても何かしたいなら」

 俺の言葉に、糸繰は真剣な眼差しを向けてくる。俺はちらりと時計を見ると、
 立ち上がりながら言った。

「夕飯の準備手伝え。皿出すくらいならできるだろ」

 糸繰は頷くと、フラリと立ち上がる。扉を開けた俺に向かって数歩進んだ彼は、
 突然立ち止まってメモにペンを走らせた。

〈体、痛くないのか?〉

 そう書かれたメモを俺に渡した糸繰は、不思議そうな顔で首を傾げる。

「体・・・ああ、痛くないな。多分、なったんだ」

 メモを見ながらそう答えた俺の顔を見た糸繰は、何かを察したような表情で俯く。
 そして〈そうか。〉とだけ書いたメモを俺に渡し、フラフラとした足取りで部屋を
 出た。
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