神と従者

彩茸

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第三部

終結

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―――まるで操り人形のように無表情で御鈴に襲い掛かる糸繰の攻撃を、間に入って
柏木で受け流す。
体勢を崩した糸繰に思いっ切り蹴りを入れると、勢いよく吹っ飛んでいった。
木に体を打ち付けた糸繰は、無表情のまま立ち上がる。
再び御鈴を狙って駆け出す糸繰を柏木で殴りつけるが、彼は怯むことなく御鈴に腕を
伸ばした。

「このっ・・・!」

 柏木を思いっ切り振り回し、糸繰をまた吹き飛ばす。地面に倒れ込んだ糸繰は、
 また無表情のまま立ち上がる。
 また襲い掛かってきたので、同じ様に吹き飛ばす。また、無表情で立ち上がる。
 殴って、蹴って、吹き飛ばして。
 立ち上がって、立ち上がって、立ち上がって・・・。
 ・・・単調になった糸繰の攻撃をいなすのは簡単だった。だが相変わらず感情が
 消えたままの顔に、俺は本能的な恐怖を覚えていた。

「くそ・・・」

 同じ攻防を何度繰り返しただろう。思わず、声が漏れる。

「あーあ、長い長い。お前、鬼のくせに妖術ないと本当に弱いんだねぇ。
 ・・・そんなんだから、親に捨てられるんだよ」

 ふと、仮面の男の呆れたような声が聞こえる。その言葉に、糸繰は一瞬動きを
 止めた。
 その隙にと、糸繰の頭目掛けて柏木を振り下ろす。しかし糸繰は頭から血を流し
 ながらもフラフラと動き続けていた。

「捨てられた・・・?」

 糸繰の攻撃をいなしながら呟くと、仮面の男はそうさ!と笑いながら言った。

「親に捨てられたそれを僕は拾ったんだ。使えると思ってね。でも・・・」

 視界の端で仮面の男はガックリと肩を落とすと、深い溜息を吐いて落胆したような
 声で続ける。

「無理矢理動かしてもそのザマかぁ。・・・じゃあ、もう僕には要らないなぁ」

 それを聞いた糸繰の目に、動揺の色が灯る。

「バイバイ、糸繰。君とはお別れだ」

 そう言った仮面の男は、パンッと手を叩いた。その直後、目の前で糸繰が力尽きた
 ように崩れ落ちる。
 まるで糸の切れた操り人形のようにただ己の主を見つめる糸繰に向かって、神は
 冷たい声で言った。

『汝、契り破りし者。糸切り、関わりを絶たん。その器を我に返したまえ』

「・・・!!!!」

 力を振り絞るように立ち上がった糸繰は、叫ぶように口を動かしながら仮面の男に
 近付く。
 糸繰の伸ばした手をパシッと払った仮面の男は、仮面を取って糸繰を見る。
 俺の立っている位置からその顔は見えなかったが、仮面の男の顔を見た糸繰は、
 目を見開き絶望の表情を浮かべていた。

「全く・・・本当に愚かだね、お前は」

 冷たい声で呟くように言った仮面の男は、仮面を被り直し俺達を見る。

「僕は一旦失礼するよ。またね、神と従者」

 そう言って仮面を少し持ち上げた仮面の男は、見えた口元をニタリと歪め煙と共に
 姿を消した。
 静かになった空間。俺と御鈴の目は自然と・・・ボロボロになった末、主に捨て
 られた鬼に向いていた。



―――糸繰はその場に立ち尽くし、虚空を見つめていた。実際には、自身の主だった
神が先程まで居た場所を見つめていたのかもしれない。

「糸繰」

 名前を呼んで近付くと、糸繰は視線だけ動かして俺を見る。酷く暗い目が、俺を
 見つめる。

「・・・・・・」

 口を開くも言葉を発しない・・・いや、発することができない糸繰は、諦めた
 ように口を閉じた。
 何だかいたたまれなくなり、糸繰にそっと手を伸ばす。するとその瞬間、糸繰は
 目にも止まらぬ速さで俺の腕を掴んだ。

「なっ?!」

 こんなにボロボロなのに、まだ何かする気か。そう思いながら糸繰の手を振り
 払おうとするが、強い力で握られているためビクともしない。
 糸繰の頭の血は止まっており、怪我の治りが早いことが伺えた。もしや、既に
 回復して・・・?なんて考えていると、糸繰は俺の手を自身の首元へ持って
 いった。

「・・・・・・」

 糸繰は俺の顔を見ながら、口をパクパクと動かし続ける。何かを伝えようとして
 いるように感じ、口の動きで何が言いたいかを考えてみる。
 ・・・少しの間見つめていて、気付いた。糸繰は短い単語をずっと繰り返して
 いる。

「・・・伝えたいなら、ゆっくり言えよ」

 俺がそう言うと糸繰は口を閉じ、小さく笑う。優しい笑みに、そんな顔初めて
 見た・・・と思っていると、糸繰はゆっくり、ゆっくりと口を動かした。
 俺の腕を掴む糸繰の力が更に強くなる。それと同時に、伝わった。


 ころして


 糸繰は俺に言葉が伝わったと気付いたのか、嬉しそうな笑みを浮かべる。

「何で・・・」

 そう呟くと、糸繰はきょとんとした顔をした。

「殺して・・・で、合ってるよな?」

 俺の問いに糸繰はそうだと言いたげに口を動かし、首を縦に振る。

「自ら死を望むのか・・・?」

 動けるようになったらしき御鈴が令を抱えて近付いてきて、理解できないといった
 顔で問う。それに対し糸繰は、何がおかしいんだと言いたげな顔で頷いた。

「殺してって頼まれると、逆に殺す気が失せるというか・・・」

 そう言うと、糸繰は悲しそうな顔をして俯く。
 自死できない呪いが掛けられていることはさっき分かった。だが、何故そこまで
 して死にたいのだろう。そんなことを考えていると、糸繰が腕から手を離した。
 自由になった腕はとても赤くなっていて。そんなに強い力で握られていたのかと、
 痛みを感じなくなった体で思う。

「・・・ボクが知る限り、妖は滅多に死にたいって思わないはずなんだよな」

 いつの間にか目を覚ましていた令がそう言うと、糸繰はゆっくりと令を見る。
 小さく口を動かした糸繰は、何かを思い出したように懐を探った。
 手のひらサイズの初めて見る人形を取り出した糸繰は、それの腹を爪で裂く。
 綿と一緒に出てきた折りたたまれた紙を広げると、彼は一切の躊躇なく自身の腕を
 爪で抉って血を出した。
 爪に血を付け、文字を書く。何を書いているんだと様子を伺っていると、糸繰は
 俺に紙を差し出した。

〈オレはもう要らないから、死にたい。〉

 そう血で書かれた紙を受け取ると、糸繰は懇願するような眼を向けてきた。

「要らないって・・・」

 困惑した声を上げると、糸繰は俺の手から紙を奪い取ってまた文字を書く。

〈要らないから、捨てられた。親にも主にも。だから、死んだ方がマシ〉

「いや、どうしてそういう思考になるんだよ。全く分かんねえよ」

 紙を覗き込みそう言うと、糸繰は今にも泣き出しそうな顔で文字を書いた。

〈もう、捨てられたくない。〉

 それを見て、ハッとする。
 糸繰が以前戦った時に捨てられなければそれで良いと言っていたことを、先程の
 戦いの中で仮面の男に捨てないでと呟くように言っていたことを思い出す。

「・・・のう、蒼汰」

 御鈴が俺の服を握る。彼女は俺の顔を見た後、糸繰を見て言った。

「こ奴、信者にして良いかの」

「は?!」

 思わず大きな声が出る。糸繰も困惑した表情を浮かべており、令に関しては絶句
 していた。

「妾も、まだまだ信者が欲しい。それに、妾の信者に大妖怪はまだおらぬ。丁度良い
 機会だと思わぬか?」

 御鈴はそう言うと、糸繰に手を差し伸べる。

「のう、糸繰。妾に拾われてはくれぬか?」

「・・・・・・」

 御鈴の言葉に糸繰は小さく口を開き少し動かした後、紙に何かを書いて御鈴に
 手渡した。
 それを見た御鈴は、笑顔で頷いて言った。

「勿論じゃ!」

 何を書いたんだろうと御鈴の持っている紙を覗き込む。

〈弱くても、捨てないでいてくれますか?〉

 糸繰の顔をバッと見る。彼は暗い目からポロポロと涙を流しながら、御鈴を
 見つめていた。

「今までのことも許そう。ただ、妾からもお願いがあるのじゃが・・・」

 そう言った御鈴に、糸繰は涙を拭って首を傾げる。

「妾の信者は、お主よりも弱い者が大半を占める。そ奴らを守る手伝いをしてくれ。
 勿論、他の信者に手を出すのはご法度じゃ」

 良いかの?と御鈴は首を傾げる。糸繰はコクコクと頷くと、俺を見た。

「何だよ」

 そう言うと、糸繰は御鈴から紙を受け取って文字を書く。

〈お前の主に拾われるらしい。だから、死ぬのはまだ我慢する。〉

 俺に紙を見せた糸繰は、小さく笑みを浮かべて更に文字を書いた。

〈これで最後。次捨てられた時は、お前が殺してくれよ。〉

 血が乾き、文字は掠れていた。俺は返す言葉が見つからず、ただ俯く。

「・・・何で俺なんだよ」

 何か言わなきゃと捻り出した言葉に、糸繰は紙をクシャリと握り潰して俺の手を
 取る。
 血の止まりかけた腕に爪を立てた糸繰は、再び流れ出した血を指先に付け俺の手に
 文字を書いた。

〈お前になら殺されても良いって思ったから〉

 儚げな笑みを浮かべ包み込むようにして手を握ってきた糸繰に、俺は分かったと
 小さく頷くことしかできなかった。
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