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第三部
呪い
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―――当たらなかった。それが最初に浮かんだ感想。
柏木が当たる寸前で、糸繰の体がグンッと後ろに引っ張られる。何が起こったんだと
糸繰を見ると、彼の後ろに煙のようなモヤモヤとしたものが居た。
自分の頭がクリアになっていくのと同時に、煙は形を変える。やがて糸繰よりも少し
背の高い白い仮面を付けた男の姿をとったそれは、糸繰の肩に腕を乗せながら声を
発した。
「困るなぁ、これは僕の物なんだ。今殺されるのは困るんだよなぁ」
雨谷とはまた違うのんびりとした口調とは裏腹に、その声音はとても冷たくて。
ああ、こいつは敵なんだなと一瞬で察する。
「・・・誰だ、お前」
「主・・・」
俺の問いに答えたのは、糸繰の呟きだった。
主・・・ってことは、神なのかこいつ。
「主、じゃと?貴様が糸繰の主か」
御鈴の言葉に、仮面の男は表情が分からないながらも笑みを浮かべたような気が
した。
「そうだね、僕がこれの主だねぇ。これが中々帰ってこないからさぁ、様子を見に
きたって訳」
そう言った仮面の男に、柏木を向ける。
「・・・俺の主から手を引けよ。そんなに狙う必要があるのか?」
俺の問いに答えることなく、仮面の男は恍惚とした声で言った。
「あぁ、君がこれの言ってた従者?確かに、不思議な感じがするねぇ。・・・是非
とも欲しい」
仮面の男は糸繰の肩から腕を下ろすと、何処か怯えた表情の糸繰を見る。
糸繰がごめんなさいと震える声で小さく言うと、仮面の男はクスリと笑って
言った。
「やっぱり彼を連れて帰りたくなったなぁ。ほら糸繰、僕からのプレゼントだ。
これで頑張っておいで」
やれるよね?そう言いながら、仮面の男は糸繰に真っ黒な人形を手渡す。
コクコクと頷き追い詰められたような表情で俺を見た糸繰は、人形を強く握りしめ
ながら呟いた。
『我、呪いを制する者。力に応え、そのさまを現したまえ。これをもちて、契りと
せん』
糸繰はそこで息を吸い込むと、俺に向かって駆け出す。嫌な予感がして後ろに
下がると同時に、糸繰は人形を御鈴に向かって投げつけた。
咄嗟に体が動き、素手で人形を掴む。それを見た糸繰は、早口で言った。
「奪え、壊せ、捕らえろ!命を賭して誓いを果たせ!!」
ゾワリと寒気がする。これはヤバいと思いながらも、人形から何故か手を離せ
ない。
人形の胸がまるで生きているかのように拍動する。どす黒い瘴気のようなものを
纏った人形の鼓動が、ドクリドクリと手に伝わる。
「くそっ・・・!!」
今すぐにでも離したいのに、手が動かない。
段々と、人形から溢れる黒い靄が俺の腕を伝って体を飲み込み始めている感覚に
陥る。嫌だ、気持ち悪い。そんな感情が頭を支配していく。
「・・・よ、ごめんな」
耳元で、呟くような声が聞こえる。
それが糸繰の声だと気付いた時、俺の体は糸繰に押さえつけられていた。
―――抵抗しようとするも、黒い靄が体に纏わり付いて上手く体を動かせない。
どうしよう・・・と思いながらちらりと御鈴を見ると、令を守るように抱えたままの
彼女と目が合った。
御鈴は俺の表情を見て察したのか、思いっ切り息を吸い込む。
そして、糸繰に向かって叩きつけるように叫んだ。
『痛みよ、我が従者に触れるもの通じこれに死を与えたまえ!!』
その瞬間糸繰は顔を歪ませ、その場にどさりと倒れる。それと同時に、黒い靄が
晴れた。
俺は倒れた糸繰から抜け出し、持っていた人形を仮面の男に向かって投げる。
仮面の男はそれをひょいと避けると、溜息を吐いた。
「はあ・・・使えないなぁ。ちょっとでも期待した僕が馬鹿みたいだ」
仮面の男が落胆したような声でそう言うと、糸繰がピクリと動く。
死んでないのか・・・?!と驚いていると、仮面の男は少し驚いた声で言った。
「あぁ、今のって自死に入るんだ?へえ、面白いねぇ・・・」
「は?」
仮面の男が何を言いたいのか分からず、首を傾げる。
「あ、主・・・」
立ち上がった糸繰が、声を震わせながら仮面の男を見る。それに対し、仮面の男は
酷く冷たい声で言った。
「自死できない呪いを掛けてたから生きているものの・・・お前、本当に使えない
ねぇ。使い潰しても勝手に死なないようにって思っていたけど、使えないものは
要らないんだよなぁ」
その言葉を、神ってのは本当に何でもありだな・・・なんて思いながら聞く。
糸繰はどんな表情でその言葉を聞いていたのだろうか。仮面の男にフラフラと
近付いた糸繰は、仮面の男に縋りつきながら必死そうな声で言った。
「オレ、まだ戦えるから・・・!何でもします、何でもしますから!!」
だから、捨てないで。そう呟くように言った最後の言葉が、やけにはっきりと
聞こえた。
それが聞こえたのか否か、仮面の男は少し考えるそぶりを見せる。そして、何かを
思い付いたように声を上げて言った。
「何でもかぁ・・・だったら、僕の人形としてしっかり働いてもらおうかなぁ。
ほら糸繰、命令だ。僕の前に立って」
その言葉に糸繰は頷き、大人しく仮面の男の前に立つ。
「でも、その前に・・・」
そう言った仮面の男は、糸繰の喉にそっと触れる。
「主・・・?」
不安げな声で首を傾げる糸繰に、仮面の男は仮面を少し上げて笑みを浮かべた
口元を見せる。・・・そして、その笑みがニタリとしたものに変わった。
「人形はさぁ、喋らないんだよねぇ」
仮面の男がそう言った瞬間、糸繰が喉を押さえて蹲る。
「人形に声なんて要らないんだよなぁ。要らないものは、捨てるに限る」
そう言いながら糸繰の頭を鷲掴みにして持ち上げた仮面の男は、そうだろう?と
糸繰を見た。
「・・・・・・!!」
糸繰は焦ったような表情で口をパクパクと動かし、必死に何かを訴えようとして
いる。
もしかして声が出ないのか・・・?なんて思っていると、仮面の男は糸繰から手を
離し俺達を指さした。
仮面の奥から、酷く冷たい声が発せられる。
「ほら人形、あの神を殺しておいで」
・・・その声と同時に、俺達を見た糸繰の顔から感情が消えた。
柏木が当たる寸前で、糸繰の体がグンッと後ろに引っ張られる。何が起こったんだと
糸繰を見ると、彼の後ろに煙のようなモヤモヤとしたものが居た。
自分の頭がクリアになっていくのと同時に、煙は形を変える。やがて糸繰よりも少し
背の高い白い仮面を付けた男の姿をとったそれは、糸繰の肩に腕を乗せながら声を
発した。
「困るなぁ、これは僕の物なんだ。今殺されるのは困るんだよなぁ」
雨谷とはまた違うのんびりとした口調とは裏腹に、その声音はとても冷たくて。
ああ、こいつは敵なんだなと一瞬で察する。
「・・・誰だ、お前」
「主・・・」
俺の問いに答えたのは、糸繰の呟きだった。
主・・・ってことは、神なのかこいつ。
「主、じゃと?貴様が糸繰の主か」
御鈴の言葉に、仮面の男は表情が分からないながらも笑みを浮かべたような気が
した。
「そうだね、僕がこれの主だねぇ。これが中々帰ってこないからさぁ、様子を見に
きたって訳」
そう言った仮面の男に、柏木を向ける。
「・・・俺の主から手を引けよ。そんなに狙う必要があるのか?」
俺の問いに答えることなく、仮面の男は恍惚とした声で言った。
「あぁ、君がこれの言ってた従者?確かに、不思議な感じがするねぇ。・・・是非
とも欲しい」
仮面の男は糸繰の肩から腕を下ろすと、何処か怯えた表情の糸繰を見る。
糸繰がごめんなさいと震える声で小さく言うと、仮面の男はクスリと笑って
言った。
「やっぱり彼を連れて帰りたくなったなぁ。ほら糸繰、僕からのプレゼントだ。
これで頑張っておいで」
やれるよね?そう言いながら、仮面の男は糸繰に真っ黒な人形を手渡す。
コクコクと頷き追い詰められたような表情で俺を見た糸繰は、人形を強く握りしめ
ながら呟いた。
『我、呪いを制する者。力に応え、そのさまを現したまえ。これをもちて、契りと
せん』
糸繰はそこで息を吸い込むと、俺に向かって駆け出す。嫌な予感がして後ろに
下がると同時に、糸繰は人形を御鈴に向かって投げつけた。
咄嗟に体が動き、素手で人形を掴む。それを見た糸繰は、早口で言った。
「奪え、壊せ、捕らえろ!命を賭して誓いを果たせ!!」
ゾワリと寒気がする。これはヤバいと思いながらも、人形から何故か手を離せ
ない。
人形の胸がまるで生きているかのように拍動する。どす黒い瘴気のようなものを
纏った人形の鼓動が、ドクリドクリと手に伝わる。
「くそっ・・・!!」
今すぐにでも離したいのに、手が動かない。
段々と、人形から溢れる黒い靄が俺の腕を伝って体を飲み込み始めている感覚に
陥る。嫌だ、気持ち悪い。そんな感情が頭を支配していく。
「・・・よ、ごめんな」
耳元で、呟くような声が聞こえる。
それが糸繰の声だと気付いた時、俺の体は糸繰に押さえつけられていた。
―――抵抗しようとするも、黒い靄が体に纏わり付いて上手く体を動かせない。
どうしよう・・・と思いながらちらりと御鈴を見ると、令を守るように抱えたままの
彼女と目が合った。
御鈴は俺の表情を見て察したのか、思いっ切り息を吸い込む。
そして、糸繰に向かって叩きつけるように叫んだ。
『痛みよ、我が従者に触れるもの通じこれに死を与えたまえ!!』
その瞬間糸繰は顔を歪ませ、その場にどさりと倒れる。それと同時に、黒い靄が
晴れた。
俺は倒れた糸繰から抜け出し、持っていた人形を仮面の男に向かって投げる。
仮面の男はそれをひょいと避けると、溜息を吐いた。
「はあ・・・使えないなぁ。ちょっとでも期待した僕が馬鹿みたいだ」
仮面の男が落胆したような声でそう言うと、糸繰がピクリと動く。
死んでないのか・・・?!と驚いていると、仮面の男は少し驚いた声で言った。
「あぁ、今のって自死に入るんだ?へえ、面白いねぇ・・・」
「は?」
仮面の男が何を言いたいのか分からず、首を傾げる。
「あ、主・・・」
立ち上がった糸繰が、声を震わせながら仮面の男を見る。それに対し、仮面の男は
酷く冷たい声で言った。
「自死できない呪いを掛けてたから生きているものの・・・お前、本当に使えない
ねぇ。使い潰しても勝手に死なないようにって思っていたけど、使えないものは
要らないんだよなぁ」
その言葉を、神ってのは本当に何でもありだな・・・なんて思いながら聞く。
糸繰はどんな表情でその言葉を聞いていたのだろうか。仮面の男にフラフラと
近付いた糸繰は、仮面の男に縋りつきながら必死そうな声で言った。
「オレ、まだ戦えるから・・・!何でもします、何でもしますから!!」
だから、捨てないで。そう呟くように言った最後の言葉が、やけにはっきりと
聞こえた。
それが聞こえたのか否か、仮面の男は少し考えるそぶりを見せる。そして、何かを
思い付いたように声を上げて言った。
「何でもかぁ・・・だったら、僕の人形としてしっかり働いてもらおうかなぁ。
ほら糸繰、命令だ。僕の前に立って」
その言葉に糸繰は頷き、大人しく仮面の男の前に立つ。
「でも、その前に・・・」
そう言った仮面の男は、糸繰の喉にそっと触れる。
「主・・・?」
不安げな声で首を傾げる糸繰に、仮面の男は仮面を少し上げて笑みを浮かべた
口元を見せる。・・・そして、その笑みがニタリとしたものに変わった。
「人形はさぁ、喋らないんだよねぇ」
仮面の男がそう言った瞬間、糸繰が喉を押さえて蹲る。
「人形に声なんて要らないんだよなぁ。要らないものは、捨てるに限る」
そう言いながら糸繰の頭を鷲掴みにして持ち上げた仮面の男は、そうだろう?と
糸繰を見た。
「・・・・・・!!」
糸繰は焦ったような表情で口をパクパクと動かし、必死に何かを訴えようとして
いる。
もしかして声が出ないのか・・・?なんて思っていると、仮面の男は糸繰から手を
離し俺達を指さした。
仮面の奥から、酷く冷たい声が発せられる。
「ほら人形、あの神を殺しておいで」
・・・その声と同時に、俺達を見た糸繰の顔から感情が消えた。
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