神と従者

彩茸

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第二部

表情

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―――両親と俺の三人で食卓を囲む。御鈴と令には申し訳ないが、後でこっそり
食べてもらおう。
俺が作った夕食を美味しいと言って食べてくれている両親を箸を進めながら眺めて
いると、ふと父親が立ち上がった。

「蒼汰、遅くなったけど誕生日おめでとう。二十歳だから、お酒解禁だな」

 父親がそう言って、キャリーバッグの中から高そうなワインを取り出す。
 ありがとうと言いつつそれを受け取ると、今度は母親が言った。

「蒼ちゃん、高校卒業と大学入学もおめでとう!お祝いにこれあげる」

 差し出されたのは、これまた高そうな万年筆。万年筆って何処で使うんだ・・・?
 なんて思いながらも、ありがとうと受け取る。
 そのまま食事は和やかな雰囲気で進み、御鈴と令の分も残しておかないとなんて
 考えていると母親が言った。

「明日の朝ご飯、お母さんが作るから。蒼ちゃん、何か食べたい物ある?」

 俺は少し悩む。何かと言われて真っ先に思い付いたものはあるのだが、久々に
 帰ってきた母親へのリクエストとしてはどうなのだろうか。
 遠慮しないで!と笑う母親に、俺は意を決して言った。

「じゃあ、ベーコンと卵のトーストが食べたい。昔、母さんが作ってくれたやつ」

「え、それで良いの?」

 母親はキョトンとした顔をする。俺は俯くと、ボソリと言った。

「・・・好き、なんだ。あのトースト・・・」

 父親の笑い声が聞こえる。ちらりと両親を見ると、二人共ニコニコと笑っていた。
 ・・・ああ、顔が熱い。



―――御鈴を連れて、風呂に入る。誰かと風呂に入るなんて修学旅行以来だな。
そんなことを考えながら、頭を洗う御鈴を浴槽の中から眺めていた。

「・・・御鈴って、毛量多いよな」

 シャンプーの泡と白い髪でアイスクリームのようになっている御鈴の頭を見て
 言う。御鈴は赤い目をこちらに向けると、そうじゃなと笑った。

「昔からそうでの、髪が乾くまで頭が重くて仕方がないんじゃ。だから、初めて
 ドライヤーを使った時は感動したんじゃ!」

「へえ。・・・俺と会うまでは、髪とかって何処で洗ってたんだ?」

「主に川じゃな。川の上流は水が綺麗じゃからの、そこまで行って洗っておった」

 俺の問いに御鈴はそう答えると、シャワーで泡を流し始める。流れる大量の泡に、
 髪の長い人は大変だな・・・なんて考えていた。
 ・・・髪と体を洗い終わった御鈴が、のそのそと浴槽に入ってくる。入れ替わる
 ように今度は俺が体を洗うために浴槽から出る。

「蒼汰、令はお風呂に入らぬのかの?」

 体を洗っていると御鈴がそう聞いてきたので、俺は言った。

「・・・まあ、猫だからな。風呂とかそういう概念ないんじゃねえの?」

 確かに・・・と納得したように御鈴は呟くと、顔の半分までお湯に浸かる。

「おい、危ないぞ」

 俺がそう言うと、御鈴は少し嬉しそうな表情で水面から顔を出した。

「誰かとお風呂に入るというのは楽しいの。いや、蒼汰とだから楽しいのかも
 しれぬが・・・」

 新鮮でワクワクする!そう言った御鈴はニコニコと笑う。

「まさか御鈴と一緒に風呂入ることになるとは思いもしなかったよ」

 俺はそう言って、笑みを浮かべながら泡を流すのだった。



―――両親に就寝の挨拶をして自分の部屋に行く。扉を開けると御鈴と令は既に
ベッドの上でゴロゴロしていた。

「先に寝てても良かったんだぞ」

 俺が小さな声で言うと、御鈴は首を横に振って言った。

「折角じゃから、蒼汰と話をしながら眠りたくての」

「話?」

「なに、ただのお喋りじゃ。妾と話をしてくれればそれで良い」

 首を傾げた俺に御鈴はそう言って優しく笑う。ベッドに寝転びながら分かったと
 頷くと、御鈴は言った。

「まずは、そうじゃな・・・。あ、今日の夕飯美味しかったぞ!」

「そっか、ありがとう」

「うーん・・・ああ、明日は朝から出掛ける予定じゃ」

「分かった」

「えっと・・・蒼汰、暑くないか?」

「そんなに暑くない」

 俺の返答に御鈴はムスッとした顔をすると、二人と一匹で狭くなったベッドの上で
 ジタバタし始めた。

「話が続かぬ!!」

 そう言いながらバタバタと動かされる御鈴の手や足が俺の体に当たる。

「痛いから暴れんなって!」

 大きな声を出さないように気を付けつつそう言うと、御鈴はピタリと動きを
 止めた。

「にゃ、にゃんだいきなり・・・」

 令が困惑した声を上げる。御鈴は俺の顔をじっと見ると、突然抱き着いてきた。

「み、御鈴?」

「・・・蒼汰、今どんな気持ちじゃ。正直に答えよ」

 困惑する俺に御鈴はそう言って、抱きしめる腕にそっと力を込めた。

「どんなって・・・」

 返答に困っていると、御鈴が俺の背中をポンポンと叩く。

「蒼汰、両親が帰ってきてからずっと暗い顔をしておるじゃろ。ちらりと見た感じ
 両親の前では何処か嬉しそうな表情じゃったが、両親の目の届かない場所では
 ずっと・・・。蒼汰、妾にできることはないか?お主が暗い顔をしていると
 心配になる」

 そう言った御鈴に同意するように、令もうんうんと頷く。俺は御鈴の背中に腕を
 回し、呟くように言った。

「・・・喜んで良いのか、分からないんだ。どうせすぐに居なくなるのに、こんな
 気持ちじゃまた寂しくなるだけ。・・・何も感じなければ楽なのに」

 俺は、どんな顔をしていたのだろう。俺の言葉を聞いた令が、心配そうな表情で
 俺の頬を舐める。ザラザラとした感覚にくすぐったさを覚えながら、俺は目を
 閉じた。

「妾が傍にいるからな」

 御鈴の声が聞こえる。
 やっぱり御鈴の傍は安心するな。そんなことを考えながら、俺は眠りに就いた。
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