神と従者

彩茸

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第二部

意思

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―――神事を終えた御鈴は、何処かすっきりしたような顔で俺に駆け寄ってきた。
周りの妖達の視線が一斉に俺に向き、体が強張る。
御鈴が俺に抱き着いた瞬間からざわざわとし始めたその空間に、また不安になって
しまった。

「み、御鈴・・・信者が見てるぞ」

「・・・分かっておる、見せつけじゃ」

 俺の言葉に御鈴は小さな声でそう言うと、顔を上げてニヤリと笑う。
 何を企んでいるんだ。そう思っていると、御鈴は抱き着くのをやめ妖達に向かって
 大きな声で言った。

「皆の者、本日は集まってもらって感謝する!紹介しよう、こ奴は妾の従者である
 蒼汰じゃ。先程から人間じゃからと蔑む者もいるようじゃが、蒼汰は妾が選んだ
 従者じゃ!手出しは許さぬ、良いな?」

 妖達が一斉に口を噤む。凄いな御鈴と思っていると、史蛇が言った。

「おい、蒼汰。折角御鈴様が紹介してくださったのに、何だその面は。主を守るべき
 立場の者が、不安な顔をしてどうする」

 ・・・正論が痛い。
 俺は目を閉じ、深く息を吐く。大丈夫、御鈴が傍に居る。
 目を開け、妖達を見る。何処か冷ややかな視線に向けて俺は口を開き、はっきりと
 言った。

「ご紹介にあずかりました、蒼汰です。のため、この身をもって誠心誠意役目を
 務める所存です」

 軽く頭を下げると妖達の中から、ほう・・・と感心したような声が上がる。
 ちらりと御鈴を見ると、御鈴は驚いた顔で俺を見ていた。

「そ、蒼汰に初めて様付けされたぞ・・・」

 御鈴がボソリと呟く。

「蒼汰、変な物でも食べたのか・・・?」

 令の心配そうな声が聞こえ、俺は小さく笑って言った。

「人間社会のマナーってやつだよ」



―――料理や酒が振舞われ、妖達はワイワイとそれを楽しむ。未成年なので・・・
なんて人間にしか通用しない理由で何とか酒を飲むことを回避しつつ、俺も料理に
手を伸ばす。
見た目以上に美味しい料理を堪能していると、妖達の中から悲鳴が上がった。驚いて
そちらを見ると、軽トラック並に大きな妖が角の生えた兎の妖を丸呑みにしようと
していた。

「待て!!」

 御鈴が慌てたような声を上げる。状況が飲み込めずにいると、御鈴が俺を見て
 言った。

「蒼汰、あの妖を止めてこい!」

 その瞬間、体が勝手に動く。・・・ああ、これ命令なのか。
 思いっきり跳び上がった俺は一度消してあった柏木を再び出現させ、大きな妖に
 向かって振り下ろす。大きな妖は兎の妖から手を離すと、柏木を避けた。

「ゴオオオオ・・・」

 地響きのような声を上げたその妖は、俺を睨みつけて拳を振り上げる。
 素早く振り下ろされた拳を間一髪で避け、柏木で攻撃する。それを躱した妖は再び
 殴り掛かってきた。
 動きをよく見て、拳を躱す。命令によってほぼオートで動いているような体だが、
 どうやら静也さんと圭梧に教わったことは実践してくれているらしい。

「ゴオオオ!」

 妖はイラついているのか、殺気の籠った声を上げる。周りの妖達はそれを聞いて
 縮こまっているようだが、御鈴を狙って襲い掛かってくる妖を何体も相手している
 俺には大して効かなかった。
 攻撃を避け、こちらも攻撃する。それを避けられ、また攻撃される。
 ・・・何度か繰り返している中で、ふと思った。命令の実行中でも、自分の意思で
 話せるんだろうか?

「・・・・・・あ」

 試しに口を開いてみたが・・・うん、話せそうだ。
 俺は妖の攻撃を躱しながら、御鈴に聞こえるように言った。

「なあ御鈴、こいつ御鈴の信者か?」

「違う、全く関係のない奴じゃ!」

 御鈴の声が聞こえる。・・・なるほど、そうか。
 俺は妖の攻撃を避けると、高く跳び上がる。そして、柏木を振り上げながら
 言った。

「じゃあ・・・殺しても、構わないよな?」

 命令中に初めて、俺は柏木を振り下ろした。



―――断末魔を上げ動かなくなった妖を、少しの疲労感を覚えながら踏みつける。
妖達の中から歓声が上がる中、御鈴が駆け寄ってきた。

「蒼汰、大丈夫だったか?!すまぬ、命令してしもうた・・・」

 そう言って抱き着いてきた御鈴の頭を撫でる。

「大丈夫。・・・まあ、倒れたら後は頼んだ」

 苦笑いを浮かべそう言うと、御鈴は抱き着いたままコクコクと頷く。

「人間とは思えない動きだったな」

「蒼汰さん凄いね!」

 史蛇と芽々もそう言いながら近付いてくる。その後ろから令も来たのだが、令の
 表情は何処か悲しげだった。

「令?どうした?」

 踏みつけていた妖を蹴り飛ばし、令を見る。すると令は俺の肩に飛び乗って
 言った。

「・・・蒼汰、にゃんか容赦なくなったな。さっき言ってたことも、妖みたい
 だった」

 そうか?と俺は首を傾げる。頷く令に向かって、俺は御鈴の頭を撫でながら笑顔で
 言った。

「御鈴の大切な信者を殺そうとしたんだ。そんな奴、死んで当然だろ?」

 令は目を見開く。
 史蛇と芽々はうんうんと頷いていたが、令は何が不満なんだろうか。

「お前・・・それ、人間相手でも同じ事言えるのか?」

 震える声で令が言うと、御鈴の抱き着いている腕に力が籠る。

「あー・・・まあ、御鈴に害を与えるなら?」

「・・・お前、本当に人間か?」

 俺の言葉に今度は史蛇が反応する。

「うーん、どうなんだろ」

 そう言って御鈴を見ると、御鈴は俺を見てボソリと言った。

「・・・人間じゃ。蒼汰は、ちゃんとした人間じゃ」

 まあ、人間辞めること確定してるようなもんだしな。そう思いながら、だってさと
 俺は史蛇に言うのだった。
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