神と従者

彩茸

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第二部

襲撃

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―――利斧が去っていった後、俺達は残りのサンドイッチとおむすびを食べ切る。
そろそろ帰ろうかと片付けをしていた時、ふと寒気を感じた。

「お前、マジでタイミング悪いよな・・・」

 目の前に現れた妖に向かって俺は言う。

「言っただろ?タイミングを図って襲いに来るほど、オレは利口じゃないんだよ」

 そこに立っていた妖・・・糸繰は、そう言ってニタリと笑った。
 すぐさま柏木を出し、御鈴の前に立つ。糸繰は懐から以前見た手のひらサイズの
 小さな人形を取り出し、足の部分に待ち針を刺す。

『神の力を持ちし者、呪いに従い釘付けとなれ』

 糸繰がそう言った途端、足に違和感を覚える。何だと思い、足を動かそうとして
 気付いた。・・・足が、微動だにしない。

「どうなっておる・・・」

 御鈴の声に振り返ると、彼女も足が動かなくなっているようで青い顔をしていた。

「え、にゃにがあったんだ・・・?」

 令が困惑した表情でうろうろと歩き回る。・・・あれ、もしかして。

「なあ、利斧呼んできてくれ!」

 令の名前を呼ばないように気を付けつつ、俺は令に言う。令は頷くと、ちょっと
 待ってろ!と駆け出した。
 神の力のおかげか、何となく利斧がまだ近くに居る気がする。頼む、居てくれと
 願いながら糸繰を見る。

「あれ?・・・ああそうか、あの猫又はただの妖だったな」

 糸繰はそう言いつつ、その場を動こうとしない。・・・いや、動けないのか?

「まあ良いか。すみませんね神様、もう少しじっとしておいてください」

 糸繰は俺など眼中にないようで、御鈴だけを見ながら懐から別の人形を取り出す。
 そして小さな声で何かを呟くと、その人形がブルブルと震え始めた。

「何をする気だ」

 足が動かない状態で柏木を構えながら俺は言う。糸繰はニタリと笑うと、人形を
 俺達の方に放り投げながら言った。

「残念ながらオレも動けないんでね、代わりにもらおうかと。主がくれた
 特別製だ、猫又が戻ってくる前に終わらせよう」

 人形が俺の足元に落ち、糸繰が小さな声で何かを呟く。その瞬間、人形の中から
 黒い煙が立ち上った。
 煙はやがて黒い人のような形を取り、俺の首に手を当てた。慌てて柏木を振り回す
 が、柏木は黒い体をすり抜ける。
 黒い手が、力を籠める。手は実体のようで、掴んで引き離そうとするも力が強くて
 ビクともしなかった。

「あ・・・がっ・・・」

 首が締まる。・・・息が、できない。

「蒼汰!!」

 御鈴の声が聞こえる。御鈴は何もされていないようで、御鈴から受けた命令は
 効力を発揮していないようだ。
 俺は途切れそうになる意識を何とか繋ぎ止めながら、かすれた声で言った。

「め、いれ・・・を・・・」

 俺の言いたいことが伝わったのか、御鈴の息を呑む音が聞こえる。
 頼むよ、御鈴。そう心の中で念じてみる。御鈴に伝わったのかは分からないが、
 彼女は息を吸い込み力強く言った。

「そ奴の息の根を止めろ、蒼汰!!」

 その瞬間、体が勝手に動く。俺の首を絞める手を掴み、思いっ切り引き剥がす。
 爪が食い込んでいたのか首から血が飛び散るが、そんなのは後だ。
 俺は離れた黒い体に向かって柏木を突き出す。柏木はすり抜けるが、それを
 そのまま上に振り上げた。
 ガンッと音がする。頭は実体だったらしく、そのまま頭の部分が破裂するように
 霧散した。

「何だそれ・・・」

 糸繰が嘘だろと言いたげな目で俺を見る。頭が無くなってもなお動き続けるその
 黒い人のようなものは、俺から標的を変え御鈴の首を締めようとした。

「俺の主に手を出すな」

 勝手に零れた言葉に口角を上げながら、体を捻り柏木を振る。御鈴の首に触れて
 いた黒い手が、柏木が当たると同時に霧散した。
 頭と手がなくなった黒い人のようなものは、姿を消す。未だに自分のものではない
 ような感覚の体に力を籠め、俺は呟いた。

『痛みよ、あの者に苦しみを与えたまえ』

 糸繰に向かって、柏木を投げる。
 命令によって身体能力が人間離れしているからか、足が動かないため不安定では
 あるものの尋常じゃないスピードで柏木が糸繰の手に当たる。

「いっっ・・・!!?」

 糸繰が声を上げ、手に持っていた人形を手放す。それと同時に動くようになった
 足で地面を蹴り、糸繰に迫った。
 手を押さえ、痛そうに顔を顰めながら糸繰は俺を睨みつける。柏木を拾い殴り
 掛かろうとすると、糸繰が小さな声で何かを呟いた。
 ・・・柏木を振り下ろす直前、糸繰の姿が消えた。突然襲ってきた疲労感に、
 命令の効力が切れたのだと悟る。

「くっそ、逃げられたか・・・」

 そう呟くと、後ろから御鈴が抱き着いてくる。御鈴の頭を撫でていると、令の声が
 聞こえた。

「蒼汰、御鈴様!大丈夫か?!」

 そちらを向くと、利斧を連れた令が駆け寄ってきていて。
 俺の肩に飛び乗った令に大丈夫と頷くと、令は心配そうな声で言った。

「お前、にゃんか凄い血が出てたみたいだけど・・・。まあ今は止まってるから良い
 けど、フラフラになってたりしてないか?」

「・・・・・・え?」

 サッと血の気が引く。おかしい、そう思いながら首に手を当てる。令の言う通り
 血は止まっているのだが、首を触った手にはベッタリと血が付いていた。
 ・・・この傷はさっきあの黒い手を引き剥がした時に付いたものだ。こんなに出血
 していたのに、あんな短時間で血が止まる訳がない。

「え、あれ・・・?」

 俺が困惑した声を上げていると、利斧はクスリと笑う。
 そして眼鏡をクイッと上げると、俺を見て微笑みながら言った。

「神通力、使ったんですね。おめでとうございます、ようこそ
 へ」

 人でも妖でも神でもない、中々に面白いですよ貴方。そう言った利斧は、俺に
 抱き着いたまま微動だにしない御鈴に近付く。
 御鈴が恐る恐る顔を上げると、利斧はニッコリと笑った。

「そ、蒼汰・・・」

 御鈴が目に涙を浮かべて俺を見る。動揺していた心が、スッと落ち着く感じが
 した。
 体の変質が始まったとき、変わることに対して何故か恐怖を感じていなかった。
 よく考えてみれば、今もそうなのかもしれない。
 俺はその場にしゃがみ、御鈴と目線を合わせる。御鈴の涙を指で拭い、微笑み
 ながらそっと抱きしめて言った。

「大丈夫。・・・俺が守るよ、大切な主」

 御鈴が声を上げて泣き始める。
 それに驚いてビクリと体を揺らすと、令も驚いたのか俺の肩から飛び降りた。
 その様子を見ていた利斧はクスクスと笑うと、御鈴の頭を撫でる。

「御鈴、そんなに泣いては蒼汰を困らせてしまいますよ。ほら、従者が守ると言って
 くれているのです、何か言うことがあるのでは?」

「うえっ・・・グスッ・・・蒼汰、ありがとう・・・」

 利斧の言葉に御鈴はそう言って、俺の肩に顔を埋める。
 御鈴の頭を撫でると、力強く抱きしめてきた。

「み、御鈴!痛い、痛いって!!」

 俺がそう言うと、すまぬと御鈴は力を緩める。
 力を緩めてもらったことで体が楽になると同時に、体から力が抜けた。

「あ・・・」

 そのまま御鈴に寄り掛かるようにして倒れる。
 暗くなる視界に、これもタイミング悪いんだよなあ・・・なんて考えながら、俺は
 意識を手放した。
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