神と従者

彩茸

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第一部

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―――何かに熱中していると、時が経つのは早いもので。
御鈴に貰った長い棒・・・所謂、棒術というもので使われるような棒の扱いを覚える
ため、情報を仕入れては練習する。御鈴曰く俺には才能があったらしく、夏休みが
終わる頃には動画で見たものとほぼ同じ動きができるようになっていた。

「蒼汰ー、妾はお腹が空いたぞ」

 体力作りのために始めた朝のランニングから帰ると、御鈴が頬を膨らませながら
 俺を見る。

「ちょっと待ってろ、今作るから」

 そう言って着替え、台所に立つ。トースターで食パンを焼き、その間に作った
 焼きベーコンと目玉焼きをその上に乗せる。
 良い香りにつられて腹が鳴る。御鈴の腹からも音がして、思わず吹き出した。

「いただきます」

 声を揃えて、手を合わせる。
 そしてトーストに齧りつくと、パリッと良い音がした。

「やはり美味しいのう・・・」

 御鈴が幸せそうな顔で言う。

「昔母さんが作ってくれてから、俺の好物なんだ」

 俺がそう言うと、御鈴はそういえばと首を傾げた。

「お主の両親は何処におるのじゃ?この家に来てから一度も姿を見ていないん
 じゃが」

「海外出張中だよ。暫くは帰ってこない」

 御鈴の言葉にそう言うと、御鈴は牛乳を飲みながら言った。

「寂しくはないのか?」

 俺は回答に少し悩む。そして、牛乳に手を伸ばしながら言った。

「・・・慣れてるから、寂しくない。昔から、あまり家に帰ってこないんだ」

「そうか・・・」

 御鈴はそう言うと、トーストに齧りつく。静かになった部屋の中で、トーストを
 齧る音だけが響いていた。



―――夏休みも終わり、授業が始まる。電車で一時間半ほどの距離にあるキャンパス
に向かいながら、山霧姉弟から借りた妖についての本を読む。御鈴からも話は聞いて
いるが、彼女自身も自分と信者のことしかよく分かっていないらしい。
電車に揺られ、気付けば最寄り駅に着いていた。電車を降り、キャンパスへ。
少し早く着き過ぎたかと思っていると、植木の上に何かが座っているのが見えた。

「うーにゃーにゃー、にゃにゃ~ん」

 楽しそうに口ずさんでいるそれに近付くと、猫だった。
 ・・・いや、猫とは少し違う。猫の尻尾は二又に分かれており、物語の中で見る
 ような典型的な猫又だと気付いた。
 灰色の毛の猫又を見ていると、そいつと目が合う。

「・・・にゃ?」

 猫又は俺の顔をまじまじと見ると、驚いたように跳び上がる。

「にゃ、にゃんだお前!にゃんでボクが見える!!」

 そう言って警戒するように俺を睨む猫又に、どう返そうかと悩む。

「えっと・・・何かごめんな?」

 取り敢えずそう言うと猫又は恐る恐る俺に近付いてきて、確認するように匂いを
 嗅いだ。
 フンフンと匂いを嗅がれている間、一応大人しくしておく。すると、猫又は俺の
 肩に飛び乗って言った。

「お前、にゃんか不思議なニオイがするぞ。ボクはれい、お前名前は?」

「岸戸 蒼汰、だけど・・・」

 俺がそう言うと、猫又・・・令は俺の頬に顔を擦り付ける。

「蒼汰か。・・・お前気に入った、ボクの下僕にしてやるよ」

「はあ?」

 首を傾げると、撫でろと言わんばかりに令は頭をこちらに向けてくる。頭を撫でて
 やると、嬉しそうにゴロゴロと喉を鳴らした。
 満足した様子の令は、俺の肩から降りると俺を見上げて言った。

「下僕、ボクは優しいから教えてやる。人間は、妖にあまりフルネームをばらさない
 方が良いぞ」

「何で」

「妖の中には、名前を使って無理矢理操れる奴もいるからな。それだけじゃない、
 呪術に使われることもある。・・・まあ、よっぽど強い人間じゃない限りは、
 フルネーム知られたら悪用され放題だと思った方が良いぞ」

 そう言って令は笑う。見た目は猫なのに何処か気味の悪いその笑みに、ゾワリと
 寒気がした。

「まあ安心しろ、ボクは優しいから下僕にそんなことはしないさ」

 令は俺に背を向けると、行くぞ下僕と言って歩き出した。
 授業がある教室と逆方向に進む令にどうしようかと思っていると、令が振り向いて
 言った。

「おい下僕、付いてこいよ」

「いや俺、これから授業だし・・・」

 俺の言葉に、令は首を傾げる。

「にゃんだ授業って。美味いのか?」

「・・・食い物じゃねえよ」

 思わず溜息を吐く。にゃんだ違うのかと残念そうに言いながら戻ってきた令は、
 俺の足元に擦り寄って言った。

「じゃあ教えろ、付いて行ってやるから」



―――夕方。電車に揺られ、家に帰る。
人間の授業は猫又にはかなり退屈だったらしく、令は他の人に見えないことを利用
して様々な人のシャーペンやら消しゴムやらを落として遊んでいた。
・・・もう絶対に、授業には連れて行かない。

「蒼汰、遅いぞ!!」

 部屋に入ると、御鈴がそう言って頬を膨らませる。

「しょうがないだろ、学生なんだから」

 そう言いながら持っていた鞄を置くと、鞄のチャックが独りでに開いた。

「おい下僕、もうちょっと慎重に運べ!!」

 鞄の中から、不満げな様子の令が出てくる。令は御鈴を視界に入れると、跳び
 上がって言った。

「にゃ、にゃんだお前え!」

「何だはこちらの台詞じゃ!」

 互いに警戒している様子の御鈴と令に、既視感を覚える。・・・ああこれあれだ、
 前にテレビで見た猫の初顔合わせと同じなんだ。

「喧嘩するなよー」

 そう言いつつ、俺は台所へと向かう。すると、後ろから御鈴と令が付いてきた。

「お主妾の従者じゃろう!守るって言ったじゃろう!主を見知らぬ妖と一緒に置いて
 行くなあ!!」

 御鈴が怒ったように言う。

「おい下僕!こいつからも不思議なニオイがするんだが?!」

 令がそう言って俺の肩に飛び乗る。

「勝手に乗りおったな?!蒼汰は妾のじゃー!」

 そう言って抱き着いてきた御鈴の頭を撫でながら、俺は言った。

「夕飯作るから、それまでに自己紹介でもしとけよ。御鈴、喧嘩したら飯の量減らす
 からな」

「・・・それは嫌じゃ」

 そう言うと、御鈴は俺から離れる。

「令も、喧嘩したら追い出すからな」

「下僕のくせに・・・」

 令はそう言って俺の肩から降りる。
 そのままその場で自己紹介を始めた彼女達を横目に、俺は冷蔵庫を開けた。
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