3 / 11
3話
しおりを挟む
獣からほどけた、明らかに体に悪そうな黒い粒が、次々と希に吸い込まれていく。
「ゔん!?」
ジタバタと逃れようとするが、結局まともに身動きが取れないのでされるがままになっていると、やがて獣がほどけきり、気が付いた時には希の目の前で白い光が瞬いていた。おそらく黒い粒子から産み落とされたのであろうそれはまぶしく、暗闇に慣れ切った目には刺激が強い。目をパチパチして慣れさせようとすると、ふぁん、と頭に不思議な声が響いた。
『ありがとう。たすけてくれて』
たすけてくれて、というのは黒い塊から解放してくれて、という意味であろうか。この白い光も魔物になりたくてなったわけではないということなのだろうか。
希の心の声にこたえるように何度か明滅した後、白い光は希の周りをクルクルと回る。すると両手足を縛っていた縄と口を覆っていた布が、もともとなかったかのように霧散した。
『おれい』
少しだけ嬉しそうに瞬く光にありがとう、と言ってギシギシと鳴る体を起こし、希は問う。
「あなたは、何者なの? なんであんな姿に……?」
『わたしはせいれいだよ。しょうきにあてられるとまものになっちゃうの。しょうきをあなたがとりのぞいてくれた。だからわたしはせいれいにもどれた。ありがとう』
「あの黒いのが瘴気なのかな。凄い勢いで吸ってたけど……私が魔物になっちゃったりとかしない?」
白装束の連中に復讐するにしても、さすがに魔物の姿で襲うのは嫌だ。それに一緒に召喚された彼女が聖女だというなら、遠くない未来に彼女に浄化されて消される可能性が出てくるのではないか。希のまっとうな不安に、白い光はまた希の周りをクルクルと回った。
『だいじょうぶ。あなたも、あなたのまわりのくうきも、すごくきれい』
「そうなの? ひとまず良かった、でいいのかな」
よく分からないことだらけだが、体調がすこぶる悪いわけでもないし、生きている。
希が胸を撫でおろすと、光が左右に揺れ、『あなた、おなまえなあに?』ときいた。それに希が答えると、光は希のおでこに軽く口付けるかのように触れ、舞い上がった。
『のぞみ。わたしたちせいれいの、きぼうのめがみ。どうかーー』
それを言い残して、星空にふわりと光は、精霊は溶け込んでいった。
「……え?」
残された希は、ただその空を見上げて精霊の言葉を反芻した。
『悪しき人間の心から、私たちを解放して』
これは、聖女に選ばれなかった女の物語。
人間に捨てられ、精霊に見初められた女の物語。
女が世界中の憂いを引き受けて、聖女に浄化されるまでの。世界がハッピーエンドに至るまでの物語。
「ゔん!?」
ジタバタと逃れようとするが、結局まともに身動きが取れないのでされるがままになっていると、やがて獣がほどけきり、気が付いた時には希の目の前で白い光が瞬いていた。おそらく黒い粒子から産み落とされたのであろうそれはまぶしく、暗闇に慣れ切った目には刺激が強い。目をパチパチして慣れさせようとすると、ふぁん、と頭に不思議な声が響いた。
『ありがとう。たすけてくれて』
たすけてくれて、というのは黒い塊から解放してくれて、という意味であろうか。この白い光も魔物になりたくてなったわけではないということなのだろうか。
希の心の声にこたえるように何度か明滅した後、白い光は希の周りをクルクルと回る。すると両手足を縛っていた縄と口を覆っていた布が、もともとなかったかのように霧散した。
『おれい』
少しだけ嬉しそうに瞬く光にありがとう、と言ってギシギシと鳴る体を起こし、希は問う。
「あなたは、何者なの? なんであんな姿に……?」
『わたしはせいれいだよ。しょうきにあてられるとまものになっちゃうの。しょうきをあなたがとりのぞいてくれた。だからわたしはせいれいにもどれた。ありがとう』
「あの黒いのが瘴気なのかな。凄い勢いで吸ってたけど……私が魔物になっちゃったりとかしない?」
白装束の連中に復讐するにしても、さすがに魔物の姿で襲うのは嫌だ。それに一緒に召喚された彼女が聖女だというなら、遠くない未来に彼女に浄化されて消される可能性が出てくるのではないか。希のまっとうな不安に、白い光はまた希の周りをクルクルと回った。
『だいじょうぶ。あなたも、あなたのまわりのくうきも、すごくきれい』
「そうなの? ひとまず良かった、でいいのかな」
よく分からないことだらけだが、体調がすこぶる悪いわけでもないし、生きている。
希が胸を撫でおろすと、光が左右に揺れ、『あなた、おなまえなあに?』ときいた。それに希が答えると、光は希のおでこに軽く口付けるかのように触れ、舞い上がった。
『のぞみ。わたしたちせいれいの、きぼうのめがみ。どうかーー』
それを言い残して、星空にふわりと光は、精霊は溶け込んでいった。
「……え?」
残された希は、ただその空を見上げて精霊の言葉を反芻した。
『悪しき人間の心から、私たちを解放して』
これは、聖女に選ばれなかった女の物語。
人間に捨てられ、精霊に見初められた女の物語。
女が世界中の憂いを引き受けて、聖女に浄化されるまでの。世界がハッピーエンドに至るまでの物語。
31
お気に入りに追加
16
あなたにおすすめの小説
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
悪役令嬢に転生したので、すべて無視することにしたのですが……?
りーさん
恋愛
気がついたら、生まれ変わっていた。自分が死んだ記憶もない。どうやら、悪役令嬢に生まれ変わったみたい。しかも、生まれ変わったタイミングが、学園の入学式の前日で、攻略対象からも嫌われまくってる!?
こうなったら、破滅回避は諦めよう。だって、悪役令嬢は、悪口しか言ってなかったんだから。それだけで、公の場で断罪するような婚約者など、こっちから願い下げだ。
他の攻略対象も、別にお前らは関係ないだろ!って感じなのに、一緒に断罪に参加するんだから!そんな奴らのご機嫌をとるだけ無駄なのよ。
もう攻略対象もヒロインもシナリオも全部無視!やりたいことをやらせてもらうわ!
そうやって無視していたら、なんでか攻略対象がこっちに来るんだけど……?
※恋愛はのんびりになります。タグにあるように、主人公が恋をし出すのは後半です。
1/31 タイトル変更 破滅寸前→ゲーム開始直前
元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
私を幽閉した王子がこちらを気にしているのはなぜですか?
水谷繭
恋愛
婚約者である王太子リュシアンから日々疎まれながら過ごしてきたジスレーヌ。ある日のお茶会で、リュシアンが何者かに毒を盛られ倒れてしまう。
日ごろからジスレーヌをよく思っていなかった令嬢たちは、揃ってジスレーヌが毒を入れるところを見たと証言。令嬢たちの嘘を信じたリュシアンは、ジスレーヌを「裁きの家」というお屋敷に幽閉するよう指示する。
そこは二十年前に魔女と呼ばれた女が幽閉されて死んだ、いわくつきの屋敷だった。何とか幽閉期間を耐えようと怯えながら過ごすジスレーヌ。
一方、ジスレーヌを閉じ込めた張本人の王子はジスレーヌを気にしているようで……。
◇小説家になろうにも掲載中です!
◆表紙はGilry Drop様からお借りした画像を加工して使用しています
本の虫令嬢は幼馴染に夢中な婚約者に愛想を尽かす
初瀬 叶
恋愛
『本の虫令嬢』
こんな通り名がつく様になったのは、いつの頃からだろうか?……もう随分前の事で忘れた。
私、マーガレット・ロビーには婚約者が居る。幼い頃に決められた婚約者、彼の名前はフェリックス・ハウエル侯爵令息。彼は私より二つ歳上の十九歳。いや、もうすぐ二十歳か。まだ新人だが、近衛騎士として王宮で働いている。
私は彼との初めての顔合せの時を思い出していた。あれはもう十年前だ。
『お前がマーガレットか。僕の名はフェリックスだ。僕は侯爵の息子、お前は伯爵の娘だから『フェリックス様』と呼ぶように」
十歳のフェリックス様から高圧的にそう言われた。まだ七つの私はなんだか威張った男の子だな……と思ったが『わかりました。フェリックス様』と素直に返事をした。
そして続けて、
『僕は将来立派な近衛騎士になって、ステファニーを守る。これは約束なんだ。だからお前よりステファニーを優先する事があっても文句を言うな』
挨拶もそこそこに彼の口から飛び出したのはこんな言葉だった。
※中世ヨーロッパ風のお話ですが私の頭の中の異世界のお話です
※史実には則っておりませんのでご了承下さい
※相変わらずのゆるふわ設定です
※第26話でステファニーの事をスカーレットと書き間違えておりました。訂正しましたが、混乱させてしまって申し訳ありません
溺愛最強 ~気づいたらゲームの世界に生息していましたが、悪役令嬢でもなければ断罪もされないので、とにかく楽しむことにしました~
夏笆(なつは)
恋愛
「おねえしゃま。こえ、すっごくおいしいでし!」
弟のその言葉は、晴天の霹靂。
アギルレ公爵家の長女であるレオカディアは、その瞬間、今自分が生きる世界が前世で楽しんだゲーム「エトワールの称号」であることを知った。
しかし、自分は王子エルミニオの婚約者ではあるものの、このゲームには悪役令嬢という役柄は存在せず、断罪も無いので、攻略対象とはなるべく接触せず、穏便に生きて行けば大丈夫と、生きることを楽しむことに決める。
醤油が欲しい、うにが食べたい。
レオカディアが何か「おねだり」するたびに、アギルレ領は、周りの領をも巻き込んで豊かになっていく。
既にゲームとは違う展開になっている人間関係、その学院で、ゲームのヒロインは前世の記憶通りに攻略を開始するのだが・・・・・?
小説家になろうにも掲載しています。
婚約破棄されたら魔法が解けました
かな
恋愛
「クロエ・ベネット。お前との婚約は破棄する。」
それは学園の卒業パーティーでの出来事だった。……やっぱり、ダメだったんだ。周りがザワザワと騒ぎ出す中、ただ1人『クロエ・ベネット』だけは冷静に事実を受け止めていた。乙女ゲームの世界に転生してから10年。国外追放を回避する為に、そして后妃となる為に努力し続けて来たその時間が無駄になった瞬間だった。そんな彼女に追い打ちをかけるかのように、第一王子であるエドワード・ホワイトは聖女を新たな婚約者とすることを発表した。その後はトントン拍子にことが運び、冤罪をかけられ、ゲームのシナリオ通り国外追放になった。そして、魔物に襲われて死ぬ。……そんな運命を辿るはずだった。
「こんなことなら、転生なんてしたくなかった。元の世界に戻りたい……」
あろうことか、最後の願いとしてそう思った瞬間に、全身が光り出したのだ。そして気がつくと、なんと前世の姿に戻っていた!しかもそれを第二王子であるアルベルトに見られていて……。
「……まさかこんなことになるなんてね。……それでどうする?あの2人復讐でもしちゃう?今の君なら、それができるよ。」
死を覚悟した絶望から転生特典を得た主人公の大逆転溺愛ラブストーリー!
※最初の5話は毎日18時に投稿、それ以降は毎週土曜日の18時に投稿する予定です
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる