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 獣からほどけた、明らかに体に悪そうな黒い粒が、次々と希に吸い込まれていく。

「ゔん!?」

 ジタバタと逃れようとするが、結局まともに身動きが取れないのでされるがままになっていると、やがて獣がほどけきり、気が付いた時には希の目の前で白い光が瞬いていた。おそらく黒い粒子から産み落とされたのであろうそれはまぶしく、暗闇に慣れ切った目には刺激が強い。目をパチパチして慣れさせようとすると、ふぁん、と頭に不思議な声が響いた。

『ありがとう。たすけてくれて』

 たすけてくれて、というのは黒い塊から解放してくれて、という意味であろうか。この白い光も魔物になりたくてなったわけではないということなのだろうか。
 希の心の声にこたえるように何度か明滅した後、白い光は希の周りをクルクルと回る。すると両手足を縛っていた縄と口を覆っていた布が、もともとなかったかのように霧散した。

『おれい』

 少しだけ嬉しそうに瞬く光にありがとう、と言ってギシギシと鳴る体を起こし、希は問う。
 
「あなたは、何者なの? なんであんな姿に……?」
『わたしはせいれいだよ。しょうきにあてられるとまものになっちゃうの。しょうきをあなたがとりのぞいてくれた。だからわたしはせいれいにもどれた。ありがとう』
「あの黒いのが瘴気なのかな。凄い勢いで吸ってたけど……私が魔物になっちゃったりとかしない?」

 白装束の連中に復讐するにしても、さすがに魔物の姿で襲うのは嫌だ。それに一緒に召喚された彼女が聖女だというなら、遠くない未来に彼女に浄化されて消される可能性が出てくるのではないか。希のまっとうな不安に、白い光はまた希の周りをクルクルと回った。

『だいじょうぶ。あなたも、あなたのまわりのくうきも、すごくきれい』
「そうなの? ひとまず良かった、でいいのかな」
 
 よく分からないことだらけだが、体調がすこぶる悪いわけでもないし、生きている。
 希が胸を撫でおろすと、光が左右に揺れ、『あなた、おなまえなあに?』ときいた。それに希が答えると、光は希のおでこに軽く口付けるかのように触れ、舞い上がった。

『のぞみ。わたしたちせいれいの、きぼうのめがみ。どうかーー』

 それを言い残して、星空にふわりと光は、精霊は溶け込んでいった。

「……え?」

 残された希は、ただその空を見上げて精霊の言葉を反芻した。

『悪しき人間の心から、私たちを解放して』

 これは、聖女に選ばれなかった女の物語。
 人間に捨てられ、精霊に見初められた女の物語。

 女が世界中の憂いを引き受けて、聖女に浄化されるまでの。世界がハッピーエンドに至るまでの物語。
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