【手紙】私の幼馴染へ / みんなの勇者さまへ

99万回死んだ猫

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一話

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拝啓
私にとってたった一人の幼馴染へ

 君に手紙を書くのは初めてだね。そして、これが最後になるのかな。
 ともかく君がこの手紙を読んで泣いてくれるかな。私を惜しんで泣いてほしいな。そう思う私はずるいかな。君に一度もわがままを言わなかったからこれくらい許されるよね。
 でも、自分の涙は自分で拭ってね。他の娘にぬぐってもらうのは『めっ』だからね。

 こんなことを書いても君は誰かの胸で泣いていそうだな。
 だって、君はみんなの『勇者さま』だもんね。
 誰よりも強く、美しく、優しい『勇者さま』。この世に悪逆と混沌を振りまいた魔王を討ち、女子供を食い物にしている悪徳貴族の心根を正し、誰かが死ねば他の誰より涙を流す『勇者さま』。
 君の後ろ姿を見てみんなは正義を、平和を夢見ている。

 でもね。私は君が『勇者さま』なんかになりたくなかったことを知っているよ。
 だって、君は誰よりも優しいもの。本当は魔王さまだって切りたくなかったよね。悪徳貴族は斬れなかったんだよね。君のために誰かが死ぬのは悲しいよね。

 いつからだろうね。
 君にとって、人を助けることが重荷になったのは。

 村にいたころは気軽に助けられたのにね。
 森の奥にある薬草を拾ってこなければいけないとき、君は率先して飛び込んでいたね。畑を守るために魔物退治にいちゃったときもあったよね。倒せたのに、私に大泣きされるし、君のお母さんと村長さまにはこっぴどく叱られるし、君はあのことをどう思っているのかな。

 『勇者さま』と呼ばれ始めてからかな。
 君が手を伸ばす前に考えるようになったのは。
 昔なら通りがかった村で助けを求められれば間髪入れず伸ばせていた手。どんどん手を出せなくなっていったよね。でも、君は彼らの手を取りたかったんだよね。村を離れるとき、君が何度も村の方を見ていたのを知っているよ。
 私が上手いようにやっといたよって言っているのに信じてくれないのはどうかと思うけど。村の小さな困りごとは冒険者のみんなが、そばに現れた魔物は騎士団が君の代わりに対処してくれていたんだよ。
彼らは何度も言っていたよ。『君に恩返しがしたい』って。

 お姫様や魔女さまが私たちの旅についてきてからかな。
 君が人を助けられなくなっていったのは。
 どんどん視野が広がっていったんだよね。魔物にも家族がいるから斬りずらいよね。どちらかが絶対悪いってことがないものね。優しい君はどちらにも手を差し伸べたいよね。
 お姫様も本当は旅についてきてほしくなかったんだよね。でも、ついてこないと貴族の人がお姫様のこと悪く言うものね。君とお姫様を天秤にかけたら、君は迷わず君が困る方を取るよね。

 君は困っていたね。
 お姫様も魔女さまも君と結婚するために旅についてきていたものね。
 もし二人が君と結婚することを嫌がっていればよかったのにね。
 君はいつも困っていた。
 けれど、私は忘れていません。お姫様に胸を当てられて、一瞬鼻を伸ばした瞬間を。

 うん。まあ、ここまでグダグダ書いてなにが言いたいのかっていうとね。

 君は君のために生きなさい。

 みんなの『勇者さま』ではなく、寒村で生まれた『アイザック』として生きなさい。そして、『アイザック』としての幸せを見つけなさい。
 今の君は人を助けることはたいそう重荷でしょ。
 だから、逃げてもいい。忘れてもいい。どこか人のいない山奥にでも隠れてしまいなさい。そして、いつの日か。人と話したいと思ったときにまた降りてきなさい。そこで助けたいと思えば、助けなさい。めんどくさいと思えば、逃げてしまいなさい。

 私は君が、アイザックが幸せになることを望むよ。

君のことが好きだったけど、いう機会を逃してしまった村娘より
敬具
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