英雄は背を向けられない

99万回死んだ猫

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1章:城塞都市フランセーズ編

二人ではなく、三人で酒場へ

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 ウィリアムの発言はフラグにならず、一週間、町には日常があった。次の日が当たり前に来る日常という平和で理想的な幻想があった。
 アリアはその間にきっちり回復した。擦り傷と切り傷で体中がずたずたになっていたとは思えないほどに回復していた。そもそもアリアの場合、オークの変異種、ゴリアテとの打ち合いで発生した肉体的疲労が原因でゴリアテに膝をついたのであって外傷は吹き飛ばされただけだ。外傷自体はウィリアムと大して変わりはない。

 傷が治ったことで彼らにも日常が戻っていた。

「アリア」

 声をかけながらウィリアムはドアを開く。
 アリアはドアに開いた音にすら気づかず、ベッドの上で寝こけている。たいそう幸せそうな寝顔で寝ている。

「今日の夢は何だろう、な!」

 掛け声をかけながら布団を剥ぐ。
 包帯もとれ健康的な体となったアリアがお腹を出しながら寝ている。ウィリアムとしては特に言うこともないが、アリアの母親がこの状況を見たら嘆くだろうなと思った。
 別にアリアが花よ蝶よと育てていたというわけではなく、さすがにこれは男だろうが女だろうが嘆かれるだろう。

「毎回思うが、布団をとってもなんで起きないんだ。俺以外の人が起こそうとすれば触れられる前に起きるくせして」

 アリアは熟練の剣士である。
 寝ていても気配くらいは無意識で感じる。だから、他人が周りでうろつけば睡眠が浅くなるし、触れようとしようものなら覚醒する。
 ウィリアムの前だけこのざまというだけだ。

「窒息でもさせて物理的な危機に陥らせないと起きないっていうのも無警戒にもほどがあるよな。俺が剣でも振ろうものなら一瞬で首が落ちることになるのに」

 試しに抜剣。首筋に剣を置くなんて当の昔に試している。
 起きなかったのでげんなりとしたが。

 比類なき信頼。ウィリアムも今の関係には基本的に文句はなかった。
 ただ、寝起きだけはどうにかしてくれないかなぁとは常々思っているが。

「さて」

 鼻と口をふさいで起こす。
 アリアは顔が真っ赤になったころに目を覚ました
 ウィリアムは目を覚ますと同時に手を放す。

「おはよう。アリア」
「……おはよう。ウィル」

 アリアは一瞬窓際に目を配る。

「影時計で時間を確認するのはやめろや。さめて俺が外に出てからしろ」

 アリアはさっと目をそらす。影時計で時間を確認してまだ寝られそうなら寝ようと考えていたためだ。

「下手な口笛を吹いても無駄だからな」

 ヒュー、ヒューと空気が通っているだけのアリアの口笛。

「はやく準備をしろ」

 胡乱げな目でウィリアムを見るアリア。
 ウィリアムは基本的に起こした後は外に出る。
 それが今日は椅子から立ち上がらない。まあ、アリアも布団の上で座っているだけなのだが。

「……私の着替えでも見たいの……?」
「アリアの着替えを見てどうするんだよ。今日はリーナとの約束の日なんだよ」

 目を閉じながらそう告げる。
 見ないから勝手に着替えろと言わんばかりの姿にアリアは苦笑する。自分の容姿は整っているはずなのだけどなと思いながら。
 小さいころから離れることなく成長した二人にとってお互いの裸なんて今更といったところだ。先進国のインフラの整った生活をしているわけではなく、野営や雑魚寝、それこそ負傷の治療を繰り返す生活を送っていればお互いの裸くらいなんども見ることになる。

 絹後すれの音。

「ウィル。終わったわよ」
「そうか。なら行くか」


 ◇


 昼でも飲んだくれが一人くらいいる酒場。ギルドの酒場。
 そこに三人はそろっていた。
 オークの処理報告について報告確認をしたかったからだ。自分たちが倒した以上の数倒れていたや逆に数が減っていた、死体が損傷していたなどの問題が起こっていないか確認するためだ。
 例えば、死体が減っていたとする。もしそのうえで肉が地面に散らばっていなかったとするとネクロマンサーが出現した可能性が高い。しかも、辺境都市フランセーズにはネクロマンサーが公的にいないので魔物側のネクロマンシーがいることになる。
 このような危険の回避のための報告確認だ。

「これがギルドに頼んだ冒険者からの報告内容だ。とりあえず、二人が読み終わってから意見交換をしようか」

 そういってウィリアムは木札でできた報告書をリーナに手渡す。
 アリアにも渡さないのは冒険者ギルドが報告書を冒険者に見せる用途ギルドに保管する用の二つしか用意しないからだ。資金的な問題を抱えているわけではないが、冒険者に見せるためにたくさん作るほど冒険者ギルドもお人よしではないというわけだ。それこそ、外に出ないなら基本的に暇な職業の代名詞が冒険者なのだから。

「では、アリアさん」

 リーナは一通り目を通した後、アリアに渡す。
 途中何度か目を見開たり、口に手を当てていたが最終的にはウィリアムの言う通りにした。

「ん」

 おざなりにアリアは受け取る。
 基本的に何もないからアリアもちらっと眺めるだけですまそうとしていたが、何個かの記述で目が留まり熟読することになった。
 読み終わった後にアリアはウィリアムに質問を投げかける。

「あのオークがシャーマンってあり得るの?」

 結局、ウィリアムもアリアもリーナも気になった項目とはそれなのだ。

「俺たちの知っている粗野で、無頼なオーク像からはかけ離れているとは思うがあり得ないということはないだろ」

 ありえないがありえないことを証明することは限りなく不可能に近い。
 リーナもさっきから我慢していたことをウィリアムに聞く。

「……まだ、私の仇が生きているということですか?」

 解放された緊張感がリーナを満たそうとする。余裕のない能面のような顔を取り戻しながら。

「そういうことではないだろう」
「で、でも……!」
「二つの理由がある。そもそもゴリアテの討伐作戦は冒険者が主体だろ。襲われたから襲い返しただけだろ。もう一つは同じ種族でもないオーク種では人間の顔を識別できない。だから託宣があろうと、上位存在からの命令であってもお前の両親をピンポイントで倒すことは不可能だ」

 リーナは口の中でウィリアムの意見をかみちぎるような表情をしながらウィリアムの意見を精査する。もし間違いがあろうものなら仇討ちの準備を整えなければいけないから。

「リーナ」

 アリアがリーナのことを呼ぶ。
 静謐で、透き通る声を使って呼ぶ。
 これまでのお嬢ちゃんではなく「リーナ」、と。

「……お嬢ちゃんじゃなくていいんですか?」

 その返事にウィリアムは思わずククッと笑う。
 気づかれてはごまかしようがない。
 アリアはとりあえずウィリアムの脛を蹴った後、リーナに説明をする。

「いいのよ。お嬢ちゃんとは死線を超えたのだから」

 最後のオークを20匹殺すための突撃。
 別にリーナは逃げようと思えば逃げられたのだ。ウィリアムはアリアが負傷していたので逃げることはない。だから、二人を犠牲に逃げることもできた。
 腹のうちに何を抱えていようと命を張って死線を共に潜り抜けたことは事実なのだ。ならばアリアだってそれ相応の態度をとる。

「……生真面目ですね」
「そういうのではないわよ。友への敬意よ」
「そういうことをする人たちのことを生真面目って言うんですよ?」
「うるさいわねぇ……」

 アリアはリーナから目をそらしながらそう告げる。それはもう弱弱しい声で。

「アリアさんって気難しいですねぇ……」

 リーナはウィリアムにしみじみと告げる。
 アリアに憎たらしい笑みを浮かべているウィリアムに。

 リーナがウィリアムに話しかけたことで、アリアはウィリアムの顔に気づく。

「……ウィル!!その顔やめなさい!!」「なんのことだか」「その憎たらしい顔よ!!やめないとたたくわよ!!」「……あぶな。叩きながら言われてもな。それに後輩にすら気難しいとか言われているアリアのことを想うとこの顔になってしまって」「……うるさいわ!!その口閉じてやる」

 目の前で行われるじゃれつきを見ながらリーナは先ほどウィリアムに言われたことを吟味していた。仇討ちはリーナにとってかなり大事なことだから。

 リーナではウィリアムの説明を崩せないかと理解した頃、二人のじゃれあい、小突きあいは終わった。

「ウィルが悪いのよ」

 アリアはツーンとすました顔をしてそう述べる。
 ウィリアムのぼさぼさになった髪の毛と服装を見ながら。

「すまん。すまん」

 アリアに気安げな表情で謝罪をしたと思ったら一転、リーナに鋭い目を起こりながらウィリアムは問う。

「仇討ちはどうする?」
「わざわざ仇討ちに行くことはやめようと思います。」

 ウィリアムが緊迫しているからこそリーナは朗らかな雰囲気で返す。
 心配しないで大丈夫ですよといった雰囲気で。

「リーナは前科があるからな。ゴブリン討伐という名目でオークの村に襲撃をかけた」
「……それを突かれると反論がしがたいですね」

 アリアがそこに意見を投げる。
 これまでなら無干渉を貫いていたアリアが、だ。

「ウィル。リーナはおこちゃまなわけではないのだからその辺にしておきなさい」

 その指摘にまいったといった顔をしたウィリアムがリーナに頭を下げる。

「すまん。確かにリーナを信じるべきだったな」
「そんな……!頭を上げてください!ウィリアムさんとアリアさんは私の人生の禊を行ってくれた恩人なんですから!」
「わかった」

 ウィリアムは謝罪の押し付けは相手の迷惑になるだけということを理解していた。謝罪も感謝もくさるほど浴びてきたから。
 心の中で何かあれば助けようと再度思い直して。

 話を切り替えるようにアリアは一言だけ言う。だった相手にはそれで通じるから。

「ウィル」
「ああ。そうだったな。まあ、報告確認で問題はなかったということで一次会は終了にしようか」
「一次会ですか?」

 リーナは不可解な言葉を聞いたと言わんばかりの表情でウィリアムに問いかける。だって、問題になるようなオークの一件だけで二次も三次も行うような要件がないから。

「そうだ。二次会」
「パーッとやりましょうって会よ」
「でも、まだ昼で、す……、よ……?」

 外を見ながらリーナは首をかしげる。
 体幹時間ではそこまで時間がたっていないと思っていたが、もう太陽が赤くなる時間帯だったからだ。そして、それに伴い冒険者もぞろぞろと町に帰ってきていた。

「かなり考えて混んでたわよ」
「そうなんですか……」

 リーナはドン引きした。リーナが考えこんでいた時間、二人はじゃれあっていたのだ。確か話し始めた時、太陽は中天のあたりだったのでおそらく3,4時間……?と想像してこれ以上考えることはやめた。砂糖を吐きそうだったから。

「ま、夜だから二次会しようぜ」

 いい笑顔でウィリアムはそう告げる。

「……わかりました」

 初めからこの答えは決まっていたのかもしれない。
 だって、リーナにとってこの二人は恩人である前に友人だから。

「じゃあ、そこのウェイター!料理をたくさんくれ!全部買うぞ!」
「ワインもよこしなさい!!飲むわよ!」

 この二言から始まったどんちゃん騒ぎは日をまたぐまで終わらなかった。ウィリアムも、アリアも、リーナもそれぞれがそれぞれの笑顔を浮かべて、幸せな時間を過ごした。


 ◇


 そして、これが三人にとって辺境都市フランセーズでの最後の思い出となった。
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