英雄は背を向けられない

99万回死んだ猫

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1章:城塞都市フランセーズ編

序盤戦

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 晴天の空。雲一つない快晴の空。もしこの空の下で童話が始まるならそれはたいそう幸せなシーンなのだろう。
 しからば、アリアとウィリアムが築き上げた血と臓物の道は天気に反逆している。ゴブリンアーチャーの殺害から始まった殺戮道。この道は晴天なんぞより暗雲と落雷がこれ以上ないほど似合う。

 アイオライトの道しるべは最後の役目を果たした。
 つまり、アリアとウィリアムとリーナをオークの村まで導いた。
 けれど、アイオライトの導きは確実に目的地まで導くがその光芒は怪物たちにも敵が来ることを知らせた。
 故に、三人を待ち構えるのは軽く50はいるオークの群れ。現代軍事で言い換えれば一個小隊の化け物がそこにはいた。
 鈍らな剣では切り裂けない筋肉質な体。人間の骨をも砕く牙。大樹を吹き飛ばす豪力。イノシシ以上のスピードで動く機動性。食物ピラミッドで上位に君臨するまごうことなき化け物、オーク。
 それが三人を殺すために今か今かと森林の中で待ち構えていた。

「……これは死にましたね……」

 だから、アリアがこう思うのは無理もない。
 普通はバリスタでやっとのこと仕留める化け物だ。森林の中で討ち取ることを画策するなら樹上から一撃を決めてから木を遮蔽物に討ち取ることがセオリー。間違っても切り開けた場所で、しかも味方より多い数を相手する相手ではない。

 それにアリアは思う。これまでの道でこの二人も消耗している、と。あの20匹の跡にも群れで襲ってきたゴブリンども。あるいは光に導かれてやってきた有象無象の化け物ども。そのどれをも一本の剣をもってたたき切ったアリア・ルテル。そしてその補助に神経をすり減らしたウィリアム・コルベール。
 今代の英雄である彼らを持っていしても今の状態でこれらのオークを切り捨てることは不可能だと思う。

「私が殿を務めます。私の仇討ちなのでお二人が死ぬことはないですよ。一匹でも多くを道ずれにしてやりますよ」

 だから、ここからは私の喧嘩だと彼らに告げる。あなたたちは死ぬことはないと。それにここまで連れてきてくれたことに感謝すらしているのだ。遺産を食いつぶしても殺しきれなかった化け物たち。本来の実力ではここまで来ることすらままならなかったのだから。

 しかし、二人の英雄は笑う。
 そして、告げる。

「馬鹿ね。お嬢ちゃんは賭けたんでしょ?私たちに」
「おう。信じろ。俺らを」

 しかし、二人の英雄の雰囲気はリーナの言葉に否をつけつける。

 雰囲気が語るのだ。

 “俺たちが勝つ”、と

「オーク共!!人類の敵!!クソども!!これから俺たちがおまえたちをぶっ殺す!!」

 ウィリアムは大口上を挙げる。
 鋼の剣、何の変哲もない鋼の剣をオークの首領、あの変異種に向けながら叫ぶ。
 口角を吊り上げ、ニィと笑いながら。

「ええ。私のために死になさい」

 この英雄の雰囲気はリーナを鼓舞する。

 体の震えは止まることもなく、彼我の戦力差は絶望的。状況に変わりなし。

 それでも、一歩もその場から足を引くことなく声を上げた。

「いいえ。アリアさん。私たちのために、です」

 三人の開戦の口上は終わった。

 変異種のオークも叫ぶ。

「ワレはオークの王ゴリアテ。キサマラをコロスモノ!!」

 ボスの口上にオークは答える。
 わかりきった答えを。

「ガァァァァァァァァァァァァァァァァッァァァァァァァァァ!!」

 50の音撃が開戦の合図となる。

 その合図を契機に総員弾ける。
 アリアも、ウィリアムも、リーナも、ゴリアテも、普通のオークも選択肢は一つ。ただ前進。
 アリアは変異種に一撃を入れるために。
 ウィリアムは敵を射程に収めるために。
 リーナは仇の首を刈るために。
 ゴリアテは自慢の剛腕で敵を殲滅するために。
 オークは近接こそすべてだったために。

 だから、この大衝撃は必然だった。
 『守護の剣』アリア・ルテルの剣と『オークの王』ゴリアテの拳が衝撃を生む。それでも両者は地面から足を浮かさない。アリアはオニキスの肉体の加護の力で、ゴリアテは持ち前の豪力で。体勢すら崩さず二人は二撃目を繰り出す。剣の一撃と拳の一撃という代り映えない一撃で。

 炸裂。炸裂。炸裂。
 空気の爆発。衝撃の津波。音の暴力。

 戦場の中心でアリアとゴリアテはぶつかり合う。

 砂塵と衝撃の中。オークも、アリアも、一歩も足を動かすことができなかった。必死に衝撃を耐え忍ぶことが精いっぱい。それに、足を浮かそうものなら後方に吹き飛んでしまうだろう。

 しかし、この空間で一人だけ多少制限はされたとしても動くことができるものがいた。彼にとってアリアが生み出す衝撃波は日常でしかない。弱き頃は動けない自分にほぞをかんでいた。戦いを始めたのは自分で最後まで責任をとるべきは自分なのにアリアに頼ってしまっていたあの頃。けれど、今いる彼はあの頃ではない。

 故に、彼の、『不敗』の一撃が花開く。

「ルビーよ。ルビー。宝石の王よ。我、ウィリアム・コルベールに加護を」

 簡潔な詠唱がウィリアムに赤色の加護を身にまとわせる。
 そして、そのまま詠唱をする。

「破滅、血を含みし赤。その伝承と歴史を受け継ぎし赤の権能よ」

 ゴリアテの方向に掲げた手の前。
 詠唱と共にウィリアムの体ほどの赤色の魔法陣が生成される。

 ゴリアテは赤の魔術を感じてからウィリアムから距離をとることを試みようとしていた。ゴリアテにとって平易な剣も、槍も、もちろん弓矢もその身には意味をなさないだろう。眼前の女が振るう剣は体を切断するだろうがそれは鋼の鋭さではなく、この女の技術と豪力ゆえだ。そして、この女と同様の危うさを男の赤から感じ取っていた。

「ガァァァァァァァァァ!!」

 それでも離れられない。その場に食い止められる。女の剣がオークに引くことを許さない。
 足を後ろに引く素振りを見せれば、その足でしか打ち返せない斬撃を放ち。女を吹き飛ばすための剛撃を撃とうものなら同等の剛撃をもって足を止められ。
 アリアの剛健はオークの足を食い止め続ける。

「一手でも手ぬるい手を打ってみなさい。その時はウィルの一撃を撃つ前に私が切り捨てるわ!!」

 虚勢を張りながらアリアは吠える。
 本来、『魔獣討伐流』のなにがしかの技で斬りあいたい。それは体が覚えた最適な動きが最高威力を発揮するからだ。
 それを目の前のオークの王は行わせてくれない。あくまで暴力。力のフィールドで戦うことを強要してくる。オニキスの加護があったところで本質は開放。当たり前のように消耗する、それも本来より格段に速いスピードで。
 だが、ウィリアムの一撃を決めるためにこれまで無理無茶通して踏ん張ってきた。

 だから、これは必然。
 ウィリアムの気配の高まりとともにアリアは吹き飛ばされる。ゴリアテの剛撃と共に吹き飛ばされる。押し負けたアリアは受け身もとることができず、ただ転がる。地面にすり、石に体を傷つけられそれでも転がり続ける。

 10メートルは後方にいたウィリアムの横を吹き飛ばされる。
 しかし、その時、世界は赤を受け入れる。
 だから、ウィリアムも出し惜しみをせず自身の全力をもって赤を解き放つ。

「今ここ、眼前の敵を撃ち滅ぼすためにその赤、現界せよ!!」

 炸裂の砲はゴリアテに直撃する。滅びの幻想を宿した赤の閃光はゴリアテに直撃した後、ゴリアテ後方にいたオークを消滅させ、その後ろにあった森を跡形もなく消し飛ばした。
 しかし、この一撃で削りきったのはゴリアテの右半身のみ。アリアのドロップアウト共に全力の横っ飛びを敢行したからだ。また、普通のオークとは比べ物にならない肉体強度が赤の閃光を受けてもゴリアテの体を現世に残した。

「…………ギッッッッッツツツ!!ガァァァァァァァァァ!!」

 だから、これは怒りの咆哮。
 ウィリアムたちに向けられた殺意の咆哮。

「しくじったわ。まさか吹き飛ばされるとは思っていなかったわ」

 血みどろながらアリアはウィリアムとリーナの横に立つ。
 まだ、私も戦えると言わんばかりの雰囲気で。

 奇しくも立ち位置は最初に戻る。
 三人は広場の入り口に立ち、オークはそれを待ち構える。

 アリアは頭を筆頭に体中に数多くの擦り傷を抱え、ゴリアテは右半身の機能停止。
 主力二人はこれにて負傷兵へ。衝撃の結界も二人の戦力低下により形成不可能。
 すなわち、これより一騎打ちの時代は終わり。総力戦の時代である。

 オーク陣営は赤の砲撃で滅ぼされなかった20匹のオークと右半身を機能停止となった『オークの王』ゴリアテ。
 対して、冒険者陣営は満身創痍のアリア。赤の砲撃で魔術の力の大半を失ったウィリアム。そして、オニキスの加護を受けたリーナ。

「……見誤ったわね」
「……ああ。仲間は三人。敵は21」
「……死線になりますよ」

 悲壮な想像に満ちた冒険者陣営。
 だから、ウィリアムは問う。

「死ぬ気は?」
「……なんでこれくらいで死ぬのよ」

 アリアは獰猛に笑う。
 本来、立つことも難しい体で、呵々、と笑う。

「……私はまだこれからですよ?……仇すら討ってないじゃないですか」

 リーナも吠える。
 ただ、仇を殺すために。ただ、それ以外の思いも生み出されてきたが。

「おうさ。これからだとも。いくぞ!!」

 死の恐怖と共に三人は足を前に出す————
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