英雄は背を向けられない

99万回死んだ猫

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1章:城塞都市フランセーズ編

獣の森

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獣のにおいがする森の中。上には気が生い茂り、満足に空を確認することはできない。
 それでも、木漏れ日は道を指し示す。光が道を浮かび上がらせる。獣道ではあるが、確かにそこには道があった。

「嫌な森だな」

 不自然な光の道。
 ウィリアムとアリアはその道を歩みながら顔をしかめた。

「そうですか?光が道を教えてくれるじゃないですか」
「光が道を作ることが、な。ここは街道のような人通りが激しい道じゃないんだぞ」
「……え?……ええ。そうですね?森なんてこんなものじゃないんですか?」
「……ああ?リーナ、もしかしてお前あの城塞都市から出たことないのか?」

 ウィリアムも特に意識した一言ではなかった。道すがらの雑談。

「……外に出たとして私は強くなれますか?」

 ただ、ウィリアムの質問がリーナの琴線に触れているだけで。
 ウィリアムもよどんだ声を聴いてやらかしたことを悟る。

「……わりぃ」

 少し雰囲気の悪くなった時。

 少し離れたところの鳥が一斉に飛んだ。かすかに聞こえる野生の声。
 すなわち、諍いの合図。

 その合図にウィリアムとアリア、リーナの三人はそれぞれがそれぞれの準備をして飛びだす。

「アリア!先行する!」

 言葉を残し、弾ける。足元の土を吹き飛ばし、木の側面に飛び移る。
 そして、そのまま木の側面を蹴りながら直進する。

「……すご……」

 リーナはふとこぼれていた自分の言葉に賛同する。というか、凄いどころか意味が分からなかった。空中で回りまくっているではないか。

 さすが英雄。さすが変人。意味不明だ。

「ねえ!お嬢ちゃんは行くの!?帰るの!?」
「行きますよ!」


 ◇


 ウィリアムは少し反省していた。アリアとリーナを残してきてしまったことに。
 ウィリアムとアリアにとってウィリアムが斥候の真似事を行い、アリアが遊撃として動くことが定石だった。
 だから、今回も諍いの匂いを感じて飛び出してしまった。

 それにそんなことを考えている余裕もない、か。
 前方にいるオーク3匹を見ながら思う。肉体的には完全に人間の上位互換の生物に。

 アリアと違って3メートルの巨体から放たれる拳を剣一本ではじくことなんてできないのだから。だから、ウィリアムはウィリアムのやり方でやる。

「オニキスよ。オニキスよ。魔払いの宝石よ。我、ウィリアム・コルベールに力を貸し与えたまえ!」

 石にまつわる伝承がそのまま発動者の力になる宝石魔法。宝石一つで人生を、国を破滅させることもあれば、たかだか指の片ほどの大きさしかないものが人生を救うこともある。石ころとみるか、欲望の価値に踊らされるか。栄光と破滅に彩られたモノ。
 それを魔法として扱う。魔に呪われた方法で使う。魔に魅入られた方法で使う。

 栄光と破滅に彩られているからこそウィリアムは宝石魔法を使おうと思う。自身が英雄であると思った日はないけれど、人々の信仰は自分に集まっている。栄光と破滅に魅入られた存在、英雄が使うには皮肉が聞いている。

 今回使ったのはオニキス。爪を語源とする宝石。瑪瑙と姉妹のような黒の宝石。
 加護は難題の解決、あるいは個性の開放。

 黒の宝石は彼を魅入る。オーラとして彼の体に巻き付く。
 呪いの栄光は個性の開放。今回の解釈は肉体の開放。

 開放せしめた肉体ならば三メートルのオークを吹き飛ばすとはいかないが、その肉を削り取ることくらいはできる。

 前方にはシカを殺して悦に浸っているオークが三匹。

「……一匹!」

 木の側面から飛び出た勢いそのまま脊椎を切り飛ばす。血潮が噴出し、周りにいたオークを赤に染める。
 獣の習性、あるいは常時戦場の心得。それが他のオークのキリングゾーンに存在するウィリアムを殺そうとけしかける。

「ガァァァ!!」

 オークの拳を振り上げる。人間の背丈程度の横幅を持った拳を。
 ウィリアムもウィリアムで殺されてはたまらないと言わんばかりに一撃で殺したオークの肩を足場に地面に飛び込む。

「ツッッッ……!」

 受け身をとって地面を転がってもオーク追撃は変わらない。
 蹴りに踏みつけ、プレス。様々なバリエーションがオークにはある。

「……一本……!!」

 その追撃をかわし、後ろに飛びながら膝を砕く。
 撤退越しにルビーを投げる。

「宝石の王よ。赤の力を開放せよ」

 音はない。
 ただ、赤が広がる。炎と血の色が。終焉と破滅の色が。

 一匹を殺すことで二匹を釣る。そして、そのまま消し飛ばす。
 眼前に広がるのは破滅の赤と森林の緑。

 ウィリアムは破滅と再生の景色を見ながら今回を生き残ったことに息をなでおろす。

 すると後ろで枝が折れた音がした。

「ウィル。ルビーまで使ったの?」
「ああ。オニキスだけで勝つつもりだったんだがオークの動きが良くてな」

 本来、肉体を開放したウィリアムならばオークが三匹だろうが、十匹だろうが勝ち切ることはできる。それはオークが人間以上の肉体性能を持っていたとしても頭が獣だからだ。危険に関する第六感は優れたものがあるが技があるわけでもない。素振りをしているわけではない。必然、大ぶりな攻撃や重心の伴わない小ぶりな攻撃になる。その程度の相手ならばたとえ大型だろうと勝ち切ることができる。

 そうであるにもかかわらず破滅の宝石を使うほど危険を感じたのだ。

「人間の拳だった。回転させて拳を売ってくるオークは初めて見た」
「それだけじゃないわね。あなたならたとえ武術をかじった程度の相手に追い詰められるとは思えないわ」
「……初手で首を刈ったんだよ。そしたら思ったよりいい動きをしやがるから、……つい」

 リーナにはこの二人が何をしているのか分からなかった。
 オークという巨大な化け物を殺しておきながら、殺し方にこだわり始めたことに。

 リーナの気持ちは混乱に叩き込まれた。
 けれど、暗い希望には油が注がれた。
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