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第4章 フィオンティアーナ編
EX22 城主と軍務大臣の話
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バリガンガルドの城の応接室では、二人の人間が対面していた。
一人はガレンシア公爵。
このバリガンガルドの城主にして、ガレンシア公国の統治者である。
ガレンシア公は華やかな衣装を身に纏っている。
クネクネと妙に長い口髭を落ち着かなさそうに撫でていた。
もう一人はカッセル。
彼はヴォルフォニア帝国の軍務大臣であった。
元は軍人であった彼は巨体で、質素な礼服がはちきれんばかりだった。
「い、いやあ、ようこそおいでくださいました、カッセル殿」
ガレンシア公はいつになく腰の低い様子で告げる。
彼にとってヴォルフォニア帝国は命綱と言っていい。
帝国からの軍事技術の提供が絶対に必要だからだ。
それがなくなれば、公国は周辺国との戦争に勝つことができない。
自前で周りより優位に立てるほどの国力はないのだった。
「貴公からの書簡ではどうにも詳細が掴めぬのでな」
カッセルはギロリとガレンシア公を睨みながらそう答えた。
「そ、そうでしたか。そのために御自らお出ましになられますとは、わざわざお手数を取らせてしまい、大変申し訳なく――」
「そう思っているのなら」
静かな、しかし圧の強い声でカッセルはガレンシア公の早口を押しとどめる。
「早々に事情を説明していただきたい」
「は、はいっ」
びくぅ! と身体を竦ませるガレンシア公。
彼は、この軍務大臣が大の苦手だった。
なにしろお世辞も賄賂も裏取引も、全然通じないのだ。
軍人からの叩き上げであるカッセルは、とにかく明快で直接的なやりとりを好む。
こういう事情だからこう、と明確な主張をしなければ、要求をまるで呑んでくれない。
(ああ、前任の軍務大臣は楽だったのになぁ……)
まあ、ちょっと楽すぎて、こちらの要求を呑ませ過ぎた。
おかげで解任されてしまったのだから世話がない。
「え、ええとですな」
ガレンシア公はなんとか上手い説明を試みる。
「書簡でも書きましたが、我が領地の隣にあるフリエルノーラ国……エルフたちの国が独立を主張しておりまして……どうも冒険者を十人揃えたようなのです」
「たしかに冒険者資格を有する者が十人所属している組織は他者の支配を受けない自由が得られる。だが、貴公はかの国を『保護国』としている。保護は冒険者の人数が増えようが可能であろう?」
「はい、そうなのですが……その、現在、保護国管理官がいなくなってしまいまして、チェインハルト商会にその代行をしてもらっております」
「ふむ、読めたぞ」
ガレンシア公の言葉に、カッセルは目を細める。
「商会の介入で、魔鉱石から出る利益が増える見込みなのだろう。そのことを条件に、公国と対等に取引を行うことにしたい……とそんなことを言っているのだな」
「は、はい。その通りでございます……」
「なるほどな」
カッセルは腕を組む。
「たしかにフリエルノーラ国としては当然の主張だろう。これまで以上の利益を提供する代わりに立場を対等にしてほしい。ガレンシア公国が魔鉱石から得られる利益だけが目的なら、それでいい」
「そ、そうなんです……」
「だが、それはいかんな。帝国の目的が果たせなくなる」
カッセルはギロリとガレンシア公を睨んだ。
「帝国から貴公への依頼は、フリエルノーラ国を監視し、いつでもエルフたちを利用できる状態にしておくこと、だ」
「は、はい、もちろん、それはわかっております」
「ならば! チェインハルト商会に管理官の代行を依頼したのは貴公のミスではないか! なぜそのことを明確に書簡で書かぬのだ!」
「ひ、ひいい!」
雷のようなカッセルの叱責に、ガレンシア公は身を縮こまらせる。
「……まあ、起きてしまったことは仕方ない。こちらで対処するとしよう」
「は、え? ええと、どのように?」
「それは貴公の関知する必要のないことだ」
カッセルは席を立つと、ピシャリと言い放つ。
そして重々しい声で告げた。
「余計な詮索をすれば、貴公の国が滅ぶことになるぞ」
一人はガレンシア公爵。
このバリガンガルドの城主にして、ガレンシア公国の統治者である。
ガレンシア公は華やかな衣装を身に纏っている。
クネクネと妙に長い口髭を落ち着かなさそうに撫でていた。
もう一人はカッセル。
彼はヴォルフォニア帝国の軍務大臣であった。
元は軍人であった彼は巨体で、質素な礼服がはちきれんばかりだった。
「い、いやあ、ようこそおいでくださいました、カッセル殿」
ガレンシア公はいつになく腰の低い様子で告げる。
彼にとってヴォルフォニア帝国は命綱と言っていい。
帝国からの軍事技術の提供が絶対に必要だからだ。
それがなくなれば、公国は周辺国との戦争に勝つことができない。
自前で周りより優位に立てるほどの国力はないのだった。
「貴公からの書簡ではどうにも詳細が掴めぬのでな」
カッセルはギロリとガレンシア公を睨みながらそう答えた。
「そ、そうでしたか。そのために御自らお出ましになられますとは、わざわざお手数を取らせてしまい、大変申し訳なく――」
「そう思っているのなら」
静かな、しかし圧の強い声でカッセルはガレンシア公の早口を押しとどめる。
「早々に事情を説明していただきたい」
「は、はいっ」
びくぅ! と身体を竦ませるガレンシア公。
彼は、この軍務大臣が大の苦手だった。
なにしろお世辞も賄賂も裏取引も、全然通じないのだ。
軍人からの叩き上げであるカッセルは、とにかく明快で直接的なやりとりを好む。
こういう事情だからこう、と明確な主張をしなければ、要求をまるで呑んでくれない。
(ああ、前任の軍務大臣は楽だったのになぁ……)
まあ、ちょっと楽すぎて、こちらの要求を呑ませ過ぎた。
おかげで解任されてしまったのだから世話がない。
「え、ええとですな」
ガレンシア公はなんとか上手い説明を試みる。
「書簡でも書きましたが、我が領地の隣にあるフリエルノーラ国……エルフたちの国が独立を主張しておりまして……どうも冒険者を十人揃えたようなのです」
「たしかに冒険者資格を有する者が十人所属している組織は他者の支配を受けない自由が得られる。だが、貴公はかの国を『保護国』としている。保護は冒険者の人数が増えようが可能であろう?」
「はい、そうなのですが……その、現在、保護国管理官がいなくなってしまいまして、チェインハルト商会にその代行をしてもらっております」
「ふむ、読めたぞ」
ガレンシア公の言葉に、カッセルは目を細める。
「商会の介入で、魔鉱石から出る利益が増える見込みなのだろう。そのことを条件に、公国と対等に取引を行うことにしたい……とそんなことを言っているのだな」
「は、はい。その通りでございます……」
「なるほどな」
カッセルは腕を組む。
「たしかにフリエルノーラ国としては当然の主張だろう。これまで以上の利益を提供する代わりに立場を対等にしてほしい。ガレンシア公国が魔鉱石から得られる利益だけが目的なら、それでいい」
「そ、そうなんです……」
「だが、それはいかんな。帝国の目的が果たせなくなる」
カッセルはギロリとガレンシア公を睨んだ。
「帝国から貴公への依頼は、フリエルノーラ国を監視し、いつでもエルフたちを利用できる状態にしておくこと、だ」
「は、はい、もちろん、それはわかっております」
「ならば! チェインハルト商会に管理官の代行を依頼したのは貴公のミスではないか! なぜそのことを明確に書簡で書かぬのだ!」
「ひ、ひいい!」
雷のようなカッセルの叱責に、ガレンシア公は身を縮こまらせる。
「……まあ、起きてしまったことは仕方ない。こちらで対処するとしよう」
「は、え? ええと、どのように?」
「それは貴公の関知する必要のないことだ」
カッセルは席を立つと、ピシャリと言い放つ。
そして重々しい声で告げた。
「余計な詮索をすれば、貴公の国が滅ぶことになるぞ」
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