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第3章 絶海の孤島ダンジョン編

EX21 魔王と密偵の話

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 大陸南部の商業都市群の中心都市フィオンティアーナ。
 その郊外にチェインハルト商会が所有する実験基地。

 そこに安置されている巨大な肉塊に対し、エドが呼びかける。

「ご機嫌いかがですか、魔王陛下」

 商会の会長であるエド。
 その横に立つ秘書のクーネア。
 さらには、基地で働いている多くの研究員。

 その誰も、その異形の存在を平然と受け入れていた。

 肉塊は多くの器具に接続されている。
 その多くは魔力を測定する装置だ。
 肉塊の各部の魔力を測定し、逐次記録していっている。

(な、なんなんだ……これは……)

 そんな基地の光景を、息を呑んで眺めている者がいた。

 黒い装束に身を包み、天井近くの柱の陰に潜んでいる少女。

 彼女はヴォルフォニア帝国の密偵だった。
 帝国の騎士団長ガイアンの直属の部下である。

 ガイアンは先日、バリガンガルドでエドと会談を行った。
 その直後、フィオンティアーナに駐在していた彼女に魔術通信で命令を下した。

 チェインハルト商会の会長が現れたら跡をつけ、なにをしているかを探れ、と。

 はなはだ曖昧な指令だったが、密偵にはよくあることである。
 彼女はすぐに警戒態勢に入り、エドの到着を待った。

 街の城門全てに部下を配置しておいたのに、エドはそれをすり抜けていた。
 いつの間にかチェインハルト商会の建物にいたのだ。

 幸いすぐに知らせを受けた彼女は、自ら彼を追跡した。
 そしてこの実験基地にたどり着いたのだ。

 以前から噂にはなっていた。
 チェインハルト商会はなにかとんでもないことをやろうとしているらしい。
 魔鉱石を大量に収集しているのはそのためだ……と。

 おそらくは、これがそうなのだろう。

(魔王だって……?)

 エドはたしかにそう言った。

 魔王。
 はるか昔に滅びた伝説の種族である魔族の王。
 かの伝説の魔法使いヘルメスが倒したと言われる存在。

 それを復活させる?

 悪い冗談だ。
 あるいは、頭のおかしい人間の与太話。
 詐欺師の妄言。

 だが……。

 目の前にある巨大な肉塊は、そんな妄言でも信じそうになるほどの実在感があった。

(と、とにかくガイアン様にお伝えしないと……)

 そう思い、その場から脱出しようとした。

 しかし……。

「どうしました、クーネア?」
「ネズミが一匹、紛れ込んだようです」

「っ……!」

 気付いたときには遅かった。
 彼女は激しい衝撃に、地面に叩き伏せられていた。

(なに、今の……なにが起こったの……!?)

 わけがわからないまま、彼女は秘書によって地面に押さえつけられていた。

 エドが歩み寄ってきた。

「ヤマトの里の忍ですか。ガイアン団長の手のものですかね?」

「…………」

「エド様。私が取り調べをいたします」

「そうですね。ヤマトの忍は口が硬いと言います。あなたの方が向いているでしょう。頼みましたよ」

「はい」

 頷くと、秘書は彼女に顔を寄せてきた。

「久しぶりに腕が鳴りますね」

「…………っ」

 きらりと光る秘書のメガネに、彼女はかつてないほどの寒気を覚えた。
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