140 / 286
第3章 絶海の孤島ダンジョン編
EX20 城主と少年の話
しおりを挟む
「あーくそっ! さっさと風呂を用意しろっ!」
ガレンシア公爵はバリガンガルドの城に戻ってくるなり不機嫌そうに言い放った。
エルフの国フリエルノーラ国から帰ってきたところである。
正確には、フリエルノーラ国の手前まで行って引き返してきた。
王城にドラゴンが出たという騒ぎを聞きつけたからである。
話を聞いたとたん、ガレンシア公は即座に判断した。
お見舞いに行こうとか、監察官を呼び戻そうなどとは一切考えなかった。
途中、王城へ向かうみすぼらしい馬車とすれ違った。
そのときはガレンシア公は機嫌がよかった。
自分の危機回避能力の高さに酔っている最中だったのである。
そのボロ馬車一行に忠告までしてやるほどだった。
しかし、バリガンガルドに戻ってくると、彼の機嫌は一気に悪化した。
フリエルノーラ国に現れたというドラゴン。
そいつはバリガンガルドの街を破壊していたのだ。
そもそもそのドラゴンはライレンシア湖から目覚めた個体だった。
表向きいい領主という顔をしている彼は、壊れた街の視察をした。
そこら中瓦礫と、復興工事のためにホコリが舞っていて汚らしい。
しかも、彼の嫌いなドワーフがそこら中で仕事をしている。
彼は全身が汚物にまみれてしまったような気分で帰城したのである。
「ええい、忌々しい! なにがドラゴンだ!」
余計なことをしてくれる。
おかげで今期の税収が大幅に減ってしまった。
彼はバリガンガルドの領主であり、同時にガレンシア公国の持ち主である。
ガレンシア公国は独立した国だが、バリガンガルドはヴォルフォニア帝国領である。
彼は一国の主であると同時に、ヴォルフォニア皇帝の家臣でもあるのだ。
どうしてそんな地位に甘んじているかというと、軍事技術のためである。
ヴェルターネックの森を挟んでバリガンガルドの南にある彼の公国。
そこは、周囲の小国と常に領土争いをしている。
その争いで優位に立つには、帝国の高い軍事技術が必要だった。
そこで彼は取り潰しになったバリガンガルド領主家からその座を引き継いだのである。
バリガンガルドの領主――帝国家臣の地位につけば軍事技術を提供してもらえる。
兵器も安く売ってもらえる。
そしてそのために必要な資金も、バリガンガルドの税収から得られる。
バリガンガルドは冒険者ギルドを中心に発展した街だ。
冒険者がダンジョンに潜るため、街に滞在し続ける限り、利益を生み出す。
ただし、一方でバリガンガルドは住民の声が強い都市でもある。
彼が領主になる前から、多くの慣習が住民の利益を領主から守っていた。
領主になるにあたり、彼はその慣習を守るという誓約を飲まざるを得なかった。
その慣習の一つに明記されているのだ。
災害などで街が破壊された場合、復興に必要な分の税収を免除すること、と。
モンスターの襲撃も災害と判断される。
今回のドラゴンと魔響震、地震による被害はまさに当てはまる。
もし無視して税を徴収しようものなら、彼は領主の座から引き摺り下ろされるだろう。
そしてバリガンガルドから追い出されてしまう。
なので、彼は税の免除を認めるしかないのだった。
「くそっ、くそっ、くそっ!」
彼は私室に入ると身につけていた服をぼんぼん脱ぎ捨てた。
手を出す。
服がサッと袖に通される――はずだったのだが。
「おい、なにをしている」
服を用意するはずの召使いが来ない。
見れば、召使いの少年はタンスのところでマゴマゴしている。
「早くしろ!」
「ええとすいません城主様。服が引っかかって取れなくて……」
「バカ! そこは絨毯が入ってるところだろ! でかいから一人じゃ取れないんだ」
「なるほどぉ! じゃあ人手を呼んできますね。お待ちください」
「違う! 絨毯じゃなくて服を出せと言っているんだ!」
と、そこで彼は、少年の手にグルグル包帯が巻きつけてあるのに気づいた。
「おい……お前、その手はどうした? またなにかやらかしたのか?」
「え? あ、いえ! 割った壺と壊した石像と割った皿と燃やした絨毯はもう庭に埋めたので大丈夫です!」
「…………きさま! 留守番もろくにできないのか!」
いろいろなイライラが爆発して、彼は少年を蹴りつける。
まるで鍛えていないので大した力でもない。
それでも少年は頭を抱えて丸く蹲る。
「ひー! ごめんなさいごめんなさい!」
「クソが! 事情さえなければ! きさまのようなボンクラなどとっとと追い出しているものを! このっこのっおわっ!」
五度目の蹴りを勝手に外して、彼はバランスを崩して転びそうになる。
「もういい! メイドを呼んでこい!」
「はいーっ!」
怒鳴られて、少年は城主の私室を飛び出した。
◆◇◆◇◆
「ふー……」
汗を拭きながら、少年は廊下を早足で進む。
急いでメイドを呼ばないと、城主はどんどん機嫌が悪くなってしまう。
「あら、ベル様。どういたしました?」
通りかかったメイドが彼に気づいて声をかけてきた。
その口調は、召使いに対するものにしてはバカに丁寧で不自然だった。
「ああ、また城主様がお怒りだ」
少年の口調も、さっきとはまるで違うものになった。
「……ベル様は少しやりすぎです。あそこまでご自分を貶めなくてもよろしいのではありませんか?」
「城主様は完全に僕を無能のボンクラと思い込んでいる。そのイメージに合わせたほうが騙しやすいさ」
「まったく……それで、今度はなんです?」
「ああ。城主様の着替えをご用意差し上げてくれ」
「はいはい。かしこまりました」
メイドは小さく嘆息すると、城主の部屋へ向かった。
少年はメイドを見送ると、すぐにまたどことなく気の抜けたような顔に戻って、廊下を歩き出す。
本来は、彼の持ち物であるはずだった城の様子を眺めながら――。
ガレンシア公爵はバリガンガルドの城に戻ってくるなり不機嫌そうに言い放った。
エルフの国フリエルノーラ国から帰ってきたところである。
正確には、フリエルノーラ国の手前まで行って引き返してきた。
王城にドラゴンが出たという騒ぎを聞きつけたからである。
話を聞いたとたん、ガレンシア公は即座に判断した。
お見舞いに行こうとか、監察官を呼び戻そうなどとは一切考えなかった。
途中、王城へ向かうみすぼらしい馬車とすれ違った。
そのときはガレンシア公は機嫌がよかった。
自分の危機回避能力の高さに酔っている最中だったのである。
そのボロ馬車一行に忠告までしてやるほどだった。
しかし、バリガンガルドに戻ってくると、彼の機嫌は一気に悪化した。
フリエルノーラ国に現れたというドラゴン。
そいつはバリガンガルドの街を破壊していたのだ。
そもそもそのドラゴンはライレンシア湖から目覚めた個体だった。
表向きいい領主という顔をしている彼は、壊れた街の視察をした。
そこら中瓦礫と、復興工事のためにホコリが舞っていて汚らしい。
しかも、彼の嫌いなドワーフがそこら中で仕事をしている。
彼は全身が汚物にまみれてしまったような気分で帰城したのである。
「ええい、忌々しい! なにがドラゴンだ!」
余計なことをしてくれる。
おかげで今期の税収が大幅に減ってしまった。
彼はバリガンガルドの領主であり、同時にガレンシア公国の持ち主である。
ガレンシア公国は独立した国だが、バリガンガルドはヴォルフォニア帝国領である。
彼は一国の主であると同時に、ヴォルフォニア皇帝の家臣でもあるのだ。
どうしてそんな地位に甘んじているかというと、軍事技術のためである。
ヴェルターネックの森を挟んでバリガンガルドの南にある彼の公国。
そこは、周囲の小国と常に領土争いをしている。
その争いで優位に立つには、帝国の高い軍事技術が必要だった。
そこで彼は取り潰しになったバリガンガルド領主家からその座を引き継いだのである。
バリガンガルドの領主――帝国家臣の地位につけば軍事技術を提供してもらえる。
兵器も安く売ってもらえる。
そしてそのために必要な資金も、バリガンガルドの税収から得られる。
バリガンガルドは冒険者ギルドを中心に発展した街だ。
冒険者がダンジョンに潜るため、街に滞在し続ける限り、利益を生み出す。
ただし、一方でバリガンガルドは住民の声が強い都市でもある。
彼が領主になる前から、多くの慣習が住民の利益を領主から守っていた。
領主になるにあたり、彼はその慣習を守るという誓約を飲まざるを得なかった。
その慣習の一つに明記されているのだ。
災害などで街が破壊された場合、復興に必要な分の税収を免除すること、と。
モンスターの襲撃も災害と判断される。
今回のドラゴンと魔響震、地震による被害はまさに当てはまる。
もし無視して税を徴収しようものなら、彼は領主の座から引き摺り下ろされるだろう。
そしてバリガンガルドから追い出されてしまう。
なので、彼は税の免除を認めるしかないのだった。
「くそっ、くそっ、くそっ!」
彼は私室に入ると身につけていた服をぼんぼん脱ぎ捨てた。
手を出す。
服がサッと袖に通される――はずだったのだが。
「おい、なにをしている」
服を用意するはずの召使いが来ない。
見れば、召使いの少年はタンスのところでマゴマゴしている。
「早くしろ!」
「ええとすいません城主様。服が引っかかって取れなくて……」
「バカ! そこは絨毯が入ってるところだろ! でかいから一人じゃ取れないんだ」
「なるほどぉ! じゃあ人手を呼んできますね。お待ちください」
「違う! 絨毯じゃなくて服を出せと言っているんだ!」
と、そこで彼は、少年の手にグルグル包帯が巻きつけてあるのに気づいた。
「おい……お前、その手はどうした? またなにかやらかしたのか?」
「え? あ、いえ! 割った壺と壊した石像と割った皿と燃やした絨毯はもう庭に埋めたので大丈夫です!」
「…………きさま! 留守番もろくにできないのか!」
いろいろなイライラが爆発して、彼は少年を蹴りつける。
まるで鍛えていないので大した力でもない。
それでも少年は頭を抱えて丸く蹲る。
「ひー! ごめんなさいごめんなさい!」
「クソが! 事情さえなければ! きさまのようなボンクラなどとっとと追い出しているものを! このっこのっおわっ!」
五度目の蹴りを勝手に外して、彼はバランスを崩して転びそうになる。
「もういい! メイドを呼んでこい!」
「はいーっ!」
怒鳴られて、少年は城主の私室を飛び出した。
◆◇◆◇◆
「ふー……」
汗を拭きながら、少年は廊下を早足で進む。
急いでメイドを呼ばないと、城主はどんどん機嫌が悪くなってしまう。
「あら、ベル様。どういたしました?」
通りかかったメイドが彼に気づいて声をかけてきた。
その口調は、召使いに対するものにしてはバカに丁寧で不自然だった。
「ああ、また城主様がお怒りだ」
少年の口調も、さっきとはまるで違うものになった。
「……ベル様は少しやりすぎです。あそこまでご自分を貶めなくてもよろしいのではありませんか?」
「城主様は完全に僕を無能のボンクラと思い込んでいる。そのイメージに合わせたほうが騙しやすいさ」
「まったく……それで、今度はなんです?」
「ああ。城主様の着替えをご用意差し上げてくれ」
「はいはい。かしこまりました」
メイドは小さく嘆息すると、城主の部屋へ向かった。
少年はメイドを見送ると、すぐにまたどことなく気の抜けたような顔に戻って、廊下を歩き出す。
本来は、彼の持ち物であるはずだった城の様子を眺めながら――。
0
お気に入りに追加
76
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
ポーションが不味すぎるので、美味しいポーションを作ったら
七鳳
ファンタジー
※毎日8時と18時に更新中!
※いいねやお気に入り登録して頂けると励みになります!
気付いたら異世界に転生していた主人公。
赤ん坊から15歳まで成長する中で、異世界の常識を学んでいくが、その中で気付いたことがひとつ。
「ポーションが不味すぎる」
必需品だが、みんなが嫌な顔をして買っていく姿を見て、「美味しいポーションを作ったらバカ売れするのでは?」
と考え、試行錯誤をしていく…
異世界で一番の紳士たれ!
だんぞう
ファンタジー
十五歳の誕生日をぼっちで過ごしていた利照はその夜、熱を出して布団にくるまり、目覚めると見知らぬ世界でリテルとして生きていた。
リテルの記憶を参照はできるものの、主観も思考も利照の側にあることに混乱しているさなか、幼馴染のケティが彼のベッドのすぐ隣へと座る。
リテルの記憶の中から彼女との約束を思いだし、戸惑いながらもケティと触れ合った直後、自身の身に降り掛かった災難のため、村人を助けるため、単身、魔女に会いに行くことにした彼は、魔女の館で興奮するほどの学びを体験する。
異世界で優しくされながらも感じる疎外感。命を脅かされる危険な出会い。どこかで元の世界とのつながりを感じながら、時には理不尽な禍に耐えながらも、自分の運命を切り拓いてゆく物語。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
毎日スキルが増えるのって最強じゃね?
七鳳
ファンタジー
異世界に転生した主人公。
テンプレのような転生に驚く。
そこで出会った神様にある加護をもらい、自由気ままに生きていくお話。
※ストーリー等見切り発車な点御容赦ください。
※感想・誤字訂正などお気軽にコメントください!
手違いで勝手に転生させられたので、女神からチート能力を盗んでハーレムを形成してやりました
2u10
ファンタジー
魔術指輪は鉄砲だ。魔法適性がなくても魔法が使えるし人も殺せる。女神から奪い取った〝能力付与〟能力と、〝魔術指輪の効果コピー〟能力で、俺は世界一強い『魔法適性のない魔術師』となる。その途中で何人かの勇者を倒したり、女神を陥れたり、あとは魔王を倒したりしながらも、いろんな可愛い女の子たちと仲間になってハーレムを作ったが、そんなことは俺の人生のほんの一部でしかない。無能力・無アイテム(所持品はラノベのみ)で異世界に手違いで転生されたただのオタクだった俺が世界を救う勇者となる。これより紡がれるのはそんな俺の物語。
※この作品は小説家になろうにて同時連載中です。
ボッチになった僕がうっかり寄り道してダンジョンに入った結果
安佐ゆう
ファンタジー
第一の人生で心残りがあった者は、異世界に転生して未練を解消する。
そこは「第二の人生」と呼ばれる世界。
煩わしい人間関係から遠ざかり、のんびり過ごしたいと願う少年コイル。
学校を卒業したのち、とりあえず幼馴染たちとパーティーを組んで冒険者になる。だが、コイルのもつギフトが原因で、幼馴染たちのパーティーから追い出されてしまう。
ボッチになったコイルだったが、これ幸いと本来の目的「のんびり自給自足」を果たすため、町を出るのだった。
ロバのポックルとのんびり二人旅。ゴールと決めた森の傍まで来て、何気なくフラっとダンジョンに立ち寄った。そこでコイルを待つ運命は……
基本的には、ほのぼのです。
設定を間違えなければ、毎日12時、18時、22時に更新の予定です。
欲張ってチートスキル貰いすぎたらステータスを全部0にされてしまったので最弱から最強&ハーレム目指します
ゆさま
ファンタジー
チートスキルを授けてくれる女神様が出てくるまで最短最速です。(多分) HP1 全ステータス0から這い上がる! 可愛い女の子の挿絵多めです!!
カクヨムにて公開したものを手直しして投稿しています。
転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。
克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります!
辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。
転生したから思いっきりモノ作りしたいしたい!
ももがぶ
ファンタジー
猫たちと布団に入ったはずが、気がつけば異世界転生!
せっかくの異世界。好き放題に思いつくままモノ作りを極めたい!
魔法アリなら色んなことが出来るよね。
無自覚に好き勝手にモノを作り続けるお話です。
第一巻 2022年9月発売
第二巻 2023年4月下旬発売
第三巻 2023年9月下旬発売
※※※スピンオフ作品始めました※※※
おもちゃ作りが楽しすぎて!!! ~転生したから思いっきりモノ作りしたいしたい! 外伝~
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる