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第1章 大洞窟ダンジョン編
EX5 巨大狼の話
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「ごらんの通り、もぬけのからです」
バルザックの部下がそう言った。
そんなことは、誰が見ても分かることだったが。
人犬族の集落だ。
鉱山の入り口前に作られている。
いくつかの粗末な小屋。
共通の井戸。
申し訳程度の畑。
生きるのに必要最低限のものしかない集落。
つまり、それ以上はすべて魔鉱石の発掘をさせられていたということ。
集落にいるのは6人だ。
領主のバルザック。
チェインハルト商会の会長であるエド。
自警団長のラッカム。
自警団員のオード。
バルザックの部下が二人。
それ以外の人間は集落の外にいる。
バルザックの私兵と自警団員、合わせて100人くらいだろうか。
それでも多い。
ろくに武器も持たない人犬族たちを捕らえるには充分すぎるだろう。
だが、バルザックは先ほど、部下になにか命じていた。
投石器か大砲か――なにか武器を用意させているのだろう。
「そこまでする必要があるんですかね?」
オードが小声で、ラッカムに言ってきた。
ラッカムは肩をすくめる。
「チェインハルト商会に、いいところを見せようってんだろ」
自分の領地から領民が逃げ出すところなど見られたいはずがない。
ましてや相手は大商人。
弱みや不手際は、取引に不利な材料となってしまう。
バルザックは、商会に魔鉱石を売っている。
代わりに、商会が扱う冒険者用の道具を、ギルドを介さずに購入している。
それで冒険者でもないバルザックの部下が、冒険書の腕輪を持つことができるのだ。
それらの道具のおかげで、バルザックは自分の領地を楽に支配できている。
彼のデタラメな税徴収でも、反乱が起こりにくいのはそのためだ。
バルザックにとって、商会の道具は必要不可欠。
商会の心証を悪くするわけにはいかない。
そこで、
『こんな反発なんか自分は簡単に鎮圧してみせますよ』
ということを主張するつもりなのだろう。
大げさに騒げば騒ぐほど、完全に逆効果なのだが。
(っつーか、商会はバルザックと取引する気なんざ、はなからないみたいだしなぁ)
ラッカムは内心思う。
エドから聞いた話が、本当に実行されるなら、そうなる。
エドが本気かどうか、ラッカムはまだ計り兼ねていたが。
(なにしろ――バルザックを領主の座から引きずり降ろそうってんだからな)
まあ、なんにしろ、それに関してラッカムが気張る必要はない。
――余計な手は出さずに、エドの行為を見守る。
それが、エドから言われた、ラッカムの役割だった。
(さて、どうするのやら……)
ラッカムは、離れたところに立つエドを見る。
青年は、相変わらず笑みを浮かべて、集落を眺めていた。
なにを考えているのか読めない。
「バルザックさま! お待たせいたしました!」
集落の外から声がした。
見れば、彼の部下が10人がかりで、巨大な檻を運んでくる。
檻には車輪が付いていて、取り付けられた紐を引っ張っているのだ。
そして、その檻の中には――
――巨大な狼がいた。
森の木々など軽く突き抜ける体高。
全長も、それに見合った巨大さだ。
サイズ的には、投石器より、攻城櫓の方が近い。
「なっ……」
ラッカムは息を飲んだ。
エドも、さすがに驚いた顔をしている。
「あの、バルザックさん、こいつは?」
「ええ。私の自慢のペットですよぉ」
バルザックは、エドを驚かせたことがよっぽど嬉しいらしい。
もみ手をしながら、満面の笑みで言う。
「5年ほど前に、この辺りを荒らしたブロッケン・ウルフです」
そうだ。
ラッカムも覚えている。
ブロッケン・ウルフは、本来ヴェルターネックの森の北にいるモンスターだ。
それが、なぜか1匹だけはぐれて、この辺りまでやってきた。
ラッカムたちは冒険者を何人か雇い、やっとのことで撃退した。
と言っても、犠牲がなかったわけではない。
大勢が怪我を負った。
それに、冒険者が一人、丸呑みにされた。
それを、この領主はいつの間にか捕まえていたのか。
(しかも、ペットだと? ふざけやがって……)
「領主さま、さすがに冗談がきついんじゃないですか」
ラッカムはたまらず呼びかけた。
「ああん? なにがだバッサム」
「ラッカムです」
一応訂正する。
「――こいつを放したら手がつけられません。誰が取り押さえるってんです?」
「バカだなぁ」
(お前にバカと言われたくねえよ)
と思うが、口には出さない。
「はじめは見せるだけさ。村に戻らなきゃこいつをけしかけるぞってね」
「なるほど。単なる脅しってわけですか」
「そそそそ。まあ、もし言うことをきかなけりゃ、本当にけしかけるけどね」
「はぁ!?」
「だいじょうぶだじょうぶ。こいつはもう私の言うことはちゃんと聞くからね」
バルザックはそんなことを言う。
しかし、ラッカムには不安しかない。
ラッカムは檻のなかのブロッケン・ウルフを見る。
巨大狼はおとなしく丸まって眠っている。
サイズさえ無視すれば、人に慣れた犬のようだ。
檻は魔鉱石と魔法陣を組み合わせた、モンスター用の檻だ。
檻のなかにいる限りは安全だ。
それに、人とコミュニケーションを取る魔物もいないわけではない。
だが――。
ラッカムの胸には、不安ばかりが湧き上がってくる。
そんな彼をよそに、領主のバルザックは威勢良く声をあげた。
「さー、犬狩りの始まりだぞぅ!」
バルザックの部下がそう言った。
そんなことは、誰が見ても分かることだったが。
人犬族の集落だ。
鉱山の入り口前に作られている。
いくつかの粗末な小屋。
共通の井戸。
申し訳程度の畑。
生きるのに必要最低限のものしかない集落。
つまり、それ以上はすべて魔鉱石の発掘をさせられていたということ。
集落にいるのは6人だ。
領主のバルザック。
チェインハルト商会の会長であるエド。
自警団長のラッカム。
自警団員のオード。
バルザックの部下が二人。
それ以外の人間は集落の外にいる。
バルザックの私兵と自警団員、合わせて100人くらいだろうか。
それでも多い。
ろくに武器も持たない人犬族たちを捕らえるには充分すぎるだろう。
だが、バルザックは先ほど、部下になにか命じていた。
投石器か大砲か――なにか武器を用意させているのだろう。
「そこまでする必要があるんですかね?」
オードが小声で、ラッカムに言ってきた。
ラッカムは肩をすくめる。
「チェインハルト商会に、いいところを見せようってんだろ」
自分の領地から領民が逃げ出すところなど見られたいはずがない。
ましてや相手は大商人。
弱みや不手際は、取引に不利な材料となってしまう。
バルザックは、商会に魔鉱石を売っている。
代わりに、商会が扱う冒険者用の道具を、ギルドを介さずに購入している。
それで冒険者でもないバルザックの部下が、冒険書の腕輪を持つことができるのだ。
それらの道具のおかげで、バルザックは自分の領地を楽に支配できている。
彼のデタラメな税徴収でも、反乱が起こりにくいのはそのためだ。
バルザックにとって、商会の道具は必要不可欠。
商会の心証を悪くするわけにはいかない。
そこで、
『こんな反発なんか自分は簡単に鎮圧してみせますよ』
ということを主張するつもりなのだろう。
大げさに騒げば騒ぐほど、完全に逆効果なのだが。
(っつーか、商会はバルザックと取引する気なんざ、はなからないみたいだしなぁ)
ラッカムは内心思う。
エドから聞いた話が、本当に実行されるなら、そうなる。
エドが本気かどうか、ラッカムはまだ計り兼ねていたが。
(なにしろ――バルザックを領主の座から引きずり降ろそうってんだからな)
まあ、なんにしろ、それに関してラッカムが気張る必要はない。
――余計な手は出さずに、エドの行為を見守る。
それが、エドから言われた、ラッカムの役割だった。
(さて、どうするのやら……)
ラッカムは、離れたところに立つエドを見る。
青年は、相変わらず笑みを浮かべて、集落を眺めていた。
なにを考えているのか読めない。
「バルザックさま! お待たせいたしました!」
集落の外から声がした。
見れば、彼の部下が10人がかりで、巨大な檻を運んでくる。
檻には車輪が付いていて、取り付けられた紐を引っ張っているのだ。
そして、その檻の中には――
――巨大な狼がいた。
森の木々など軽く突き抜ける体高。
全長も、それに見合った巨大さだ。
サイズ的には、投石器より、攻城櫓の方が近い。
「なっ……」
ラッカムは息を飲んだ。
エドも、さすがに驚いた顔をしている。
「あの、バルザックさん、こいつは?」
「ええ。私の自慢のペットですよぉ」
バルザックは、エドを驚かせたことがよっぽど嬉しいらしい。
もみ手をしながら、満面の笑みで言う。
「5年ほど前に、この辺りを荒らしたブロッケン・ウルフです」
そうだ。
ラッカムも覚えている。
ブロッケン・ウルフは、本来ヴェルターネックの森の北にいるモンスターだ。
それが、なぜか1匹だけはぐれて、この辺りまでやってきた。
ラッカムたちは冒険者を何人か雇い、やっとのことで撃退した。
と言っても、犠牲がなかったわけではない。
大勢が怪我を負った。
それに、冒険者が一人、丸呑みにされた。
それを、この領主はいつの間にか捕まえていたのか。
(しかも、ペットだと? ふざけやがって……)
「領主さま、さすがに冗談がきついんじゃないですか」
ラッカムはたまらず呼びかけた。
「ああん? なにがだバッサム」
「ラッカムです」
一応訂正する。
「――こいつを放したら手がつけられません。誰が取り押さえるってんです?」
「バカだなぁ」
(お前にバカと言われたくねえよ)
と思うが、口には出さない。
「はじめは見せるだけさ。村に戻らなきゃこいつをけしかけるぞってね」
「なるほど。単なる脅しってわけですか」
「そそそそ。まあ、もし言うことをきかなけりゃ、本当にけしかけるけどね」
「はぁ!?」
「だいじょうぶだじょうぶ。こいつはもう私の言うことはちゃんと聞くからね」
バルザックはそんなことを言う。
しかし、ラッカムには不安しかない。
ラッカムは檻のなかのブロッケン・ウルフを見る。
巨大狼はおとなしく丸まって眠っている。
サイズさえ無視すれば、人に慣れた犬のようだ。
檻は魔鉱石と魔法陣を組み合わせた、モンスター用の檻だ。
檻のなかにいる限りは安全だ。
それに、人とコミュニケーションを取る魔物もいないわけではない。
だが――。
ラッカムの胸には、不安ばかりが湧き上がってくる。
そんな彼をよそに、領主のバルザックは威勢良く声をあげた。
「さー、犬狩りの始まりだぞぅ!」
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