私は神様になりたい

三樹

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橘 千秋

1.

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「――ばっかじゃない」

 プツッと、橘 千秋はリモコンを押してテレビを消した。それから胡座をかいて座っているソファーにポンっと投げ捨てる。
 腰まで伸びた濡れた髪を、タオルでクシャクシャに拭きながら片手でグビグビと缶ビールを飲む姿はまるでオッサンのようだ。

「あんな詐欺師に騙されるなんて世も末ね」

 真っ暗なテレビに向かって橘は吐いた。
 ついさっきまで彼女は観ていた番組は、『スピリチュアルな世界へ』という特番である。霊の力を借りて、迷える子羊たちの言葉に耳を傾け、彼らに光を照らすという胡散臭い番組は、年に一度放送される特別番組だ。これが意外と視聴率が良く、橘の職場の同僚たちが話題にしているのを耳にした事がある。

(世の中、悩みが尽きないのね)

 心療内科で診てもらったとしても、駄目なんだろうか。話を聞いてもらえるだけで大夫心が落ち着くと思うんだけど……と空になった缶ビールをテーブルに置いて二本目を開ける。
 しかし、ただ話を聞いてもらえるだけではいけないらしい。彼ら迷える子羊たちは、自分の心に寄り添ってもらい、彼らの欲しい答えを与えてくれる人間が欲しいのだ。例えそれが、インチキ臭い霊能力者だとしても。
 テレビに映っていたのは市倉いちくら 聖晴あきはという男だ。『スピリチュアルな世界へ』がきっかけで瞬く間に有名となり、今では雑誌、講演会に引っ張りだこ。
 ただの男……霊能力者が雑誌の表紙を飾るだけで、その雑誌が飛ぶように売れ、彼が出演した番組は高視聴率を叩き上げ、彼の霊視シーンだけノーカットで放送、彼が身に着ける時計、ネクタイ、スーツ……下着さえ売れてしまう。そんな彼をゲストで呼んだトーク番組を橘は目にした。

 彗星の如く現れたスピリチュアル・カウンセラ、市倉 聖晴。
 彼の歩んできた世界とは──そこいは我々には想像もつかないスピリチュアルな世界が広がっていた。

 という宣伝文句。
 たまたまテレビの電源を入れたら、この台詞を司会者が喋っていて橘がへッ、と嘲笑ったものである。

 ──霊に身体を乗っ取られるのは、市倉さん自身で拒否出来る事は可能なのでしょうか?

『拒否する事は可能です。でも、彼らがそうでもして私の身体を借りたい、っていうのは誰かに伝えたい言葉があるからなんです。だから、その想いを無下にしたくなくて、私は身体を貸してます』

 ──霊が出て行った後、苦しみが市倉さんを襲うんですよね? それでも貸してあげたい、と仰る?

『勿論です。彼らの伝える事が出来なかった想いを伝えるのが私の使命です。そんな苦しみなど、彼らの悲しみや想いにとったらちっぽけなものですよ』

 そう言って、市倉は口元に笑みを浮かべた──その名を『市倉スマイル』と言うらしい。

 
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